いじめっ子のけじめ(part4)





「……………………」


私は、事務所のソファに寝転がっていた。腕を置くところに頭を乗っけて、天井を見上げていた。




『湯水さんって、まるでロボットみたい』




「……………………」


優奈から言われた言葉が、帰ってからもずっと反響していた。


ロボット……か。まあそうね、損か得かで物事を判断するということは……そういうことなのかも知れないわね。


(でも優しくなるってことは、きっとその損得勘定を無くすってことよね。アキラやミユが私のことを助けてくれたのも……そこに繋がってるはず。あの二人のようになるためには、きっと損得を消すことが絶対重要になるはず)


とは言え、今までずっと損得で生きてきた私が、ころっと変われるはずもなく。


これからコツコツと、だんだんと自分を変えていくしかない。


(とりあえずこの二年間で、何人かの子達には謝れてきた……。今も連絡は取り合ってるし、少しずつ関係も回復している)


そう、これまではまだそれなりに上手くできていた。でも……今回の優奈についてはかなり難しい話しになっている。


(実の親からのレイプ被害……。そりゃそんなことされたら、殺したくなるのは当たり前よね。私でもきっと……いや、私だったら既に刺し殺してるわね)


私はくしゃくしゃと髪を掻いて、「はあ~」と盛大にため息をついた。


「なかなか、重たい展開になりましたね」


私の寝転がってるソファから、机を挟んで対面しているソファに、チアキが座った。


そして、机に置いてあるカップに入った紅茶を口に含みながら、「どうするつもりですか?」と尋ねてきた。


「どうするっていうのは?」


「優奈氏のこと、どう対応していくつもりですか?段取り……進め方について、ある程度の構想はありますか?」


「……そうね、警察だの児童相談所だのに相談するのはもちろんだけど……まず一番にすべきなのは、あの父親と彼女を物理的に切り離すことよ」


「ふむ」


「レイプ被害が事実かどうかは置いておいて、彼女の精神を不安定にさせる要因があの父親にはある。だから離すべき……そういう整理ね」


「よく分かってますね、湯水。その通りです」


チアキは空になったカップを机に置いた。


「優奈氏の精神状態は、著しく落ち込んでいる状況です。早急な解決が求められます」


「ええ、そうよね……」


「では、湯水。物理的に距離を離すということですが……どうしますか?彼女を説得して児童相談所に駆け込んでもらいますか?それとも……別の手を使いますか?」


「……………………」


私は寝そべるのを止めて、きちんとソファに座った。そして、チアキの目を見て言った。


「誘拐、ね」


「……ほう」


「強引に連れ出すわ。彼女の親には適当に……どっかのペンションで二、三日外泊するとか嘘をついて、そのまま確保ね」


「良いですね、さすがアキラ氏を監禁しただけある」


「……他に手がないもの。児童相談所や警察が、すぐに彼女の身柄を確保してくれるか、確証がない……」


「そうですね。確保されたとしても、すぐに親元へ返されたりするのが実情……。本当に助けたいなら、個人的に動くしかない」


「問題は、優奈が私のことを信頼してくれなきゃ始まらないわ。彼女との信頼関係を回復させて……外に出ましょうっていう提案に頷いて貰わなきゃいけない……」


「あなたが彼女をいじめていた以上、道のりは非常に困難でしょうね」


「構わないわ。それが私の背負うべき十字架……。死に物狂いでゴルゴタの丘まで担いで行くだけよ」


私の言葉を聞いたチアキは、少しだけ口角を上げた。












……数日後。


私はまた、優奈の家へと来ていた。先日と同様、チアキにここまで送ってもらっていた。


普通の一軒家であるはずなのに、なぜだか妙に大きく感じる。


「……………………」


見上げるようにして、私は彼女の家を眺めている。


実は今回、前回と違う点がある。それは、協力者の存在だった。


「……すまないわね、二人とも。受験勉強で忙しい時に……」


私は横にいる“彼女たち”に向かって、そう告げた。


ミユとメグミだった。


「気にしないで舞、私は大丈夫だから」


「これ、1個貸しだからねー?今度ジュースか何か奢ってよ?」


ミユの優しい返事と、メグミの朗らかな答えに、私は少しだけ微笑んだ。


「でも湯水、アキラさんは良かったの?こういう時、アキラさんが居てくれると心強いんだけど……」


「そうね、本当なら彼にも協力してもらいたかったんだけど、男性を部屋に入れるのは、さすがに優奈も抵抗があるはずなのよ」


「……そっか、うん。そうだよね」


メグミは眉をしかめて、そう言った。


彼女たちには、優奈の境遇について全部説明している。その上で、私が彼女たちへ頼んだことがある。


『お願い、優奈と仲良くなって欲しいの』


そう、いきなり私と仲良くなろうとしても、優奈は絶対に難しいと思う。積年の恨みもあるだろうし、容易く関係が回復できるような状態じゃない。だからミユとメグミに来てもらった。


私がミユやメグミのことをいじめていたことも、優奈に話そうと思う。そしてその上で……彼女たちは私との交流を捨てないでいてくれた。だから今、私が立ち直れたことも、彼女に話したい。


(そして……そして優奈、私はあなたとも……友達になりたい。ミユやメグミのような友達に……)


それは、私の勝手なワガママ。傷つけるだけ傷つけておきながら、なんたる言い草だと怒鳴られるかも知れない。でも、これが私の本心なの。混じりっ気のない……本音なのよ。


「ねえ、舞」


「なにミユ?」


「その優奈さん?には私たちが来ることは伝えてあるの?」


「ええ、なんとか電話で説得したわ。絶対にあなたを傷つけるような二人じゃないからって」


「……………………」


「ごめんなさいね、私の過去の清算に……二人を付き合わせてしまって。でも優奈を助けるには、どうしても二人に来てほしかったのよ」


「……………………」


ミユは、私の背中をぽんぽんと触った。そして、にっこりと口許を緩めた。


「……………………」


私はその顔を見て、なんだか救われた気がした。


「ありがとう、ミユ」


「ううん、いいの」


そうして私は、彼女の家のインターホンに手を伸ばした。

















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