第14話 恋。
『気のせい、とは思えないんですね、メナートさんは』
『はい、ですのでバスチアン様にご相談しようかと思いまして』
『僕は表の事情と、裏の情報はジハール侯爵、それとカサノヴァ家からの情報を元に彼女を選んだだけですし。そう何か引っ掛かりを覚える部分も、今も無いのですが、何をどう気になってらっしゃるんでしょうか』
『もう少し探るべき、知るべきかと』
それは。
最近、情愛について深く考える様になった僕の勘なので、見当違いなのかも知れませんが。
恋、なのでは。
『すみませんが僕は調査は門外漢でして分からないのですが、何が欠けているんでしょうか』
『忌避する物は既にある程度は把握させて頂いたので、後は好み、でしょうかね』
やはり恋なのでは。
『アニエス嬢からベルナルド様への情愛について、懸念されているのでしょうか』
『ぁあ、かも知れませんね』
『それは、恋、では』
馬の扱いが上手い諜報員、とは聞いているので、もしかすれば笑われ。
コレは、固まってらっしゃるんでしょうか。
『まさか、既にアーチュウが心を寄せているんですし、有り得ませんよ』
『ですよね、失礼致しました。すみません、彼女の中身に関しては殆ど知りませんし、全く女性に興味が無いものですから』
『分かりますよ、僕もです、男にも女にも興味が無いので』
『あぁ、そうなんですね、さぞご苦労されてらっしゃるかと』
『いえいえ、それ程でも無いですよ、日頃は単なる御者ですから』
親しみ易く馴染み易い、高位の貴族なら真っ先に警戒する雰囲気なんですが。
そうした者を敢えて傍に置く兄は、何処まで彼について理解を。
いえ、きっと全て分かっているんでしょうね。
あの兄なのですから。
『申し訳御座いません、お役に立てず』
『いえいえ、では、どうぞご内密に、本当に単なる勘違いかも知れませんから』
『はい、承りました』
本当に、全てが勘違いで済めば良いんですが。
『それは、恋では』
『やはりガーランド君も、物語なら恋を表現する文言ですよね』
『はい、僕もそう恋を匂わせた文を目にした事が有りますし、書きもしますし』
バスチアン様から、何処のどなたの事かはお聞かせ頂けてはいないのですが。
うん、僕も恋ではないかと。
『ですけど、無い、と表情を変えずに断言されてしまったんですよね』
『それは単に、自覚なさっていないだけでは?』
『かも知れないですし、問答の中で気付かれたかも知れない、そう絶妙な間が有ったんですよね』
『成程』
舞台上では難しい演出ですが、上手く表現出来れば、きっと観客にも感動を。
『それで、ガーランド君は、恋をした事は』
『無いんですよね、舞台以外に本当に興味が無くて。ですけど良く有る筋としては、素晴らしい女優か脚本家、それら同業者に惹かれ結婚するのではと。ですけど僕としては少しつまらないと言うか、仕事仲間に手を出す事って気が引けるんですよね、破局や仲違いに劇団が巻き込まれるのは絶対に避けたいですから』
『あぁ、ですね』
『ただ、お互いに舞台を大事にして、劇団を守れる相手が要ればとは思います。出来るだけ長く、国の為にも歴史有る劇団にしたいので』
『何世代にも渡り、受け継がれる劇団』
『ですけど血筋に拘らずに守って欲しいので、劇団の規約を作ろうかな、と』
『あぁ、良いですね、集団ともなれば全く規制が無いと荒れるでしょうから』
『その原案を書いたんですが、読んで頂いても宜しいですか?』
『はい、僕で良ければ』
僕らや大人をも騙す程の迫真の演技、賢さ、優しさを持ち合わせているバスチアン様。
いつか彼にも真に思い合える相手に恵まれ、幸せになって頂きたいですね。
《そんな、匂いで相手を拒絶するだなんて》
『残念だけれどルージュ、実際にも破棄の事例が存在するそうだし、私も流石に乳臭い女性は無理だからね』
私、メナートお兄様の事が大好きだったのに。
こんな、そんな風に言われるだなんて。
《どうして、そんな》
『悪阻の始まりは主に匂いだそうですし、だからこそ、女性として安定してから正式な婚約になるそうですが。既に向こうからお断りを頂いておりますので、後はルージュ次第ですよ、どうしたいですか』
《私、お兄様の事が好きなのに》
『君が私を好きでも嫌いでも、裏切ったり傷付ける事は無いから大丈夫、何も心配はいらないよ』
《本当に》
『ぁあ、乳臭いと言うのは違う意味だよ、産後の授乳期の女性を抱くのは流石に無理が有ると言う事だから。大丈夫、嫌いでも興味が無くても構わないよ』
《そんな、違うのに》
『ならシャルドン令息と夜伽が出来るのかな』
《あんな幼い子!嫌よ!》
『私も嫌です』
優しい笑顔なのに、今までは、そう思えてたのに。
《なんで》
『私にも分からなかったんですが、もしかしたら私に直ぐに振り向く、若しくは既に自分に気が有る女性に全く興味を抱かないみたいなんですよね』
《なに、それ》
『分かります、私にも全く意味が分からなかったんですが、今さっき分かりました。私が養子なのはご存知ですよね?』
《そう、だけれど》
『実に複雑な事情で養子に入った事も原因なんですが、そうですね、既に好意を持っているなら害される可能性はかなり低い筈ですよね』
《そうだとは思うけれど、別に、お兄様を疑っているワケでは》
『好意が有るから僕に嫌われる様な事はしない筈だ、なら、これ以上何かをする必要は無いな。何故なら安心安全、安定した立場を確保出来たのだから』
《私は》
『うん、コレは私の事だよルージュ、ありがとう、1つ謎が解けたよ』
昔から知っていた筈なのに。
目の前に居るのは、誰。
メナートお兄様の皮を被った、誰なの。
《メナートお兄様、よね?》
『そうだよ、昔から私は変わらず私のまま、メナートのままだよ』
とんでもない会話を聞かされてしまった後、再びメナート様と女騎士シャルロット様と3人。
どう、しましょう。
「あの、一人称を変えてらっしゃるのは」
『あぁ、アレは最初はクセだったのだけれど、ルージュが男の一人称を使いそうになった時が有ってね、良く一緒に行動していたからその時の名残りなんだ』
「成程」
『ふふふ、気まずい思いをさせてすまないね』
近い近い。
『おいメナート、人様のだぞ』
シャルロット様、低い声もお出しになれるんですね。
「羨ましい、どうやったらそんな低い声を出せるのでしょうか?」
『ふふっ、人誑しメナートの技が効かないな、ざまぁ』
『ですね』
「あら?私、誂われましたか?」
『すみませんアニエス様、どうしてもこのバカが確かめたいと煩かったので、少しばかり自由にさせてしまい、失礼しました』
「何を疑われていたのでしょう?」
『僕が君に恋をしているんじゃないか、と、けれど単なる勘違いだった。先程も聞いていた通り、複雑な生まれ育ちで、この家ですっかり捻くれてしまったんだ』
『捩じ切れそうな程に』
『子供がどうして愛想を振りまくのか、君は知っているかな』
「庇護を得る為、動物も愛らしく見える様に小さい頃は可愛らしく生まれる、と」
『うん、異分子で弱い立場だったからね、女性から好意を得る事だけしか興味が無かったんだ。それで君と対話して、違和感に気付いた』
「その、違和感とは」
『何か気になる、何かが引っ掛かる。最初は勘か勘違いか、そこでバスチアン様に相談して、ルージュと対話して気付いたんだ。単に君がアーチュウの味方かどうか、誰の味方なのか、そこが不安だっただけなんだ』
「あの、私にはアーチュウ様を害する程の」
『そうなんだけどね、僕にとってベルナルド家は宝だから』
「申し訳御座いません、本当に好かれる様な事は何も」
『バスチアン様の時もアーチュウの時の事も聞いているよ、だからこそ、君は逆に不安なのかも知れないと思ったんだ』
「逆に、不安?」
『恋についてだよ、追い掛けられているけれど、もし振り向いたら興味を無くされてしまうかも、知れないとは、考えていなかったんだね』
確かに、物語でも目にしますし、それこそ貴族庶民に関係無く良く聞く問題で。
失念していました、すっかり、自分の事となると。
『すみませんアニエス嬢、勇み足を』
「いえ、不安になる前に仰って頂けて、寧ろ助かったと思います」
『ぁあ、やっぱり、そこまでアーチュウを好いてはいらっしゃらないんですね』
「すみません、確かに誓って頂いた時はとてもドキドキして今でも顔が赤くなりそうなのですが。多分、今ならバスチアン様でもメナート様でも、同じ事をされたら同じ様に、あ、多分シャルロット様でもいけます」
お2人から盛大な溜息を頂きましたが。
私、恋の相談には乗れても、恋を知りませんので。
コレが本当に恋なのか、単に浮かれているだけ、なのか。
『私で試してみましょうか』
「え、良いんすかシャルロット様」
憧れてたんですよね、女騎士様とお近付きになるの。
いえ、恋では無く単に憧れなのですが。
『でしたら、折角ですし景色の良い場所へ向かいましょう』
「はい!」
部署は違うが、俺の部下である筈の女騎士シャルロット・ベルトロンは、アニエスと木陰で何を。
《アレは、どうなっているんだメナート》
『恋かどうかの判断をする為ですよ』
『成程ね』
《コレはコレで素敵かも知れないわね》
シャルロットが跪き、アニエスの手に。
『あぁ、一応は正式なハンドキスなんですね』
『流石に同性でも接触は控えるべきですしね』
『だってよ、アーチュウ?』
ハンドキスだけで抑えるつもりが、つい。
《あら、もうコチラに来るのね》
レース越しでも分かる程に、赤くなっていたアニエスに。
正直、何処から安心していた。
だが。
「はぁ、やっぱりドキドキするものですね」
項垂れそうになるのを、何とか堪え。
《出来れば、同性からでも控えて欲しいんだが》
「私は、メナート様とアーチュウ様のは、寧ろ見てみたいのですが」
『ふふっ、ふふふ、良いね、うん、実に良いよアニエス嬢は。流石だ、ご褒美に何かをあげたいんだけれど、何なら受け取ってくれるかな』
《良いのよアニエス、ふふ、遠慮しないで》
「誂ってます?」
『いや、証文でも何でも書くよ、何が良い?』
「あ、じゃあ、何でも1つだけ叶える、とかは流石にダメでしょうか、急なお申し出ですし、特に欲しい物も無いので」
『そう?爵位は?』
「道化師に爵位は無いのでは?」
《もう、拗ねないでアニエス、本当にアナタの素晴らしさを褒めているのよ》
「でもだって、メナート様だけじゃなくてシャルロット様まで、いつもは動じないのに」
『私は軍師にと思いましたよ、素晴らしい発想の転換だと思います』
『そうですね、僕からも宰相枠を推しますよ』
「バスチアン様、ガーランド様」
『僕は、素直に驚いているんですよ、その発想力に』
『そうですね、拘りを捨ててこその脚本家なのにと、寧ろ僕は見習うべきだなと思っている位です』
「ぅー、味方が居ない」
《私達は味方よ?ただ本当に驚いているだけ、だって思いもしない組み合わせだったのだもの》
『そうそう、近しいからこそ出来無い発想をこの場でしたからこそ、ふふふ、凄いよアニエス嬢、流石商家の娘だね』
「もう、本当に嘲笑なのか」
《本当よ、大丈夫、私達がちゃんと教えてあげるわ》
『アレは嫌味だ、コレは本音だ、僕らと一緒に要れば見抜く方法を教えてあげるよ。貴族相手の商売に、是非使っておくれ』
「んー」
《はいはい、良い子良い子、お部屋に休みに行きましょうね》
本当に狼狽えるアニエスには申し訳無いが、どうして、甘え慰める相手が俺では無いのかと。
そんな、どうしようも無い事を思いながら、見送るしか無く。
『まぁ、うん、僕も相談に乗るし』
『はい、僕もこれまで以上に相談に乗りますから、一緒に頑張りましょうアーチュウ』
『あの、メナートさん、もしかして誰かを想ってらっしゃるんですか?』
『うん、流石ですねガーランド令息、僕はシャルロットが気になって仕方が無いんだ』
『私がコレに興味が無い事が気に食わないそうで、では失礼致します』
『うーん、凄い気になる状態で下がるね、君の部下』
《部署が違いますし、最早、部下と言うべきなのかどうか》
『まぁまぁ、落ち着いて落ち着いて、先ずはレモネードを一気だ』
どうやって世の男女は、思いを交わしているのだろうか。
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