第4話(言い出せなかったend)

その日俺は、体育で水をがぶ飲みしたくせに、鬼ごっこに参加したくて、休み時間にトイレを済ませなかった。限界を迎えそうになったのは15分前で。そんな短い時間も我慢できないって思われたくなくて、言い出せなかった。

 あの時は子供だったから思いっきり我慢ポーズができた。両手で指でつねって、揉んで、足をじたばたさせて。挨拶の時も、みんながピシッと立ってるのに、自分だけへっぴり腰で、ケツを突き出して。

「しっこしっこしっこ!!!」

トイレでそう叫びながら、便器の凹凸にちんこを擦り付けながら固いゴムを外して。


 自分は今、あの時の状態に近づいていることに焦っている。あれは小学生だから許されたことなんだ。そう自分に言い聞かせるも、体は言うことを聞いてくれない。この押さえている手を離したら、床一面を水浸しにしてしまいかねない。4本の指で押さえつけて上にたくし上げ、手のひらで下に押し付ける。時計を見ると、残り15分。申し出るには少し、短い時間。

(大丈夫、あの時はちゃんと間に合った、だからっ、)

問題が解けていなくても、おしっこはさせてもらえる。1分、1分、時計が一周するのが酷く遅い。もう数式なんてこれっぽっちも入っていない。先生の指示通り、数字を入れているだけ。

(あと、ろっぷん、あと時計がろっかい回ったら、おしっこ、おしっこできる、)

心はもうトイレに向かっている。頭の中の便器に出口が緩みそうで、思わず足踏みをしてしまう。

(あと、さんぷん、ここからだと、つきあたり、そんで、べると外してる間はちんこさわれないからっ、あの時みたいにっ、角で押さえて、んで、じっぱー外して、で、ぷしゃあああって、ぁ、)

ぷしゃあああああああっ

「あ、」

脳内の効果音が自分の足元で響く。

「あ、え!?ああああああっ!!」

ペンの頭で放出場所をぐりぐりする。でも止まらない。机に膝が当たるのもお構いなしに、太ももをあげ、シッコの出口を押さえつける。

(おれ、お漏らし、やだっ、とまれとまれとまれとまれ!!)

お腹が軽い。お尻が温かい。気持ちよくて、恥ずかしい。

「あ、あ、あぁ…」

じょろ…じょぉ…ぱしゃ…

手も、足も震えて、力が抜ける。

「万智、お前…」

(しっこ、全部でちまった…)

御手洗の顔が見れない。

「ごめんな、まさかそんなに我慢してるとは思わなくて…漏れそうだったらおしっこ、いえばよかったんだからな?」

大丈夫か?立てるか?変に猫撫で声のその言葉の羅列は、自分がガキみたいな失敗をしてしまった証で。

「ぅ゛…う゛ぅ゛…」

今からまた、ガキみたいな泣き声をあげてしまうのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る