十一話 市川咲樹 『不幸の手紙』

―――


 ……こうして先輩とお話をするのも、三回目ですか。

 変わらず、お姉ちゃんや他の人たちからも怪談を集めているんですね。

 わたしとしてはすごくいい趣味だとは思いますけれど……やっぱり、どうしてなのかは気になっちゃいます。

 ふふ、いいですよ。理由を話せないことは、分かっていますから。なんとなく……先輩の雰囲気で。


 それがどういう結果を招こうと……先輩がしようとしていることに、なにか強い意志があるのは分かりますから。


 

 さ、今日もわたしの持っている『物』のお話をしていきましょうか。


 今日は特にどの子の話をするのか決めていないから……鞄から適当に漁って、出てきた物の話をしましょう。

 さー、なにがでてくるかなー。


 ……ごそごそ。


 ……さ、これなんかどうでしょう。


 あっ。


 これは……手紙、ですね。

 ノートのページを破って、それに文字を書いて折りたたんだ……。

 

 ああ、そうか……記念に貰ったのを、忘れていました。


 それじゃあ、今日はこの手紙についてのお話をしましょう。



 ……『不幸の手紙』についての、お話を。



―――


 今時、紙の……『手紙』なんて、珍しいですよね。

 わたし学生は既にほとんどがスマホを持っていますし、その前からも携帯電話が普及して、手紙というものは文化として薄れていっていたそうですけれど……。

 SNSやメッセージアプリ……そもそも少し前からでもメールなんかで文章のやりとりをすることが出来ていましたから、わざわざ紙に文字を書いて相手に送る人なんて現代の若者にはほとんどいないかもしれませんね。

 でも、こういう紙に書いた文章って……なんていうか、味わい深いというか。不思議な魅力があると思いませんか。

 書いた相手のペンで、その人の字体が記されている。その人の証がここに刻まれている……。これは、画面越しに見る綺麗な文字からは感じることの出来ない感覚だと思います。なにか、その人の息吹を感じることができて……それを受け取ることの魅力が。

 スマホや携帯電話もなかった時代は『文通』なんていって、学校の生徒同士でも好んで手紙でやりとりをするのが日常茶飯事だったみたいですよ。

 同性同士……特に女の子達は、言葉に出して言いづらい噂や、相談事を。

 そして異性同士は、恥じらいを秘めた文を一生懸命に考え、相手との恋仲を深められるような手紙のやりとりをする……。

 素敵な話ですよね。紙にペンを走らせて文章を綴り、それをどうやって渡すのかも考えて送り……相手からの返事を今か今かと待ち続ける……。とても尊い時間だと思います。


 まあ……もっとも、わたしの持っているこの手紙は、そういった素敵な手紙とは真逆のものです。



 『不幸の手紙』ってご存知ですか?



 携帯電話もスマホもなく、手紙でのやりとりが当たり前だった時代に生まれた……要するに、おふざけの呪物、といったところでしょうか。


 どれどれ、中身を開いてみますね。


 「これは 不幸の手紙です。

 受け取った人はこれと同じ文面の手紙を一週間以内に十人に送らなければ、貴方に災いが降りかかります。

 この手紙を無視した××高校の〇〇という生徒は、この手紙を止めた十日後に事故で亡くなりました。これは本当の話です。

 もし貴方がこの手紙を無視すれば、貴方にも同じことが起きます。

 必ず、これと同じ手紙を十人の人に送ってください」


 ……これ、結構全国的に流行ったみたいなんです。

 まあこんな内容の手紙を人の家のポストに入れたり、学校の中では下駄箱や机の中にこっそり入れたりして……。

 それでこれを受け取った臆病な人間がこの手紙を同じように何人もの人に送り、ねずみ算式に『不幸の手紙』が拡散されていく……。そんなところですね。


 携帯電話の時代にも、こんな感じのイタズラメールが流行ったみたいですよ。

 その時は『チェーンメール』なんて呼んでいて……鎖のように繋がっていくから、ということではないでしょうか。


 今は……どうなんでしょうね。

 姿形は変わっても、こんな風に誰かにアプリやSNSで呪詛じみた文面を相手に投げつけたりすることもあるのかもしれませんけれど……わたしは少なくとも、そういうものは受け取ったことはありません。

 強いて言えば、匿名性のあるネット社会だからこそ、相手に直接呪いを投げつけられるようになった……。だから、こういうものは流行らなくなったのかもしれませんね。


 でも、考えれば考えるほど不思議なんです。


 不幸の手紙、チェーンメール……。


 これらは必ず『最初の一人』が呪いを誰かに送りつけることから始まります。


 では、その目的はなんなのでしょう?


 お金の発生することは書いてありませんし、この手紙が量産されることで得をするようなことは恐らく誰にも発生しないと思うんです。

 受け取った人がただただ嫌な思いをして、恐怖に怯えながら同じ文面の手紙を必死で用意して、送る相手を懸命に絞り出しながら心の中で謝罪を繰り返して送りつける……。

 この行為が繰り返されることによって『最初の一人』になにかのメリットは発生するのでしょうか?


 わたしには、とてもそんなことが起きるとは思えません。

 つまり、この不幸の手紙を最初に書いた人は……損得勘定抜きで、こんな無差別の呪詛を振りまいているというわけです。


 ……ふふふ。


 この不幸の手紙、記念に貰った、と言いましたよね?



 実はですね、先輩……この手紙を書いたのは、わたしの同級生なんですよ。



 その子は、家庭環境に問題のある子でした。

 父、母からの虐待、それに気付いていて気付かないふりをする教師、そんな環境でねじ曲がってしまった自分を追い立てるようにイジメを行うクラスメイト達……。

 後にも先にも、自分の人生というものに心底絶望をしている女の子でした。


「なにを書いているの?」


 わたしが彼女にそう聞くと、彼女は慌ててそれを隠したんです。

 さっき言ったとおり、彼女はクラス内でイジメを受けていました。彼女に話しかけようとする子はそう多くはなかったのですが、わたしはイジメには加担していなかったので何の気なしに彼女が机の上で書いていたソレのことを聞き出すことが出来ました。


 最初は、勿論見せてはくれませんでしたよ。

 けれど何度もわたしが話かけたり仲良くしていくうちに……彼女は、ソレを見せてみれたんです。


「……不幸の、手紙……?」


「……ネットで調べていたらね。昔、そんな手紙が流行っていたんだって。だからあたし、真似したくて」


 目まで隠れるようなおかっぱ髪の彼女は、口元を歪めるように笑みを浮かべました。


 ……そう。

 彼女がその時見せてくれたのが、この『不幸の手紙』なんです。


「真似したい?どうして?」


 わたしは疑問を彼女に投げかけました。

 ふふ、誰でも感じる疑問ですよね。

 こんなことをしても何の解決にもならない。そもそも、自分を取り巻く嫌なもの達になにも関係ない他人にまでこの手紙を振りまくことになる。そんなことをするより、もっと自分の今の環境を変えるように努力しろ……。

 そんなところですかね、普通の人が考える、彼女に対する気持ちは。


 けれど、彼女ははっきりと言いました。



「みんなが、もっと……もっともっともっともっともっと不幸になればいいなって」



 ……彼女はこの手紙を何通か書いて、色々な生徒に配りました。

 勿論、直接じゃありませんよ。下駄箱や、机……ロッカーや椅子の上。配った相手は、自分をイジメている生徒もいれば、全く関係のない上級生にも配ったそうです。


 ……どうして不幸の手紙を書くのか。

 彼女の気持ちが、なんとなくわたしには理解できました。


 彼女は、仲間が欲しかったんです。

 

 こんな些細な呪詛……呪いの手紙を貰うことによって、ひょっとしたら自分の人生に一抹の不安を覚える子がいるかもしれない。

 そしてそんな呪いを伝染させることで、自分以外の人間から少しでも幸せを奪えるかもしれない。

 ……不安、恐怖といった要素は、決して人間の幸せとは結びつかないですからね。



 つまりは……この手紙を受け取った人間が、少しでも自分の人生の絶望と同じ感情を味わう『仲間』になって欲しい……。そんな風に、彼女は考えたのではないでしょうか。



 繰り返しますが不幸の手紙は数十年前、本当に爆発的に流行をしたそうです。

 インターネットもSNSも存在しなかった時代……匿名の誰かから受け取るこの手紙の恐怖に若く幼い子どもや学生は震え上がり、本当に呪いがあるのかもしれないという恐怖に駆られて文面の通りに手紙を拡散させていきました。

 

 それは、何故か。

 ……一つは、恐怖や不安から逃れたいというプレッシャーです。呪詛を回避する方法は明記されていますし、出来ないことではありませんから……。降りかかるかもしれないリスクを軽減するのは人間として当然です。

 ただ……わたしが、この不幸の手紙を書いていた彼女を見て、もう一つだけ感じたことがあるんです。



 それは……共感。そして、連帯感を、この呪詛によって持ちたいんじゃないでしょうか。


 

 皆が、自分と同じように不幸になって欲しい。

 皆が、自分と同じ恐怖を感じて欲しい。

 ねずみ算で増えていく呪いの連鎖反応が、一種の共同体を生み出していくんです。


 そして共同体を築き上げていくことで、人間というのは安心感を得るんですよ。


 つまりは……皆が呪いにかかって不幸になることを望む人間が、一定数いるというのがわたしの考え……。


 そしてそんな人が、不幸の手紙の『最初の一人』になるんじゃないでしょうか。


 ……わたしは彼女を見て、そう思いました。


―――


 ……ごめんなさい。

 なんだか怪談というより、わたしの考えを言っただけ、みたいになってしまいましたね。


 でもこの『不幸の手紙』というものは本当に流行して、社会問題にまで発展したそうなんです。

 誰が、何の目的で……そもそもどうしてこんなことを思いついたのかは、謎のまま……。


 ……わたしが持っている……彼女が書いたこの『不幸の手紙』も、この学校で立派な怪談となりました。


 ……ふふふ。


 そうです。

 結構、流行ったみたいなんですよ、この手紙。

 だからわたしも記念に一枚貰っておいたんです。

 誰が書いたのかは分からない……。けれども文面は、彼女が書き記したものと一字一句違わない、この呪詛の手紙を。


 呪いとは基本的に、特定の誰かに対してかけるものです。

 それが不特定多数の誰かに向けて書かれたものだなんて……ある意味珍しいものです。

 そしてそれが、皆が不幸になって、呪われて……それで皆と精神的に繋がりたい、なんていう願望から生まれたものだとしたら……。


 うふふ、なんとなく、愛おしいと思いませんか?


 ……え?先輩は、思いませんか?……そうですか。



 これで、わたしの話はおしまいです。


 ……え?わたしは、この不幸の手紙を回したのかって?

 不幸の手紙の呪詛通り、不幸にならなかったのかって?


 ……さあ、それは、どうでしょう?

 それを秘密にするのも、この手紙の面白いところだと思いますから。……ふふふ。


 先輩に話すのもこれで三回目……。四回目のお話、今からどれを話そうか、わくわくしています。


 ……どの子を、紹介しようかな。


 それじゃあ、また。


―――

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