第7話 バスチアン・ルフワ王太子。

 食堂で非常に親しげにしてらっしゃったのは、王太子殿下とマリアンヌ嬢。

 明らかに友人の枠を超えた親しそうな会話は、静まり返った食堂に響き。


「本命が他にいらしてたんですね、成程」


 でも、なら私が感じた好意は、勘違いだったのでしょうか。

 なら恥ずかしい、死ぬ程恥ずかしい勘違いですよ私、一体どう見誤ってしまったのか。


『あ、アニエスさん』


「もしかして、ガー」

『GGと呼んで下さい、他に誰が聞いているか分からないので』


「凄い馴染んでますね、分かりませんでしたよ最初」

『アニエスさんも、良い意味でお似合いですけど、まだまだですねベルナルド様は』


《君は、良く来るんだろうか》

『はい、市井を知るにはコレが1番ですから』

「ですよね、やっぱり見て食べて触らないと分かりませんよね」


『はい、それにしても良くバレませんでしたね、お2人で食堂へ行ったんですよね?それとも持ち帰りですか?』

「いえカップルを装ったのでマリアンヌ以外に接客頂きましたし、彼女は庶民の子女には興味が無いみたいで、見向きもされませんから」


『成程、アニエスさんも良く来ているんですね』

「ココのデザート目当てに来ていたんですが、目の前の店の評判を聞いて何度か。最初に伺った際には変装していなかったので、そこで目を付けられてしまったんでしょうね、なんせ地味ですから」


『残念ですが、僕もそう思います、マリアンヌ嬢が嫉妬せずに済む隠れ蓑に、と』


「そこは私も理解出来るんですが、そうなると、私が感じた僅かな好意は誤解の筈で、じゃあ一体私はどんな風に勘違いを」

『いえ、もしかすれば、最悪の場合は勘違いでは無いかも知れません』


「と言いますと?」

『彼女を妾に、アナタを正妻にするつもりなのかも知れません』


「あぁ、操り易そうですもんね、日頃の私」


『それは、その、敢えて、ですか?』

「いえとんでも無い、面倒なお客様の相手は適当に流すのがコツですから、そうしていただけなんですけど。こう、周囲を調子に乗らせてしまったのも」

《いや、貴族の礼儀に従えば、あぁするしか無いのは誰にでも分かる筈だ。君は良く耐えていた》


『ですけど、教育を疎かにしている貴族も多いらしく、悪質な噂を広め楽しんでいる者も居ますし。あの方にどれだけの考えが有り、行動してらっしゃるのか、僕には判断出来かねますね』


「あ、え、もしかしてアレが国政の1つかも知れない、と」

『具体的な方針が思い浮かばないのであくまでも仮説ですが、はい』


 となると、アーチュウ様は何か知ってらっしゃる?


「ぶっちゃけ、まるで首を突っ込む気は無いのですが」

《生憎だが、俺には知らされていない》

『ですよね、何も無くても、何か有ったとしても、知らせるべき相手にしか情報は知らせていないでしょうから』


 王太子殿下には物凄くガッカリしていたので、もしかしたら何か深い事情が有って欲しい。

 と思ってしまいましたが。


 私、ミラ様から私直接謝罪を受けていますし、国政だとしか聞かされてはいませんし。


 でも、どうにも、何か。

 違和感が有ると言うか、何と言うか。


「巻き込まれたからこそ、かも知れませんが、私には国の為とは思えないのですが」

『僕も判断が難しいので、今回の件は父に相談しよかと、最悪の場合は大変な事になりますから』


「ですね。あ、私の耳には入れて頂かなくて結構ですよ、もし何か有れば、父か母にお願い致します」

『はい、では、お邪魔しました』


「いえいえ、では」


 謎が深まったと同時に、落胆も浮き彫りとなりました。

 何故、どうして愚か者が王太子なのか。


 《気を付けろー!暴れ馬だー!》


 コレは貴族街でも起こる事なのですが、自分が馬車に乗っていない時に起こるのは、初めてでして。


 コチラに向かって来る馬車。

 私を庇うアーチュウ様。


 不思議ですね、本当にゆっくりに見える。




《すまない》


「寧ろ動けなかった私が謝る方なのですが」

《当然だ、戦い慣れている者でもコレなのだから》


 俺は本当に馬車にはねられてしまった。


 しかも馬車の馬を操っていた御者は、例の方の近衛兵。

 特に馬の扱いを得意とする者だった筈が、本当にぶつけられるとは。


「あの、すみません、ウチが騒々しくて」

《いや、君が庶民街に詳しい理由が良く分かった、こんなにも近いなら当然だな》


「ですけど、やはり医院へ」

《いや、こんな形で非常に不本意だが、君のご家族に会えたのは嬉しい》


「いやお怪我を気にしましょう?」

《大した事は無い、良くする怪我だ、直ぐに治る》


 馬車に乗っていた者に、介抱するフリをされつつ肩を外されただけ、なんだが。

 俺だけならまだしも、彼女を危険に曝すとは。


 幾ら馬の制御が完璧だとしても、もし、万が一が。


「あの、ウチには丈夫な者ばかりでして、どうすれば痛みが紛れますか?」


 正直、弱味に漬け込みたいが。


『もう直ぐ医者が来る筈だ、本当にすまないね』


《いえ》

『本当に一流だからね、直ぐに痛みも消える筈、だから心配いらないよお嬢さん』

「あの、何か出来る事を教えて頂けませんか?こんなに大きな怪我をした者が本当に周囲に居なくて」


『こうした時は冷やすのが一番だそうだけれど、あまり冷やし過ぎてもダメだそうだし。先ずは、君が落ち着く事が一番じゃないかな』

「すみません、ありがとうございます」


 彼女には申し訳無さそうにしてくれるのは良い、だが俺だけに顔が見える様になると。


 この顔だ。

 満足そうな笑顔は、今は流石に憎たらしい。


『それと、申し訳無いんだけれど、お茶を良いかな、元はココへ買い付けに来るつもりだったんだけれど』

「あ、失礼致しました、直ぐにご用意致しますね」


 大きく目を見開き、彼女は慌てて出て行ってしまった。

 どうせ彼の嘘だと言うのに。


『そう睨まないでよ、一石三鳥を狙ってあげたんだから』

《こんな事で彼女に負い目を感じて欲しく無いんですが》


『そう、その程度ならガーランド君に取られちゃうかもよ?僕ならどんな手でも使うのに、ガッカリだな』


《どうして、こんな事を》

『憂晴らしと縁繋ぎとアニエス嬢に会ってみたくて、あ、ついでにマリアンヌ嬢の事もね』


《既に把握してらっしゃるなら》

『コレは簡単に終わる事じゃないんだよアーチュウ、愚か者が関わると特に、そう簡単に終わらせられないんだよ』


《だからと言って》

『死んででも彼女を庇うだろう、そうなれば君は騎士爵を降りられるし、彼女の心も手に入る。君の願い通りだよ』


《だとしても、相手は馬ですよ、もし》

『馬の方が扱いは簡単だよ、愚か者よりは遥かにね。それとも、僕も近衛兵も信用ならなくなったのかな、あの愚か者のせいで』


《彼に何か、案が有っての事なのでしょうか》


『ぁあ、そうかも知れないね』


 アニエスやガーランド令息の困惑は、尤もだ。

 近しい筈の俺ですら、この方の事は未だに分からないのだから。


「お待たせしました、お医者様と紅茶です」

『助かるよアニエス男爵令嬢』




 幸いにも肩と肘を脱臼されただけ、だそうで。

 暫く安静にし、訓練をすることで、以前と同じ状態に戻れるそうなんですが。


《すまない、暫く護衛に付けないそうだ》

「養生なさって下さい」


 暴れ馬のせいで怪我をした事には間違い無いのですが、私が固まらなければ。


《コレは本当に君のせいじゃない、それに君は護衛対象でも有る、どうか気にしないで欲しい》


「こうした事は初めてなので、凄く、難しいです」


 まさに後悔しか有りません。

 少しでも私が動けていれば、アーチュウ様は。


《守れた事は嬉しい、誇りに思う、だからどうか悩まないで欲しい》


「こうした時、ミラ様は、どうなさっ」


 あぁ、違和感の正体が分かりました。

 初めて対面した時、わずかに感じた空気のヒリ付き。


 アレは、アーチュウ様の事だったんですね。


 そうですよね、バスチアン殿下には極寒の眼差しでしたし。

 となると、私は本当に略奪を。


《アニエス》

「私、本当に、悪役令嬢じゃないですか」


 泣くのは非常に卑怯な手、逆に言えば最終手段だ、と。

 だから、泣くのは制御しなければならないのに。


《アニエス、何故》


「だって、ミラ様が本当に好きな方を、私」

《違う、アレは親愛の情を誤解、錯覚しているに過ぎない。彼女には既にコチラの意志は伝えた》


「でも、だってそれが誤解かもで」

《元から結ばれる事は無い、俺にその気は全く無い。しかも既に、彼女を思う別の存在を知っている》


「別の、存在」


《知りたいか》


「いぇ、止めておきますぅ」


 マトモに考えられない時は、何も考えてはいけない、深く関わってもいけない。

 水に浮かぶ藻の様に、水草の様にあるべきだと。


 でも、私には無理です。

 悪役令嬢になる気も、ミラ様を傷つけるつもりも、全く無かったのに。


《アニエス》

「ぅう、ごめんなさい、ミラ様」


 ごめんなさい、きっと直接謝るのは私の為にしかならない。

 だから、ごめんなさい、妖精さんお願いします。


 どうかミラ様に謝意を届けて下さい、正しく伝わる様に、ミラ様が幸せになる様に。

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