第2話 話し合い。

 マリアンヌさんにお時間を頂き、人払いをしたお店で会う事に。

 と言っても開店前なのでお客さんが居ないのは当たり前なのですが、良い匂い、今日はトマト煮込みでしょうか。


《あ、ごめんなさい、仕込みをしてたから》

「いえ、昨日の今日で凄いですね、お店に出られるなんて」


《落ち込んでてもお腹は空くし、お金は無くなっていくから》

「確かに、家賃だ税金だと有りますからね」


《本当、生きてるだけでお金が掛かるんだもん。でも、それは貴族も同じなんだよね》

「ですね、税金の名前が違うだけで住んでる分のお金は取られますから」


《だよね》


 顔色は、昨日よりは幾分かマシですが。

 こんなに瘦せても、やっぱりお料理が好きなんですね。


「あの、つかぬ事をお伺い致しますが、バスチアン様の事は」

《顔が良いし好きだったけど、人生掛けるのは無理かなと思ってキレちゃった、あの後に色々と有ったって聞いたけど。もう、無理かな》


「そうですか」

《それより本当、ごめんなさい、隠れ蓑にしたり、貴族舐めてた、ごめんなさい》


「いえ、味を知らないと美味しいか不味いかは分かりませんから、仕方の無い事ですよ」

《ううん、色々と考えが甘かったんだ、しかも大人の言葉を鵜呑みにしちゃって。良く考えたら良い大人も悪い大人も、良い貴族も悪い貴族も居るのにさ、何も考えないで良い様に利用された私がバカだからじゃんって。こんなバカも守るのが貴族なのに、庶民って事に甘えてるだけだったんだよね》


 バスチアン様の人を見る目は、ある意味では正しかったと思う。

 知識さえ有れば、彼女は十分に貴族の教養を身に付けられる筈。


 あ、でもお金と時間も、そこに余裕が有ってこそ学べる時間が確保出来るんですし。


「もう少し学園に通いませんか?」

《無理、恥ずかしくて無理。だけど、もう少しちゃんと考えられる頭が、欲しいなとは思う》


 バスチアン様から聞いた限りでは、相当に詰め込んだそうですが。

 学ぶ意欲は失ってらっしゃらない。


「でしたら家庭教師はどうです?」

《それ、庶民の家に来てくれるの?》


「勿論ですよ、でもちゃんと学ぼうとしないと通ってくれませんし、ある程度は成果を出さないと辞められてしまいます。先生方の時間にも、限りが有りますから」


《来てくれるかな、こんなバカに》

「試しに知り合いにお願いしてみますから、紹介料を下さい、お金を払うのも誠意を示す1つの手段ですから」


《それに、払った分は取り戻そうって思うしね》

「そうですそうです、賢くなって取り戻しましょう」


 学ぶ理由が生活に紐付かない限り、庶民は学ぼうとはしないって。

 当たり前の事なのですが、貴族には逆に難しい考えだそうで。


 学園設立の際にも、特待生枠として無償にする事に反対した方がいらっしゃったとか。

 悪しきケチですね、先行投資してこその事業も有ると言うのに。


《何か、本当ごめんね、関わらないし貴族だからって、巻き込んで騙して》

「死にそうになる程の実害は有りませんでしたし、出世してウチにお金を落としてくれれば良いですから」


《じゃああんまり出世しないでおく、貴族って大変だし》

「ですよね、敢えて庶民のままの方も多いですから」


《居るんだ、実際》

「近くの、ハンカチーフや包みを売ってるお店、有るじゃないですか」


《ぁあ、私と同じ黒髪黒目の子が居る店?》

「はい、あそこ敢えて貴族位を避けてらっしゃるそうです、商売だけさせろって、面倒事に巻き込むな国を出るぞって黙らせたらしいです」


《凄い、逆にそこまでするんだ》

「確かに面倒事も多いですからね、アホ貴族がどこそこと取り引きするな、とか言って来ますから」


《うわぁ、マジで面倒じゃん》

「そこで、大判ハンカチ屋さんなんですよ、直ぐに使用人を使って呼びに行って、大騒ぎして貰う。もう2度とウチに要望を押し付け様としないし、大判ハンカチ屋さんはだから貴族にはなりたくないって宣伝が出来ますし」


《それ、貴族に目を付けられたりとかって》

「ウチは商家連盟に加入しているので、寧ろ困るのは向こうです、品物が無くて困るのは向こう。コチラは庶民向けにも品物を出してますから、多いんですよ兼業、貴族だけに卸す商家はレアですレア」


《ソッチは何で爵位を得たの?》

「期待されたのは勿論、支えが有ったからこそ、恩返しの為にも頑張ろうと思っての事だそうです」


《そっか、少し元から違ったんだ》

「色んな方が居ますからね、爵位が要らないからって、学園でも愚か者のフリで逃げ切った方も居るそうですから」


《勿体無いって思うけど、合う合わないも有るもんね》

「ですね」


 利用された者同士、だからなのか、苦労してらっしゃた光景も見ているからか。

 恨み言は出ないんですよね、仕方が無かったな、としか。


《アニエス、そろそろ》

「あ、お時間頂きありがとうございました、今度はちゃんと食べに来ますね」

《うん、大盛りにしたげる、ありがとうアニエスさん》


「はい、ではまた、失礼致します」




 想定していたよりも、アニエスとマリアンヌ嬢の対話は穏やかに終わり。

 馬車へ。


 今回の馬車内には俺とアニエスだけ、婚約者の特権なんだが。


《そんなに、俺に興味が無いんだろうか》

「どうしてそうなるんでしょう?」


《俺との事を尋ねなかったのは》

「それは向こうが庇うかも知れませんし、逆に悪戯心から嘘を言うかも知れませんし、あまりご本人に尋ねる意味は無いかと」


《潔白を証明したい、信じて欲しい》

「でも、それより国やシリル様を取ったんですよね?」


 事実だからこそ、言い返せなかった。

 俺は騎士で、仕える相手は国。


《すまなかった》


「ちょっ、どうして上位の方はこんなに容易く泣くんですか」

《言葉は時に無力だと、理解しているからかも、知れない》


「シリル様にご相談なさいました?」

《どうせアイツは、精々苦しめとしか言わない筈だ》


「生まれが良くて捻くれ者って実に面倒ですね」

《俺も、そう思う》


「良い方法をお互いに模索しましょう?」

《すまない、本当に、信じて欲しい、触れる事も触れられる事も無かったと》


「それが嘘だった場合の罰則や罰金は?」

《触れたり触れられた箇所全て、切り落とす》


「大事な部分が無くなってしまうのでは」

《触れても触れられてもいない、正直、反吐が出る》


「可愛いのに」

《見た目を愛でるなら馬の方がマシだ》


「お好きですか馬」

《誠心誠意対応すれば嫌味は言わないし、八つ当たりもされないからな》


「寧ろシリル様の事でミラ様を」

《アイツの事が無かったとしても有り得ない、本当に身内にしか思えないんだ、本当に》


「でも私も身内になりますよ?」

《寧ろ早く夫婦になりたい》


「ほらもーそこですよそこ、明らかに性欲が強い。あんなに可愛いのに触れもしないなんてどうかしてますよ、どうせバレ無いのに」

《俺だって嘘はつきたくない、ただ、他の貴族とは少し優先順位が違うかもしれないが》


「国が1番、2番に、シリル様ですよね」

《気持ちはアニエスが1番だ》


「こうした場合、どうやって人を信じているんでしょうね皆さん」


 信じて貰えない事が、こんなに苦しい事だとは。

 いや、だからこそシリルは僕を信じられないのかと、俺に。


 シリルは、今まで1度も俺を疑わなかった。

 問い掛ける事は有っても、常に信頼してくれていた。


 なら、アニエスには、どうすれば。


《すまなかった、何が有ろうとも先ずは君を信じる》


「疑われる欠片も無いですから」

《あぁ、本来はそうすべきだと思う》


「本当に腕が痛いワケじゃないですよね?」

《胸の方がよっぽど苦しい、締め付けられる様だ》


「ご病気では無いんですよね?定期的に医師に診て貰っています?」

《あぁ、問題無い》


「私、最初、ビックリしたんですよ。それから何も考えられなくなって、でも、何かに巻き込まれての事かと。ですから何も考えない様にしたんです、いつか、答えが出るんじゃないのかって。だからミラ様とお互いに問題から目が逸らせる様に本を紹介し合ったり、他愛無い事を話したり、全然アーチュウ様の事を考え無かったんです。なのにお手紙が来て、考えさせられて、私も苦しくなりました」


《すまなかった》

「私がどう思うかちゃんと考えて頂けました?お返事を返すかどうかだって、どんな文面にするか一瞬で沢山悩まされて、安心したと同時に凄く悩まされました」


《すまなかった、自己満足でも釈明したかったんだ、誤解を恐れた》

「でしたら私が誤解するかもって思ってたって事ですよね」


《すまなかった》

「私の家が元は庶民だったので周りにも婚約者が居ないんですが、どう、どうして婚約者がいらっしゃらないんですか?」


《最初から、王室の子供の護衛をする為に育てられた、そして時に警護対象がミラ様になる事も考えられた為。嫉妬を招かぬ為に、特に決められる事も無かった》


「でも、凄いモテますよね?シリル様から聞きました、贈り物が多くて騎士団の中で1番だって」


《アイツ》

「本当なんですか?嘘なんですか?」


《それは、俺には婚約者が》

「他にも婚約者がいらっしゃらない方は居ますよね?嘘なんですか?本当なんですか?」


《貰い物は多かったが》

「ならどうして私なんですか?年下好きですか?地味好きですか?容易いから?便利だから?」


《アニエス》

「不安なのは私も同じだと分かって頂けませんか?」


《すまない》

「謝って欲しいワケじゃないんです、どうにかして欲しいんです、信じたいのに信じられない事だって十分苦しいんです」


 こうして、俺は何も言えないまま、アニエスをミラ様も居られるシリル様の家に送り届ける事に。

 未だに貴族の腐敗を暴けていない以上、こうして一纏めにするのが1番なんだが。


 シリル様には、会いたく無い。


『お帰りアーチュウ、お仕事の話をしようね』


 この笑みは、絶対に仕事の事だけでは無いだろう。

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