第18話 勲功爵。

『やぁ、勲功爵、僕が誰か分かるかな』


 アーチュウ様も怖いなって思ってたんすけど、シリル様の方がもっと怖いっすね。


《生憎と》

「コチラは王太子殿下シリル・ルフワ様ですよ勲功爵、この前、王城にいらっしゃったでしょうに」


 カミーユ様も怖いんすよね。

 急に現れて殿下とココまで来て、コレっすもん。


『アーチュウ、訴状を』

《はい、国家動乱罪により今からアナタの処刑を行います》


《なっ、裁判は》

『超法規的措置って知ってる?知らない?まぁ、どっちでも良いや、どうしたって君は死刑になるんだけど。どうする?何かする?』


《王太子殿下と言えどココで死ね、ば、ぐっ》

『結構、無茶をしていたみたいだね、その分だけ恨みを買っていたってどうして気付かなかったのかな。それとも単に無視していただけ?』


《私に、何を》

『毒が盛って有るんだ、分からなかったでしょう』

「あ、それ俺っす」


《な、ぜ》

『逆らうだろうって思ってたから、ココもとっくに制圧済みだよ、心配してた通りに裏切られて良かったね』


《くっ》


「コレ、死んじゃったんすか?」

『ううん、眠ってるだけ。ちゃんと裁判所には連れて行くよ、荷物としてね』


 俺の親友の仇討ちは、すげぇアッサリ終わった。

 この勲功爵に文字と数字に強い女こそ優秀な貴族令嬢だ、って育てられた女と、機織りと刺繍の才能が有れば良い嫁になるって言われた貴族令嬢が居た。


 片方は反目して、片方は尊敬して。


 反目していた計算に強い女に、親友と親友の恋人は追い込まれて死んだ。

 でも、その追い込んだ方の女は嫁ぎ先に不貞がバレて、死んだ。


 で、あまり知られて無いけど、末っ子も居た。


 いや居た事は知られてたんだけど、愛人の子が表に出てて、本当の末っ子は愛人の家で労働力として働かされてた。

 それこそ金髪碧眼じゃないからって、入れ替えれられてたらしい。


 そうやって娘を道具にしか思わない勲功爵は今、薬で眠らされた。


 コレから王都に送られて、何故、どうしてそう育てようと思ったのか。

 悪いとは思わないのか、一体何を考えて自分の教育方法を広めたのか、追求され続ける事になるらしい。


 死ねば良いと思ったけど。

 もう、同じ様な者を出さない為にって、シリル様が言うから。


 まぁ、それならと屋敷に入り込んで毒を盛った。


 城は武力制圧はされて無いけど、カミーユ様が言った通り、親友の恋人の名を言ったら皆が黙って通してくれた。

 妹の方が好かれてたのも有るみたいだけど、どうして死んだのか、真実を知ってたっぽい。


 全部コイツのせいだ、って、既に分かってたらしくて。


 皆が皆、黙って指示に従って手伝ってくれて。

 棺の中に勲功爵と虫と蛇が、溢れるギリギリまで入れられて、封をされた。


 死ぬ様な毒蛇は入って無かったけど、噛まれたらクソ痛いのも入ってた。


 特急便で送られるらしいけど、生きてるかなオッサン。

 生きて、地獄を味わって欲しい。


 あ、末っ子も王都に行ってマリアンヌ嬢の家で世話になるらしい。

 うん、ココは片付いたし。


「はぁ、何かもう、終わったかも」

『まだだよ、彼の毒が広がってるからこそアニエス嬢は苦しんでるんだから、毒もすっかり切り取らないとね』

「うん、そうそう」


『帰ったらミラがクッキーを焼いて待っててくれるって言うんだ』

「この暑いのに何て事をさせるかね」


『そこは大丈夫だよ、涼しい日暮れにしなさいって言っておいて有るからね』

「あぁ、なら安心だね」


『ふふふ、楽しみだなぁ』


 何か、散歩の帰り道って感じなんすけど。

 貴族を1つ潰した帰り道なんすよね。


「アニエス様、熱が下がってると良いっすね」

『どうだろうねぇ、熱を上げさせる様な事をしたらしいじゃない?』

「全く、コレだから男は困るね、ちゃんと優しくしてあげるんだよ?」

《あぁ、常にそうしているんだがな》


 アーチュウ様も平然としてる。

 うん、全員怖いわ。




《こんな兄と血が繋がっているなんて、本当に残念だわ》


『いや、待ってくれ、ちょっとした行き違いが』

《そうね、最初はそう思っていたわ、愛する妻を亡くして少し様子が不安定なのかも知れない。けれど、変質してしまっていただけだったのね。知らなかったわ、あの勲功爵と密かにお知り合いだったなんて、ガッカリだわ》


『いや、彼の子育ては』

《失敗していた事も知ってらっしゃらないのに、子供の教育の指示を仰いでらっしゃったなんて、最低な無能ね》


『失敗、そんな、彼の娘は2人共』

《もう亡くなってらっしゃるわよ2人共、自死で、お子さんもいらっしゃらないの。もう、お取り潰しね》


『違うんだ、私は騙されて』

《騙されたと嘆いて良いのは庶民だけよ、騙される者を防ぎ、救うのが貴族よ?》


『私は、違うんだ、私はただ』

《弁解の前に子供と妻に謝りなさい?》


『違うんだ、すまない、良かれと思って』

『はい、私も良かれと思い口を挟まないでおりました。ですが、結果としてルージュは他の娘さんを酷く傷付け、謝れない子になってしまいました。アナタを言い訳にし子を疎かにした事を、アナタと子に謝罪致します、ごめんなさいアナタ、ごめんなさいルージュ』


《ごめんなさいお母様、お父様、私、ちゃんと謝りたい》

『そうね、偉いわ、良い子ね』

『違うんだルージュ、お前は良い子だ、お前は』

《言い訳では無くて謝りなさいと言っているのよ、お分かりかしら?》


『すまん、すまなかった、許してくれ』


 勲功爵は娘が大成した、と触れ回り小銭を稼いでらっしゃったの。

 計算に強いご長女は良い婿を迎え入れ家で手伝いを、機織りや刺繍の上手な次女は評判通り、王宮へ行っている。


 そのコツを教える。

 そう言ってお金を払わせる事で情報に価値が有ると錯覚させる、まさに詐欺師の手口なのだけれど。


 困るわ本当に、そうした者を取り締まる側だと言うのに。


《はぁ》


『ただいま、ベルナルド辺境伯夫人』

《あぁ、お帰りなさいませ、シリル王太子殿下》


 ルージュちゃん、真っ青ね。


《あ、そんな》

『良くも僕の友人を侮辱してくれたねルージュ』

『ルージュ、お前、一体』

《シリル様の側近である私の息子、アーチュウの婚約者アニエスちゃんに婚約破棄を迫ったのよね》


『アニエス嬢は王妃候補ミラの親友であり、僕の友人でもあるし、大事な側近の婚約者。その事に口を挟んで良いのは辺境伯位以上の者、単なる伯爵令嬢には差し出がましいを通り越して不敬罪だ。アニエス嬢は何度もその事について言おうとしていたのに、君は聞こうともしなかった。一体、今まで伯爵はどんな教育をしていたのかな?』


『お前は、何て事を』

《ち、違うの、知らなくて》

『そうだね、アニエス嬢に低俗な嫉妬と悪意を向け、忠言さえ退けた。本当なら一家全員処刑でも構わないんだけど、貴族位を剝奪だけで済ませてあげるよ、その小さな子供まで殺してはミラもアニエス嬢も悲しむからね』


《そん》

『温情を賜り』

『あー、でも女子供は可哀想だから、夫人と幼児は何とかしてあげられないかな?』

《勿論ですわ、ウチにいらっしゃい》

『ありがとうございます』


『あ、ルージュ嬢はダメだよ、大好きなお父様を支えてあげる役目が有るからね。粗野で粗忽な君にお似合いの庶民になりなさい』

『ルージュを引き取って頂けないなら、せめて、この子だけでもお願い致します』


《そんな、お母様》

『良いの、私達は家族でしょう?』


『すまない、本当に』


『良いのかい夫人、コレから途方も無い苦労と苦渋を味わうかも知れないよ』

『私は構いません、それに、家族とはそう言うものですから』


《そう、ならアナタは今度からウチの侍女、今からアナタが稼ぎ頭よ、頑張って》

『はい、ありがとうございます』


《わ、私も侍女に》


『ふふふ、どうかな辺境伯夫人』

《厳しいけれど、庶民でも泣いたらクビよ?良いわね?》

《はい!》


 計画を遂行させる、代わりに自由になる侍女と子供を対価として得る事になる。

 そう夫から告げられ、私はシリル様達を出迎えさせて頂きましたが。


 大変ですわね、政務。




「んー、赤ちゃんの匂い、どうしてこう頬擦りしたくなるんでしょう」


《アニエスは、慣れているのね本当に》

「ふふふ、従業員の家に遊びに行ったり、妹を触り倒さんばかりに構いまくってましたからね」


 赤子独特の感触、匂い。

 プニプニで香しい母乳の香り、今だけ、まさしく限定品。


 この時期だけに楽しめる匂いや手触り。

 全く同じ、変化しない道具が有ったら売れるのでは。


 でも、そうなると本物の赤ちゃんを望む人が少なくなってしまうかも知れない。

 赤子は可愛くて面倒、それが赤子ですから。


《その、壊れそうで見ているのが怖いわ?》

『大丈夫ですよミラ様、寧ろ私は夫に触らせるより安心して見ていられますもの』

「あ、ですけど心配は心配ですよね、すみませんつい妹を思い出してしまって。ごめんね、お母さんの所に帰ろうね」


『あ、本当に大丈夫ですよ、それに抱き心地が変わると起きてしまうかも知れませんから』


「では、お言葉に甘えて」


 あぁ、この重さ、出生時と同じ重さのお人形とかどうでしょう。




《あんなにも幸せそうな顔は、初めて見たかも知れない》

『ふふふ、ミラがあんなにオドオドしている姿を始めて見たよ。やっぱり良いね、人間関係は偉大だよ』


 あ、アーチュウ様、遠い目してんな。


「俺との子も、あんな風に慈しんでくれるんだろうか。とか思って、痛い、暴力反対」

《俺の心を読むな》

『あ、思ったんだ』


「もー、読んでないっすよ、単にそうかなーと」

《お前の予測は当たるから読むな》

『単純と言えば単純だからねぇアーチュウは、ぁあ、確かにアニエス嬢の不安も分かるね』


「と言いますと?」

『自分より可哀想な少女が現れたら、ソチラに心を奪われるかも知れない。ガーランド君、先ずは妥当な原作を探し出してくれるかな』

『あ、はい、畏まりました』

『あの、僕が、既にマリアンヌ嬢から、題名だけですが構いませんか?』


『うん、なら他に似た作品が無いかも頼むよ』

『はい』


 もっと酷い惨劇になるかと思ったんすけど。

 結構、丸く収まってるんすよね。


 まぁ、それもそうか、と。


 ミラ様は平気でも、アニエスさんがきっと悲しむ。

 だから今回はアニエスさんが納得出来る終わり方、なんすよね。


 もし、アニエスさんが居なかったらと思うと。


 怖いわ、意外とアニエスさん大事。

 この集団の手綱、車輪止めのアニエスさん。


 うん、俺も大事にしよ。

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