第2話

バレバレの嘘をついて出て行った問題児はまだ、帰ってこない。忘れ物(ケータイ)を預かっているから、そのうち帰ってくるだろうが。することもなく暇だから、自販機でコーヒーを買う。

「っはぁ…めんどくせえな…」

 授業もまともに受けないやつに、何故こんなにも時間を割かなければならないのだろうか。九九も怪しいやつに、高校数学が分かるはずがない。そこらの中学生に教える方が、よっぽど楽だろう。

 もう解答を写させて、さっさと帰りたい。でもそれが出来ないから教師は大変だ。

「…いちごミルク…」

500mlのペットボトルに入っている、ファンシーな柄のパッケージ。これは確か、あいつがよく飲んでいるもの。あんなにグレているくせに、可愛いものを飲むではないか。

「買ってってやるか…」

ああ、俺ってめちゃくちゃ生徒思い。



「随分と長いトイレだったな」

「うっせ…スマホ、返せよ」

「だめだ、お前帰るだろ。ほら」

「んだこれ…」

「それ飲みながらで良いから、このプリントだけ頑張れ」

「…おう…」

まじまじと手の中のいちごミルクを眺める万智。喉が渇いていたのだろうか、ごくごくと喉を鳴らして一気にあおっている。

「よくそんな甘ったるいもの一気に飲めるな」

「うるせーな。やる。んでさっさと帰る」

問題児のやる気スイッチの潜んでいる場所っていうのは分からないものだ。

「ここ、どーすんの?」

 亀のような速さだが、一問一問、確実に進むようになった。教える方も大変だが、本人がやる気になったのだから、良しとしよう。

 と思ったのも束の間。

「おいどこに行くんだ」

「…便所だよ」

「さっきも行っただろ。逃げても終わらないから、さっさとこれ解いてしまえ」

座ること自体に慣れていないのだろう。でもまだ始まって10分だ。こんな頻度で休憩されてしまってはキリがない。渋々座った彼は、またペンを握り直し、次の問題に取り掛かった。


(あれ…)

さっきから、万智の様子がおかしい。ソワソワと足を擦り合わせて、目線がキョロキョロと落ち着かない。

(もしかしてこいつ、ほんとうにトイレか?)

 机の端に置いてあるいちごミルクはすでに、3分の2が飲み干されている。しかもさっきのトイレは嘘。加えて嫌いな数学。生理現象に過敏になったってところか。

 本当ならここでトイレに行かせてやるところだろう。

(行かせてやっても良いんだが…)

普段から授業中、奴はよく席を立つ。きっと休み時間に用を済ませるという概念がないのだろう。小学生で習うことができていないってことだ。


(少しお灸を据えてやらないとな)

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