第41話 覚醒の代償ー2(終)

 病室の扉が三回叩かれる。

「入ってくれ」

 猫が俺の声で答える。

 引き戸が開き、シルエットからして半袖の看護師制服、それに腕章を左腕上腕に付けた時子が入ってくる。

 その『色彩』は『黄金』。しかし以前と違い、右の瞳に集中して輝いている。

「佳助さん......。目を覚まされて、本当に良かった......」

 『黄金』が揺らめく。

「今から猫としての俺は黙り、斉藤佳助の言葉のみを伝えよう。

 猫に会話を聞かれるくらい、気にならないだろう?」

 手の甲で雫を拭う時子。

「ありがとうございます、おしゃべりな猫さん」

 にゃあ、と猫は答え、そのままシームレスに俺の声で語りだす。

「時子さん、ですね。

 俺の『異能』が目に負担をかけているようで、顔は見えませんが、分かります。

 その右目に『異能』を宿していることも、看護資格を持たない学生の身で人のために尽くされていることも」

「......!やはり、そうなのですね。

 あの事件以降、医学的に説明のつかない症状で入院される方々が多くいらっしゃいました。

 佳助さんもその1人です。

 脳波を計測する限りでは、夢を見るレム睡眠でしかなかったのです」

「それでは、医療は......」

「既に人員、薬品から衛生用品まで、足りているものを数える方が早く済んでしまいますわ」

「あの一件は、どこまで影響を与えたのか......」

「そうですわね......。

 直接的には、女学園から半径30 km、東京都のほぼ全域と近隣地域です。

 その領域に生命体は新たに入ることは出来ません。

 陸の孤島、いえ、陸の監獄と言うべきでしょう。

 既にその範囲外の関東地方では分散避難が済んでおりまして、本州最大の平野は放棄されました。

 主要な政治家と行政機構を内部に取り残したまま最大の人口圏を放棄した日本は、米国を筆頭とした多国籍統治機構によって秩序を保っています」

「想像以上だ......」

「少し、時間を置きましょうか?

 医療的なチェックはお目覚めの前に先ほどしたのですが、医師がいらっしゃるまで、音楽をお聴きになりますか?」

「いや、大丈夫......。内部の市民......いえ、生命体はどう影響を受けましたか?」

「お察しの通りに、全ての生命体に『異能』が宿りましたわ。

 生命の枠組みを超越したチカラ、法則性も無く、物理法則すら捻じ曲げるチカラが、1300万人の人間、無数の動物や植物にまで」

「では、治安は?」

「あの瞬間に都内に居た者だけが『異能』を得たのです。

 外に出る分には『領域』は何もしませんでした。

 『異能者』は暴徒と化し、都内ではアドバンテージがないことを悟ると、外へと向かいました。

 その『異能』で他者を凌辱する者たちはこの3か月でほとんどが拘束ないしは射殺されました。

 ですが、それと関係なく避難した人々は『異能』の有無に関わらず迫害されています。

 この一件と無関係に『異能』を持つ者もそうです」

「だから、『牢獄』なのですね」

「はい。外の世界には、この東京に残った1000万人が生きていける場所は無いのです」

「1300万人でなく、1000万人、ですか......。

 『異能』が今の東京を支えている。違いますか?」

「そうなのです。

 3日で実る作物、水を浄化する藻類そうるい、燃焼効率の高い液体を分泌する昆虫......。

 枚挙に暇がありませんわ。

 『異能生命』を利用し、『異能者』を活かし、この閉じた社会は新たな秩序を作り上げつつあります、が」

 ここで、時子は言葉を詰まらせる。

「その社会を主導するのは、千里さんですね?」

「......隠しても無駄ですわね。

 彼女は、『全ての生命が運命の手綱を握る世界』と称して、『異能』の再分配を行っています。

 『全ての人間が望むチカラを手に入れる』そう語りました。

 1か月で300万人の犠牲を出して、人々は社会秩序を再開発しました。

 今月に起きた犯罪......いえ、法も機能しない今では語ることに意味などありませんが、暴力沙汰は数えるほどしか起こっていません」

「それが......千里さんの復讐......。

 持たざる者が奪われるなら、全ての者にチカラを与えた......」

「唾棄すべき悪逆ですわ!

 人類史上最悪の殺人者を、この都市に住まう人々は受け入れています。

 それが、わたくしには、耐えがたいことなのです!」

 『黄金』が燃え上がる。

「すまない、1人に、いや、猫と2人にしてくれるか......。

 千里さんは、俺より先に居ると思っていた。

 剛さんの死を乗り越えて。

 いや、先に行き過ぎたのかもしれない。

 成し遂げる手段があるならば、俺も復讐の道に進んだかもしれない......」

 時子が首を横に振る。

「いいえ、貴方は正義の人です!

 見失わないでください!

 貴方に救われた『協会』のみなさん、悟さん、それが証です!」

「ありがとう。その言葉が、俺を救うよ」

「いえ、声を荒げてしまい、申し訳ありません。御用がありましたら、ナースコールでも、猫さんでも、お呼びくださいまし」

 時子の影が戸の向こうへと消える。



 「『強くなったら、またおいで』と千里さんは言った......。

  止めようとする俺を、本気では拒まなかった。

  他者の意思や行動を含めての結果が、貴女の復讐なのですね、千里さん。

  なら、俺は貴女を止めます。

  それが、俺が剛先輩に渡せる、最後の手向けの花なのだから」

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