第ニ章 一話 ガーディア辺境伯領導入期
「おはよう、カティア」
「おはようございます、お母様」
今日も木漏れ日溢れる春の陽気は素晴らしい。眠けが襲う微睡みと戦いながら、母と対峙する。昨日試験をすると言われて了承した手前、二度寝したいなどとは、口が裂けても言えない。
「今日の試験だけれど、算術・魔法理論・自然学を中心にやっていきます。途中分からないことがあれば聞いてね」
「はい、お母様」
山と積まれた書物に目をやりながら答えると、母はくすくす笑いながら、メイドに紙とペンを用意するように言った。
「はじめは、貴方がどれくらい出来るか分からないから簡単な問題からどんどん出題していきます。限界がくれば、教えてください」
「わかりましたわ、お母様」
私の返答に満足そうに頷いた母は、試験を開始したのだった。もちろん【
「………」
次の問を解きなさい。
問.1
6+6+6+6+6=
8+56+7+8-9=
10+10+10+20+30=
(これは、ラノベで読んだ「x」とか「÷」が存在しないタイプか?小学校最初の試
練がないとか!うらやま!何百何千「九九」を復唱したか!……ふふ、領都で学校作った時に、「九九」を必須にしちゃろ。当時は、なんだかんだ苦労したけど、日常生活の役には立ってるからね。ふふふ、まだ見ぬ若人よ。待っているがいい。学校に夢膨らませ入学する己を恨む時が来る瞬間を!…ふははは!)
さてお遊びはここまでにして、解答を書いていかなくちゃ。
次の問を解きなさい。
問.1
6+6+6+6+6=6×5=30
8+56+7+8-9=70
10+10+10+20+30=10×3+50=80
(ふふん!「×」使っちゃった!多分後で聞かれるけど、ありのままに答えよ!今後の教育に必要だし。割り算まで教えたいからね!)
「算術は「+」と「−」だけですか?」
「えぇ、そうよ。次は魔法関係の問題にいくけれど、基本は一問一答よ。貴方はなにも習ってないから、分からなくて当然よ。ギブアップの時は手を上げてね」
「分かりました」
魔法関係ねぇ。基礎は司書室で読んだけど、どこまでいけるかねぇ。
「魔法の属性は?」
「基本は、四元素となる火・水・風・土と、特殊属性の光・聖・闇・無属性の8つですわ」
「…では、高位魔法属性は?」
「雷・氷ですわ」
他にも生活魔法や補助魔法とかあるけど、この世界の『魔法の基礎』には載ってなかったなぁ。また違う題の本に載ってそう。『身近な魔法について』とか。補助魔法とか無属性が無双出来る便利な魔法だし!
「…魔法を使う時に大事なことはなんですか?」
「もちろんイメージです。後は、使う場所によって属性を選ばなければなりません」
森で火魔法とか山火事になっちゃうからね。水魔法が使える人がいればいいけど。チームプレーは大事。
「魔法の訓練で大事なことはなんですか?」
「魔力制御です!毎日の積み重ねが大事だと書いてありました!」
「…そう、書いてたのね」
にっこり微笑む母に、私は口の端がひきつる。
「約束通りにご本を呼んだだけで、試してませんよ?」
「私は、左の本棚にある子供の本を許可したのですけど?」
「『魔法の基礎』は左の本棚にありましたよ!」
私は間違ってない!と、腰に手を当て、ドヤァと胸を張る。
✡ファルチェ Side
「そう…ならいいわ。では、次の問題です。カティアは、アイスランスをご存知?」
「はい!氷魔法の呪文です!」
「そうですね。レベル4の
ファルチェは、何故左端の本棚しか読んでないのに、中級魔法を知っているのか、カティアに鎌をかけたつもりだった。
「そうなんですね〜。ランスは魔法攻撃定番呪文ですよね。でも代表格としては、ボール、カッター、バレット、ニードルあたりがお約束ですね」
でもカティアに焦った様子はなく、寧ろ懐かしそうに話す様子の彼女に違和感を覚えた。
「…よく知ってるのね?」
「前世の世界は娯楽が蔓延していて、空想世界の物語は大人気だったんですよ。前世は魔法がなかったから、今から使用年齢になるのが待ち遠しいですね!」
「空想世界…」
「はい!前世では、10万作以上の素人が書いた小説作品が、ただで読める媒体がありまして…人気なものは、書籍として発売されてプロ作家になったりと…夢がありました」
「10万作以上の世界観を読んでたの!?」
まさかの総数に、私は驚きの声を上げる。そんな数の作品を一挙に集めて読めるなんて、どんな魔道具だろうか?
「…まさか!私にも趣味や嗜好がありましたからね。自分の好きなジャンルを読んでましたよ!」
「ジャンル…」
「宇宙を題材にしたSFに、歴史を題材にしたもの、ミステリーや恋愛、魔法のファンタジー世界など色々と多岐に渡りますねぇ…」
「それは凄いわね。ならカティアは、海の見えぬ先はどうなってると思う?」
彼女の前世は、一体どんな世界なのだろう。知識が溢れすぎていて、とても手に負えそうにない。
「え?…隣の大陸のように、大海原を航海していれば島とかに行き着くか…ずっと漂流するか…そのどちらかと思います。あっ、もしかして地面は平ら説と球体かで、研究者の間で意見が割れてるんじゃないですか?」
あっけらかんと言った彼女に、ファルチェはひゅっと息を飲み込む。彼女は、先程の発言がどれほど危惧されたものか分かっているのだろうか?見た目5歳の幼児が、自然学最高の仮説に口を挟める知識・見識を研究者どもに知られると、ややこしいどころの話ではなくなる。
「……貴方はその答えを知っているの?」
私は、自分でも声が震えているのが分かる。表情が固いのも感じられる。
「これは地球…私の前の星の話ですし。専門家じゃないですから、この星が平らか球体かなんて分かりませんよ〜。創世神様に聞けば分かると思いますけどね!」
彼女は私の様子を察して、この話題をこれ以上続けるのは得策ではないと感じたのだろう。うまく冗談を交えながら話を終わらせた。
(しかし話の流れが、いつの間にか魔法から自然学へ変わっていたな。でもそのお陰で、私は自然学に障らないほうがいいのがわかった。口からなにかがポロッと漏れそうで怖いもの)
「カティア、さっきの話題は忘れてね」
「はい、お母様」
「念の為に、部屋に防音結界を施しておいて良かったわ」
と、ホッとする母を見て、この世界もなにかと複雑なんだな…と悟るカティアだった。
「カティアは、神様の言っていた世界の発展に手を付けるなら、まずはなにをしたい?」
母の期待半分困惑半分の微妙な表情に、(気持ちは分かるよ…)と心中で同意しながら考える。
「そうですねぇ…領地視察していないのでなんとも言えませんが、屋敷内で考えるならば…」
「…ならば?」
ゴクッと唾を飲み込みそうな緊迫感が室内を包む。
「トイレですかねっ!」
「トイレ!?」
素っ頓狂すぎて、母の奇妙な裏声が聞こえる。母よ、なにを想像してたんだい?そこんとこ詳しく聞きたいのは、私の気のせいかな?
「な、なんでトイレなの?」
困惑顔で聞くファルチェは、安心安全設計トイレの重要性が分かっていないらしい。まぁ、最先端が今のボットンだもんね。ならば仕方ない。真の最先端を知る日本国民が、今のトイレ事情をどれだけ苦痛に感じているか、聞かせてあげよう。唸れ、2年間の黒歴史!
「え?だって、臭いし
一気に語し尽くした私は、ふぅーふぅーと肩で息をする。演説中に一歩ずつ近づいていた私は、完全に勢いに呑まれた母は、仰け反る形で私の肩を掴んでいた。母の片手は、辛うじて私の肩をタシタシしている。言うなれば、馬の「どーどー」である。
「か、カティ、貴方の思いは分かったわ…ほんとよ!だから、神様のお店でカティアのお眼鏡に叶うものがあれば、カティアの部屋につけてかまわないわ」
ほんとに理解したの?と眼力に物を言わせて見上げれば、母は頬を引きつらせながら、しきりに頷いていた。
良かった。私のおど…ゲフンゲフンッ!力説を理解してくれたらしい。それに屋敷を管理する
「ついでに浴室も「構わないわ。この際、好きにして頂戴」…わぁい!ありがとう、お母様!」
「いいえ、カティアがお屋敷で
慈愛のこもった微笑みと、浴室にトイレを付ける許可を取って舞い上がっていた私は、気づかなかったのです。
「ふふふ…これで、カティアの世界の一端が垣間見えるわね」
と、妖しく微笑んでいる母の姿を。
そして後日…ファルチェもまた立派な貴族であることを、身を持って思い知るカティアがいましたとさ。
「見慣れない・馴染みがない物は、経験させて理解させるのが一番。この世界で初めての試みの先駆者だもの。しばらくの間、
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