4-2 ストーカー
「ス、ストーカー!?」
一旦頭を整理する時間が欲しくて、私は陰山さんと別れて部室へとやって来た。
今の話をそのまま聞かせると、
頭が太ももに乗っているのも忘れた大きなリアクションに、私はぐわんと揺さぶられる。
思わずうめいた私に謝りながら、香葡先輩はしかし目を丸くしていた。
「追いかけてるって、後をつけ回してるってこと、だよね!?」
「まぁ、本人はそういう言い方はしていませんでしたが……」
驚きを隠せないでいる香葡先輩に、私は苦笑いを浮かべた。
陰山さんの言い方としては、見かけたら目で追ってしまう、といった感じだったけれど。
話の内容としては、その姿を探して追いかけ、遠巻きに眺めていたりはしていそうだった。
「ストーカーという言葉の印象のような、実害を与えている感じでは、一応なさそうなんですけどね」
「でも、でもでもさ! 追っかけ回して観察してるっていうのは十分過ぎない……?」
「まぁ、はい……」
なんでちょっとフォローをしているのか自分でもわからない。
香葡先輩の言っていることは至極尤もなので、私も否定はできなかった。
とはいえ、話の根幹は恋バナだからなのか、香葡先輩はやっぱり楽しそうではあった。
ストーカー自体にはもちろん否定的だろうけれど、現役アイドルへの恋に、ちょっと浮き足立っている。
「まぁ、その行動の是非は置いておくとして。アイドル! アイドルに恋かぁ〜! しかも、うちの学校の在学生にいるだなんて!」
「私、全く知りませんでした。この学校にいることはもちろん、そのアイドル自身のことも」
「え〜そうなの!? HIMEちゃんでしょ? ちょっと前から結構人気の子だよー!?」
香葡先輩はどうやらご存知のようで、信じられないというように私の頭をバシバシと叩く。
一応先ほど陰山さんに語られたので、基本的な情報は得た。
半年ほど前にデビューした、若干十五歳の新人アイドル、HIME。愛称ヒメリン。
圧倒的な歌唱力と煌びやかな見た目、そして明るくキャッチーな性格で、今グングンと人気を獲得している期待の新人。
まだ知名度はそこそこだけれど、これから確実にトップランナーになる逸材だとか。
「でも信じられないなぁ。うちの学校に入学してたら、絶対話題になってるはずなのにー!」
「陰山さんが言うに、どうやら正体を隠してるみたいなんですよ。だから全然気付かれてないみたいで」
どこまで本当なのかわからないけれど、どうやらそういうことらしい。
本名ではなく芸名で活動していることもそうだし、どうやら身なりも学校ではかなり違うらしい。
まだ超有名というところまでいっていないからか、周囲が気付かないレベルで潜めている、というのが陰山さんの談だった。
「なるほど……。そんなHIMEちゃんに、ガチ恋オタクの
「はい。今まではほぼ非現実的な存在としていた相手に、実際に出会って恋が本物になってしまったと」
私はいまいち、アイドルにガチ恋をするという感覚がわからなかったけれど。
でも香葡先輩にはニュアンスが伝わっているようで、ふんふんと素直に話を聞いていた。
「でもさ、それを聞いていると、むしろ叶わない恋に叶う可能性が出たような感じがするよね? だって、身近な存在になったんだから」
「はい。私もそう思ったんですが……」
香葡先輩の当然の疑問に、私は眉を落とした。
「キッパリと真顔で言われました。『オタクがアイドルと付き合えるわけないじゃないですか』って」
「お、おおー。ガチ、だねぇ……」
香葡先輩はちょっと引いた感じでそう感想をこぼした。
部を弁えている、ということなんだろうか。
自分のような一般人が、一流の人間と釣り合うわけがない、というような。
「本当の恋に落ちたとはいえ、李々子ちゃんはやっぱりオタクなんだね。推しとファンの線引きを理解してるんだよ」
「現実に、身近にいるのに?」
「だからこそ、なのかな? 本来アイドルなんて手の届くものじゃないし、オタクとしての距離感を守らなきゃって思ってるんじゃない?」
「なる、ほど……? その割には、つけ回してるみたいですが……」
「あはは……」
陰山さんの考え方に理解を示しつつも、私の指摘に苦笑いをする香葡先輩。
やっぱり彼女がストーカーのような行動をしている点は、なかなかどうして見過ごすことが難しい。
「でもそっか。存在感がなくなる能力ねぇ」
香葡先輩は誤魔化すように私の頭を撫でながら言った。
「誰にも気付かれないっていうのは、確かに大変だね。そんなにわからないものなんだ」
「はい。触れられるまで、全く存在を認識できませんでした。実際には間近にいたのに、気配すら完全になくて」
「なるほどねぇ。それはまぁ確かに、ストーカーにうってつけってわけだ!」
「…………」
そう茶化して笑う香葡先輩に、私は何も言えなかった。
まさしくその通りだからだ。
「私が引っ掛かっているのはそこなんですよ」
なんだかんだニコニコと楽しそうにしている香葡先輩を見上げながら私は言った。
「陰山さんは、確かに能力のせいで人に気付いてもらえないことに困っているようでした。でもその能力を、ストーキングするのに便利に使っているみたいでもあるんですよね」
「確かにそんな感じだね。悪用してるって言ってもいいくらい」
「一応本人も、いけないと思っているようなんですが。ただその辺りを考えると、陰山さんを異能力に苛まれている被害者、と見るのがちょっと難しくて」
私が言うと、香葡先輩もまた困ったように眉を寄せた。
頭を撫でていたその手で、私の髪をくるくると弄ぶ。
「まぁ、純粋に可哀想って思えないところはあるかもね。相手に迷惑をかけちゃってるわけだし。それこそ気付かれてないとはいえ」
「はい。恋する相手と拗れることはままあると思いますけど、実害がないとはいえ被害を与えている人というのは、どうするべきなのか……」
先日の
けれど陰山さんの場合は意図的だし、悪いと思いつつもやめられないでいるようだ。
また状況が違う。この場合、どこまで寄り添っていいべきか判断が難しい。
そう呻く私に、香葡先輩は優しく笑みを向けてくる。
「じゃあ今回
「うーん。完全に放っておくつもりはないんですけど。でもなんていうか、どういう心持ちで接するべきか、決めあぐねていると言いますか……」
「そっかそっか」
くるくると捻った髪たちを手櫛で整えながら、香葡先輩は頷く。
「でも、何とかはしてあげようと思ってるんだね」
「それはまぁ、できる範囲のことは。困っていることには変わりませんし」
私が答えると、香葡先輩は嬉しそうに口元を緩めた。
再び優しく私の頭に手を置き、撫でてくれる。
「確かにちょっと特殊だけど、難しく考えなくていいんじゃないかな。私たちは別に、何かを取り締まる立場なわけじゃないし。良くないことは良くないけど、罰したりする権利はないしね」
「それはそうですが……」
「やっぱり今大切なのは、李々子ちゃんの話をしっかり聞いて寄り添ってあげることじゃないかな。悪い子じゃなさそうだし、落とし所というか、対処のしようはあると思うよ?」
確かに、やっていることは決して褒められたものじゃないけれど、でも実害を与えていないというのは大きい。
百歩、いや千歩譲ればそれは、好きな人を目で追ってしまう、みたいな捉え方もできなくはない。
あんまり陰山さんのことを、良くない事をしている人だと思わない方がいいかもしれない。
「そう、ですね。陰山さんの状況をもっと理解すれば、彼女にとって何が必要なのかわかるかもしれませんし」
「そーゆーこと! もちろん、柑夏ちゃんは先輩なんだから、時には導いたりフォローしてあげたりするんだよ? 私みたいに!」
「…………?」
そう言って胸を張る香葡先輩のドヤ顔が面白くて、つい意地悪をして首を傾げる私。
すると香葡先輩はぷくっとムクれて、私の脇に手を突っ込んできた。
「恩知らずにはこうだ!」
「ちょ、やめっ……!」
両脇をこちょこちょと勢いよくくすぐられ、私は堪らず身悶える。
逃げようとする私を体を使ってがっちりと固定して、香葡先輩は決して放してくれなかった。
「ゆ、許してくださいて……! こ、降参っ……!」
「まったく、しょーがない子だよ」
笑わされ続けてゼーハーと息を荒らげる私を見下ろして、香葡先輩は腰に手を当てた。
でももちろん怒っているわけではなく、むしろ楽しそうに笑っている。
「私のこと、尊敬してる? 感謝してる?」
「してますしてます。大好きです」
「よろしぃ〜!」
私の答えにご満悦のようで、香葡先輩はニカッと笑った。
「ま、柑夏ちゃんももう二年生。私だっていつかはいなくなるんだから。後輩の面倒くらいちゃんと見られるようにならないとねっ。私のよーに!」
「…………」
そんな事を言われ、不意に寂しくなる。
香葡先輩がいなくなるなんて嫌だ。
嫌だ。嫌だ。いやだ。
考えたくもない。
「大丈夫。柑夏ちゃんならできるよ」
そう言って笑う香葡先輩のお腹に、私は顔を
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