ガールズ・ドロップ・シンドローム〜少女たちは恋に堕ちて異能に拾われる〜

セカイ

第1話 コントロール・アップル

1-1 堕ちゆく少女の手を取って

「お願いします。私を、助けてください……!」


 新学期が始まって一月が経とうとしている四月末。

 ゴールデンウィークを控えたある日の放課後。


 今しがた私が命を助けてあげたばかりの女の子は、そう言った。

 階段の踊り場で床にへたり込み、項垂れて。

 涙をポロポロ、こぼしながら。


「あなた、葉月はづきさん……葉月はづき 柑夏かんなさん、だよね……?」

「そう、だけど……」


 なんて答えていいか迷っていると、女の子は喰らいつくようにそう続けた。


「だったらお願い。あなたにしか、あなたになら……私、もう耐えられないから……」

「えっと……話が見えないんだけど」


 困ったと頭を掻きながら、目の前の女の子を見下ろす。

 髪を二つに結んで下ろしている、大人しそうな女子。

 なんとなく見覚えがあるような気がする。クラスメイト、だったかな。

 私の方は彼女の名前に全く心当たりがない。


「お願い。葉月さん……」


 そして女の子はようやく顔を上げ、私を見上げて言った。


「私のこの能力を、なんとかして欲しいの……!」




 ────────────




 私、葉月はづき 柑夏かんなは、私立紫陽花学園女子高等学校の二年生。

 クラス替えしたばかりの教室を出て、いつものように部室棟に向かっていた時、虐めの現場に出くわした。


 女子一人を他の女子三人ほどが囲んでいる。

 全員見覚えのある顔たちのような気もしたけれど、クラスメイトに全く気を回していない私には、どうにも判別できなかった。

 興味も、関わる気もなかったから、そのまま横を通り過ぎて階段を降りようとしていたその時。

 虐めっ子の一人が女子を突き飛ばした。


 私は積極的な人間ではないし、正義感もないし、どちらかというと厄介事には首を突っ込まないタイプだけれど。

 流石に目の前で人が突き落とされたら、手が伸びた。

 もしかしたら、落ちゆくその人が咄嗟に伸ばした手が、私の手をかすめたからかもしれないけれど。


 なんにしても、私はその女子に対して手を伸ばして、手を掴んだ。

 私が手すりを持っていたおかげで踏ん張れて、少し階段を踏み外しはしたけれど、巻き込まれて転げることもなく。

 その女子は落下を免れて、私たちは揃って踊り場までへなへなと崩れ落ちたのだった。


 そして私は、今助けたばかりの女子にまた助けを請われてしまった。


「どういうことか、説明して。一応」


 幸い捻挫どころか怪我一つなかったので、保健室には行かず一旦教室まで引き返してきた。

 もう無人になっていた私の教室、二年二組に普通に入ってきたあたり、やっぱりクラスメイトで間違いはなさそうだ。

 私が窓側の自分の席に座ってそう促すと、その女子は隣の席に座った。


「あ、うん。でもその前に、葉月さん、私のこと……わかる?」

「……悪いけど」

「ううん、気にしないで。まだ新しいクラスになったばっかりだもんね」


 私が目を逸らして答えると、優しく微笑んだ言葉が返ってくる。

 こういう気を使ったやり取りは、苦手だ。


「私は森秋もりあき 林檎りんご。覚えやすいでしょ?」

「木が多い……」

「ふふっ」


 私がポロッとこぼすと、その女子────森秋 林檎はおかしそうに笑った。

 まるでおもしろトークでも聞いたかのようにコロコロと声を上げて。


「なに?」

「ご、ごめんごめん。面白いなぁと思って。林檎って名前珍しいって言われることはよくあっても、木が多いって言われたことなくて。しかも開口一番ッ……」


 小さくも楽しそうに笑い続ける様子に、思わずムッとしてしまう私。

 それを受けてか、森秋 林檎はすっと表情を引き締めた。


「森秋さん、ね。覚えたよ。それで、説明は?」

「あ、うん。えっとね……」


 森秋さんは今度は不安げな表情に変わり、自分の二つのおさげ髪をぎゅっと握った。

 すると突然ハッとして、勢いよく立ち上がった。

 忙しい女子だなぁ。


「そうだ! 私の手袋っ……!」

「あぁ、これ? やっぱりあなたの? さっきの連中が投げ捨ててったから、一応拾っておいたけど」

「あ、ありがとう……!」


 階段の踊り場に捨てられた手袋を差し出すと、森秋さんは少しヒステリックな声を上げながら慌ててそれを手に取った。

 春なのに手袋、とも思ったけれど。防寒用のそれではなく、薬局とかに売っていそうなガーゼでできた白いものだ。

 手荒れがひどかったりでもするのだろうか。


「ごめんね、取り乱しちゃって」


 森秋さんは手袋を両手につけてから、すごすごと腰を下ろしてそう言った。


「実は私、最近、その……素手で触れた人の心を、操っちゃう能力があって……」

「…………」


 能力。その言葉に思わず反応してしまう。

 能力。特殊な力。異能力。


「だからこうして手袋をしてるんだけど。けどそれでも、もしうっかり人を操っちゃったらと思うと怖くなっちゃって。最近は人と関わるのを避けがちで。そんな風にしてたら、虐められるようになっちゃってね」

「それで、階段から突き飛ばされた、と」

「……うん。多分、わざとじゃないと思うんだ、けど。手袋を取られてね。取り返そうと揉み合ってたら、みたいな感じだったし……」


 危うく死にかけたというのに、森秋さんはあの虐めっ子たちを責める様子を見せない。

 とんだお人好しなのか、対抗する気概がないのか。

 わからないけれど、今の問題はそこじゃない。


「人の心を操れる。そう言ったよね」

「うん。三ヶ月、くらい前からかな……。全然コントロールできなくて、素手で触るとその人を自分の都合のいいように操っちゃうの」


 森秋さんは手袋をした自分の両手を見つめて、打ちひしがれたように言った。

 まるで漫画やアニメの出来事のように。人の心を操ってしまうと。

 そう、真剣に。


「……そう。それでどうして私に?」

「だって葉月さん、こういうの詳しいんでしょ? オカルト研究会の葉月さんは、この手のことを解決してくれるって、噂を聞いたことがあって」

「…………」


 助けてと最初に言ってきた時と同じ、喰らいつくような必死さで森秋さんは私を見る。

 そんな彼女に、私は何て言葉を返すべきかわからなかった。

 ただでさえ人と会話をするのは得意じゃないのに、この件は余計に言葉にしにくい。


「確かに、そんなことはしていたけど。でも今は、私……」

「お願い! こんなこと、他に相談できる人いないし。だってそうでしょ? 人の心を操れるなんて悩み、普通じゃないもん」

「そんなこと、言われても」


 私には関係ない。そう言ってしまいそうだったけれど、流石に堪えた。

 そうやってすぐ人を突き放すようなことを言うのはよくないって、いつも先輩に怒られてる。

 でもだからって、今更人の厄介事に首を突っ込むなんてそんなこと……。


 そう躊躇っている私に、けれど森秋さんは引かなかった。

 しつこさというよりそれは、追い詰められた必死さを感じた。

 そんな人のSOSを拒むのというのは、なかなか気が引けるものがあって。

 それこそ、先輩に怒られると思ったから。


「……どんな噂を聞いたのか知らないけど、さ。私に頼むってことはつまり、そういうことなんだよね?」


 観念して私がそう言うと、森秋さんは顔を綻ばせてコクコクと頷いた。

 本当に表情がコロコロと変わる人だ。


「うん。こんな超能力? 異能力? みたいなのって、私はあの都市伝説しか思い当たらないし」

「まぁ、そうだよね。人の心を操れるだなんて、普通じゃない」


 現実離れした話。でも、この学校ではあり得なくもない話。

 私はこれまでにも何度か、その手の問題に出会ってきた。


「つまり森秋さん。あなたは、『ガールズ・ドロップ・シンドローム』に罹った。そういうこと?」

「はい、多分」


 私が改めて口にすると、森秋さんは少し居心地悪いような、恥ずかしがるような、そんな風にモジモジとした。


 ガールズ・ドロップ・シンドローム。

 叶わぬ恋に堕ちた少女が罹る、異能を背負う病。

 この学校ではそんな噂、都市伝説がある。


「じゃあ森秋さんは今、その……難しい恋をしてるってこと、だよね」

「……そう、です」


 頷いて、森秋さんは顔を赤らめる。

 恥ずかしそうなのにどこか嬉しそうで。でもやっぱり悩ましげでもあって。

 私のことをチラチラと見てから、ポツリと言う。


「お姉ちゃんに……実の姉に、恋をしてるの。私」

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