3-5 異なる事情、危険な真相

 鳳梨ほうり先輩の心境を聞くことはできたけれど、事態に進展があったとは言えない『恋バナ』を終えて、私はトボトボと武道場を後にした。

 あまり長いこと練習の邪魔をするわけにはいかなったし、何よりそれ以上の話を聞き出す自信がなかった。

 状況への理解が深まったようで、でも余計に混乱したようでもあって。

 私は頭を抱えながらオカルト研究会の部室へと足を向けた。


「おっ、カンちゃんじゃーん! こんなところにいるなんて珍しーねー!」


 部室棟へと向かおうとしたところで、逆にそこから出てきた女子生徒に声をかけられた。

 よく見るまでもなく、クライスメイトのギャル系女子、春日部かすかべ 苺花いちかだとわかる。

 私に会ってテンション高く声をかけてくるのは彼女くらいのものだから。


「春日部さん。まだ帰ってなかったんだ」

「まぁね〜。漫研の子に誘われて、さっきまで描いたマンガ読ませてもらってたんだぁ。そんで、この後は剣道部の友達と一緒に帰って寄り道する約束してたから、そろそろと思ってね〜」

「相変わらず、いろんな友達がいるんだ」

「いや〜それほどでも。って、そんな妬かなくてもいいってぇ。カンちゃんとアタシはぁ、ずっと友達なんだしっ」


 別に妬いてはいないと、そう返す気力も湧かなかった。

 会って早々ぺちゃくちゃとお喋りを始める春日部さんに、相変わらず私は全くついていけない。


「カンちゃんの方は? 武道場になんか用?」

「うん、まぁ。空手部にちょっと……」

「空手部! そっかぁ。でも大丈夫? 空手部って最近あんまり良い噂聞かなくない?」


 私が濁しながら答えると、春日部さんは大袈裟に心配がる顔をした。

 ネットワークが広い彼女にはやっぱり、空手部の現状は伝わっているようだ。


「怪我人がよく出たりとか、そういうことでしょ?」

「うん、そだねぇ。それに、部長の鳳梨先輩がめちゃくちゃキビシーって、みんな言ってる」

「鳳梨先輩が?」


 私の反応に何かを察したのか、春日部さんは少し言いにくそうな顔をした。


「鳳梨先輩が部長になってから、練習がすっごく厳しくなって、細い態度や心構えとかにもうるさいとか。ついていけない子が多いみたいなんだよねぇ」

「じゃあ怪我は、その厳しい練習のせいで……?」

「ぽい。だからみんな怖がって部活に行かなくなったって、そんな話を聞いたよぉ」


 鳳梨先輩から聞いた話と少し違って、私は思わず眉を寄せた。

 先輩は不可抗力による事故のようなニュアンスで言っていたけれど、春日部さんの話通りだと過度な練習や指導によるものだ。

 これだと状況がまた違ってくるんじゃないだろうか。


 悩む私に更に言いにくそうにしながら、春日部さんは続けた。


「それにぃ、顧問の藤咲先生のことも、みんなあんまりよく思ってないみたい」

「え? 藤咲先生を?」


 思わぬ話の転び方に驚く私に、春日部さんは「先生のことも知ってるんだね」と余計に困った顔をした。

 話の続きを言うべきかと悩むように視線を逸らし、けれどそれでも言葉を続ける。


「なんでも、ここ最近藤咲先生さ、全然部活に顔を出してないらしくって。顧問らしいことを全然してくれないって、みんな困ってるみたいなんだ。外部との練習試合とか大会とか、そういう引率はしてくれるみたいなんだけど。でも試合の面倒とか、生徒のケアとか、そういうことは全く放置なんだって」


 私があまりにも顔をしかめるからか、あくまで聞いた話なんだけどね、と春日部さんは付け加える。

 確かに藤咲先生は適当そうな人だけれど、鳳梨先輩が言っていたように先生としてはそれなりにしっかりしている風にも見えた。

 先生だって忙しいし、部活に注力できないこともあるだろうけれど、職務を放棄して生徒を放っておくなんてあまり考えられない。


「そんなことが続くから、部員はみんなめっちゃ先生の悪口を言ってたみたいで。そんなみんなを鳳梨先輩が嗜めて、余計に練習が厳しくなって、みたいな……? 先輩、真面目な人だしねぇ」

「…………」


 私が思っていた状況とかなり違う話に、全く状況が飲み込めなかった。

 あくまで噂とはいっても、そこまで具体的な経緯がついていると、不確かな話だとは言い切れない。

 空手部には、鳳梨先輩と藤咲先生には、まだ私の知らない何かがあるんだろうか。


「カンちゃん、大丈夫? アタシ、余計なこと喋っちゃった感じ?」

「ううん、大丈夫。教えてくれてありがとう」


 珍しくテンションを落として私の様子を窺ってくる春日部さん。

 私はそんな彼女にお礼を言って、早く部室に向かうことにした。

 相談しないと。私だけじゃ、わからない。




 ────────────



「つまり柑夏かんなちゃんはこう思ってるんだね?」


 私からの話を聞いて香葡かほ先輩は言った。


「藤咲先生が顧問としての職務を放棄して、そんな先生への不満に部員のみんなが悪口をこぼして。藤咲先生のことが好きな宮条さんは先生に味方して、部員を嗜め厳しい練習と指導をした。その中で怪我人が出るようになって、宮条さんを怖がった部員たちは部活に来なくなった、と」

「そう、ですね……多分、ですが……」


 そうつらつらとまとめてくれた香葡先輩に、けれど私ははっきりとは頷けなかった。

 そういったことを思ったのは確かだけれど、でも真実がそうとも限らない。

 先輩の膝枕に身を委ねながら、私は呻いた。


「その話自体は、ある程度筋が通っているとは思います。鳳梨先輩の性格や考え方を鑑みても、可能性は確かにあるんですが。ただ、なんていうか、それだけなのかなって……」

「まぁ確かに、思わず納得しちゃいそうになるけど、ちょっとピースが足りてない気はするね」


 香葡先輩はそうやって頷きながら、唸る私の頭を撫でてくれる。


柑夏かんなちゃんが聞いてきてくれた話を聞くに、いくら宮条さんが藤咲先生のことを好きでも、明らかな怠慢をしている人を庇って、しかも部員たちに意地悪なことをするとは思えないんだよね」

「はい、そこなんです」


 確かに鳳梨先輩は真面目で、曲がったことを正したいと言っていた。

 悪口を口にすること自体を嗜めたとしても、藤咲先生に非があるのならそう強くは出られないはずだ。

 むしろ好意を持っているからこそ、先生に振る舞いを正してほしいと思うんじゃないだろうか。

 それともこれは、ただの私の贔屓目……?


 鳳梨先輩は猪突猛進なところがあるけれど、恋に盲目してしまうようなタイプには見えなかった。

 それとも、犠牲を払おうと正しい道を進むと言ったあの言葉通りに、大切な人を守るための道を進んでしまったんだろうか。


「でも、どうなんだろう。柑夏ちゃんが怖いと思った通り、宮条さんには危うい部分があるのは確かだと思うよ。実際問題、コントロールできない能力で怪我人を複数出してしまっているわけだしね」


 香葡先輩は珍しく険しめな顔をして、不安そうな声を出した。


「この件、思っていたより拗れるかもしれないよ。柑夏ちゃん、手を引いた方がいいかもしれない」

「香葡先輩……」


 やるように言っておいてごめんだけど、と謝ってくる先輩。

 基本的には積極的に関わるよう言ってくる香葡先輩がそう判断したのだから、よっぽどなのかもしれない。

 このまま関わり続けて何かを間違えればこっちに危険が及ぶと、そう思っているんだ。


 私もそうは思う。でも、引っかかるんだ。


「でも私、もう少しやってみたいです」


 不安げに見下ろしてくる香葡先輩に、私は言った。


「確かに怖いです。鳳梨先輩と話して、いろいろ聞いて。それで少し理解できたのかと思ったけど、その想いの奥底は全くわからなくって。あの人が何を抱えて恋をして、戦っているのか、全然想像できなくて。怖いです」


 恋を諦められないとはいえ、過剰なほどに想いを貫き続けること。

 正しくありたいからと、間違ったことを薙ぎ倒そうと力を追い求めること。

 真面目だからと、真っ直ぐだからと、それで片付けられない何かが、鳳梨先輩にはある。


「でも一番怖いのは、このままにしておくことなんです。このままだと、何か怖いことが起きそうな気がする。鳳梨先輩の想いの強さは、芯は通っていてもどこか曲がっていて。それを貫き続けると、何かが壊れてしまう。そんな気が、するんです」


 自分でもまとまっていない気持ちを、思うがままに吐き出す。

 私に何ができるかはやっぱりまだわからないけど。それでも、何も知らなかったふりはできない。

 これは別に正義感じゃない。ただそうしないと、自分が怖いから。

 見て見ぬふりが怖くなるくらい、既に私は踏み込んでしまった。


「わかったよ。すごいね、柑夏ちゃんは」


 香葡先輩はそう言って、私の頭をゆっくりと撫でた。

 とても不安げで、私を止めたいとその瞳が言っている。

 それでも、わかったと頷いてれた。


「でも、無理してない? 部活のこととか、気にしなくていいんだよ?」

「無理は、してるかもしれません。それに、部活のことだって気にしないなんてできません。でも、私に何ができるかわからないけど、私がやらなくちゃ」

「そっか。なら私も、逃げないよ。可愛い後輩が頑張るんだもん。先輩もしっかりしなきゃね」


 私の決意に香葡先輩は頷いてくれて、優しくニコッと微笑んだ。


「話を聞いて思ったんだけどね。実は、糸口がないではないと思うんだよ」


 そう言って香葡先輩は腕を組み、むむむと唇を尖らせる。


「まぁ要は、もう少し話を聞かなきゃってことなんだけど。でも大事なのは、藤咲先生を引っ張り出すことだと、私は思う」

「鳳梨先輩に対処するというより、先生の方を、ですか?」

「ううん、どっちも、なのかな」


 首を横に振り、香葡先輩はゆっくりと続ける。


「結局今問題なのは、藤咲先生が事態に対処してない、できてないことだと思う。つまり、宮条さんと向き合えていないってこと。告白自体はちゃんと断ってるんだろうけど、宮条さんの気持ちには向き合ってないんだよ。それが転じて、いろんな問題に広がってる」

「鳳梨先輩の気持ちに、ですか……」


 告白をきっぱり断ること。それで気持ちに対し返事をしているようには思える。

 けれどそれでも鳳梨先輩が告白をし続けるのは、先輩の意図を先生が汲めていないからだとしたら。

 告白というイベントを、生徒と教師の立場を理由に形式的に返答している。

 鳳梨先輩がそう感じているから諦めきれていない。その可能性は確かに考えられる。


 一周回って最初に立ち戻っているようだけど。

 でもつまるところ大切なのは、そこなんだ。


「そう考えるとね、もしかしら宮条さんは……」


 そうして香葡先輩が口にした推測は、私が当初思った真相とはかなり違って。

 けれど鳳梨先輩の性格を鑑みれば、納得できることでもあった。


 それを確かめるには、もしかしたら危険が伴うかもしれないけれど。

 でも私は最後までやると決めた。香葡先輩がいれば、私は頑張れる。

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