焼笑女 ~しょうえめ~

真賀田デニム

プロローグ


「それは焼笑女しょうえめという怨霊のせいかもしれないわね、くくっ」


 射手園いてぞの貞子さだこがあっけらかんと言い放つ。

 彼女はボクが属する『ホラー探究倶楽部』、通称〝ホラ探〟の部長だ。三度の飯より恐怖体験が好きという生粋のホラー好きであり、その見た目は名前の通り、和製ホラーの傑作『貞子』の貞子にそっくりである。


 ちなみに〝ホラ探〟の部員はボクだけだ。ほかにも部員がいたらしいが、全員射手園部長が怖くて辞めてしまったらしい。


 自分自身がホラーの対象そのものである射手園部長に、ボクは訊く。


「あの、焼笑女って何ですか? え? 省エネ?」


「焼かれながら笑う女……それが焼笑女。川越大火のとき負傷者も死者も出なかったと言われているけど、実はそうではなかったの。とある娘が、今の川越一番街の辺りで火に焼かれて死んだ。そしてその娘は焼け死ぬまでにずっと笑っていたらしいの。くくっ」


 川越大火。明治二六年に川越で発生した大火災である。計一七町に影響を及ぼすほどの凄まじい火事であり、当時の町域の三分の一に相当する一三〇二戸が焼失したらしい。


 この大火が川越商人たちの防火対策に変革をもたらし、燃えにくい蔵造り建築の着工へと舵を向けた。皮肉にもそれが、観光名所である川越の蔵造りの街並みへ繋がっているのである。


 それにしても、ボクは川越生まれの川越育ちだけど、焼笑女の話は聞いたことがない。法螺ほらだろうか。〝ホラ探〟だけに。


「キミ、法螺だと思っているでしょう? 〝ホラ探〟だけに」


 鋭いっ。

 長い髪の毛で前も見えていないのに、どうやってボクの顔に浮かんだ猜疑さいぎの念を見抜いたのだろうか。


「い、いえ、そんなことは……。ただ、もしそういった怨霊?がいるのなら、少しくらいは小耳に挟んでいてもおかしくないかなって」


「それはキミが積極的に知ろうと思っていないからよ。私のように寝食を犠牲にして四六時中、恐怖を漁っていれば色々と知ることができるわ。くくっ」


「そういうものですかね。でも、今回は信じますよ。だって


 部室に置かれた姿見。

 そこには、右腕にしな垂れかかるようにしている女性の姿が見えた。右腕がやけに重いと思っていたけど、まさかこんな分かりやすい形で幽霊に憑りつかれていたとは。


(ふふ、ふふふ)


 笑いながら、なぜか泣いている女性の幽霊。

 やけに華やかな着物を着ている。

 先日の川越散策で憑りついたっぽいけど、一体どうすればこの焼笑女は成仏してくれるのだろうか。

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