第三章 六話


✡ガスパール視点


「さぁ、家庭教師カヴァネス一回目はどうだった?」


 午後のティータイム休憩で顔を合わせた二人の話題は、もちろんカティアのことだ。私が思うに、昔から変に気の回る子供だった。だからと言って、手を焼かなかった訳では無いが…あれは、彼女の生来の性格だった。

私は、カティアとファルチェがどんな話をしたのか、内心ソワソワしながら、今日を過ごしていたのだ。


「今日は主に、炊き出しと教会の関係性の話をしましたが…自分が出る場所ではないと…少し尻込みしていましたわ。カティアは、衆目に晒される意味を知っております。あぁ、それと、お願い事が二つありましたわね」 

「…なんだ?」


 カティアの奔放な性格を知っているガスパールは、少し身構えてしまう。またなにか始めようというのだろうか?


「炊き出しの金策を始めたいから、商業ギルドを紹介して欲しいと頼まれました。後、金策対策で裏庭の使用許可が欲しいとも…」

「……そうか。トイレのこともあるし、まだ早いような気もするが。だが確かに、金策には準備も必要だろうしな。話だけでも聞くとしよう」


 ほら見ろ、やっぱり行動を開始する気だ!トイレの件がまだ片付いていないし、専属護衛騎士も選び終わっていないのに。フットワークの軽さは、絶対ファルチェ似だ!


「そうしてあげてくださいな。カティアには、ゆっくり少しずつ進みましょう…とは言いましたけれど、あの娘は返事だけが立派で……多分、もう頭の中に残ってもいませんわね」

 

 君の若い頃にそっくりだ…と、口から言葉が飛び出してしまいそうになるじゃないか。そんなことをすれば、こちらの身が危ないのは必須。恐らく、口から飛び出すのは魂だろう。だからそんな、しみじみと言わないで欲しい。


「近く、面会日を設けるとしよう」 


 私の内心をファルチェに気取られないように、平然を装いながら頷いた。


「ぜひ、そうしてあげてくださいまし(暴走が始まる前に)」


(ん?なにか副声音が聞こえたような)と考えるが……何故かブルッと身体を震えたガスパールは、すぐにかぶりを振った。あの子の行動は未知数だ…考えるだけ無駄だな。それに気づき、私は家令を呼ぶ。


「…シルベスタ!」

「はっ!」

「一番近く空いている予定時間に、カティアとの面会を入れてくれ。またその旨を、カティアに知らせるように」

「畏まりました。早速手配致します」 


 浅く一礼し、シルベスタの側に控える若い家令補佐役へと目配せした。それを受けた補佐役は一礼し、部屋を退室していった。


 ガスパールは、金策をする手段がなんなのか気になったが…今は精神安定のために、安寧を選んだのだった。


「……あ〜、紅茶が美味い」


 心の底から唸るガスパール。そんな夫の様子を見て気持ちを察したファルチェは、小さく微笑んだ。これ以上の話題はやめておこう。どうせ面会日には、嫌でも知る情報だ。


「いつもお疲れ様、貴方」

「あぁ。だがファルチェこそ、屋敷のことや皆のことに精を出しているじゃないか…お互いにお疲れ様だな」

「そうですね」


 そう言ってお互いに視線を交わして…お互いに紅茶を飲んだ。ガスパールは、気恥ずかしさでソッポを向くが、意外に照れ屋で口下手なガスパールを知っているファルチェは、それ以上の会話をしなかった。

 だけど、一つだけ言わなければならないことがある。だけど今はもう少しだけ、心地よい空気に身を置くガスパールと、共にあることを選んだファルチェだった。


           ◇ 


 麗らかな日差しの午後、そんな二人とは裏腹の状況にある一人の青年が、カティアの私室に向け、足を急がせていた。


 コンコンコン!


「…はい、どなた?」

「お館様の命により、伝言をお持ちしました。家令シルベスタの補佐官ゾルディックでございます」

「入って下さいな」

「失礼致します!」

 

 普段は、政務担当の補佐官が何故?…と思うが、父の伝言を持ってきたなら、入室は拒否出来ない。ロボットのように入室してくる彼は、緊張でもしているのか?身体の動きが妙に固い。


「お館様より伝言でございます!…『明後日に面会を行うので、二の鐘に執務室まで来られたし』とのことでございます」

「承知しましたわ」  

「確かにお伝え致しました…失礼致します!」

 

 帰り際もロボットの動きなのね。もしかして、伝言の仕事は初めてだったのかしら?彼は、使者候補なのかもしれないわね。

 領主の伝言ほ、間違って伝えてはいけない。そんなわけで、けっこうな重責プレッシャーのあるお仕事なのである。



 ちなみに、二の鐘は朝九時である。一の鐘は朝六時に始まり、3時間毎に、三の鐘昼十二時四の鐘三時五の鐘夕方六時六の鐘夜九時と時報が六回に分けて知らされる。


        ◇


「カティアお嬢様へ伝言をお伝えしてまいりました。お嬢様は、承知しましたと仰っておられました」

「そうか。ご苦労だった、下がってよい」

「はっ!失礼致します」


 ゾルディックも、この屋敷に来た頃に比べれば、立派に成長しています。彼の努力もあるでしょうが、シルベスタの教育も大きいです。


「無事に面会日が取れて、安心しましたわ」

「あぁ。カティアには聞かなければいけないことも多いし、疲れるだろうな」

「疲れるのは定めですわ、ガスパール」

「…は?どういう…『これ。私の管轄のことも書かれてましたのに、何故知らせてくれなかったんですの?』…これは、トイレ申請書?なぜファルチェが持っているんだ!?」


 机の上に取り出したカティア作成の申請書を示せば、サッと顔色を変えたガスパール。あら、なにかヤバい自覚でもあるのかしら?

 カティアは中身が36歳の成人女性とはいえ、こちらでは赤子同然の知識しかない時もある。その為に、夜の夫婦時間に、密な情報交換をしようと決めたばっかりだったのに…。そんな分かりきった事も考えられない能無しは、一度お説教の必要がありますわ。


 さぁ、始めましょう?


「俺が悪かった!昨夜、軽く伝えただったんだ!」


(あっ、地雷踏んだ…)きっとカティアがいれば、そう思った瞬間に空気と同化するだろう。


「ふふふ…軽く伝えた内容に、私が深く聞けば良かったという落ち度もありますが、でも貴方のその言い方だと…重要性を理解していたみたいですわねぇ、ガスパール?」


「……やめてくれ……落ち着いてくれ。今からでも話しあ…ぎゃあぁぁぁ!!」


 ファルチェが徐々に詰め寄ってくる錯覚に陥ったガスパールは、ついに悲鳴はあげ、それは屋敷中に轟くことになったのだった。

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