七話 市川咲樹 『わらにんぎょうの呪い』


―――


 ……あっ、きましたね先輩。


 そろそろ来る頃だと思っていました。

 まだまだ、怪談を集め終わっていないんですよね。……ふふふ、どこまで集める気なのか興味はありますけれど、聞かないことにします。


 わたしの持っている『物』のお話でよければ、いくらでもしますよ。

 なかなか紹介できる人もいなくて。

 仲いい友達に見せたりすると引かれちゃうので、本当に興味のある人にだけこっそり見せるようにしているんです。


 でも少しでもこういう風に誰かにお話できる機会があると、きっと嬉しいと思うんです。普段は寂しい思いさせちゃってるから。

 ……なにが、って?決まっているじゃないですか。


 わたしのもっているこの子たち……『物』がですよ。


 ……そういう意味では、この子を先輩に見せておきたいかなぁ。えーと……確かこのあたりに……。


 ……あっ、あった。これです、これ。


 先輩にはどう見えますか?

 わたしが初めに見た感想はですね……。

 ……うーん。

 ……『藁人形』、ですかね。

 

 これ、すごく丁寧に編み込まれていて、これだけ年数が経っていそうに見えてもぽろぽろ崩れたりしないんですよ。

 デザインも一般的なものと少し違いますよね。全体的に小さくて、手のひらにおさまる感じ。すこしふっくらしたデザインなんですけれど……わけあって、全体的に黒ずんでいるんです。


 ……うふふ、言いたいことはわかりますよ。藁人形なんて不吉なもの、なんで持ち歩いているのか、って。


 それは、わたしがこれからお話する、この子にまつわるお話を聞いたら改めて説明しますね。


 それじゃあ……お話します。


 『わらにんぎょうの呪い』のお話を。



―――



「はい、これあげる」


 以前この学校にいた生徒……名前は、長山くんと言ったそうです。

 彼には数か月前に付き合い始めた、藤谷さんという同級生の可愛い彼女がいました。


 長山くんが休み時間に彼女からプレゼントされたのが……この小さな藁人形だったんですよ。


「げ、なんてものプレゼントするんだよお前」


「えー、でも可愛いじゃん。なんとなく気に入っちゃってさ。長山くんにあげようと思って」


「お前なあ……」


 藤谷さんはとても可愛い子だったそうですが、少し性格が変わっているというか……骨董屋や怪しい店で自分のぴーんときた商品を購入してしまうクセがあったそうです。

 いくら可愛くても、自分の彼氏に藁人形をあげるなんて……と思いますよね。

 でもですね、藤谷さんは不思議と直感の冴える子だったというのは、長山くんも理解していたのです。

 ショッピングモールの買い物クジで一等を引き当てたり、自分の選んだ用紙がビンゴ大会で一抜けをしたり、小さいころは駄菓子の当たりを見つける名人だったりと……霊感というかなんというか、そういうものを見極める能力があるタイプ。先輩の周りにも、いませんか?

 そんな彼女が選んできたものだから、長山くんも無下にはできない様子でした。


「藁人形って呪いをかけるイメージが強いけど、厄除けに使っている地域もあるんだよ。それに身代わり人形っていう言葉もあるんだし、きっとこの子もお守りみたいな役割をしてくれると思うんだ」


「この子、って……」


「ちっちゃくて可愛いでしょ?別に見せびらかさなくてもいいから、部屋のどこかにでも置いておいてよ」


「……うーん」


 これをストラップ代わりにして鞄にぶら下げておくのは流石にどうかと思った長山君でしたが、一応そのあたりは藤谷さんもくみ取っていたようですね。

 それに、藤谷さんに言われてみれば確かに、小さくてふっくらして、どことなく愛らしい藁人形です。

 長山くんはしぶしぶではありますが、それを受け取ることにしました。


「よかった。きっと長山くんのお守りになってくれるよ、その子」


「…………」


 わけもなく藤谷さんは、長山くんにプレゼントをしたわけではありません。

 長山君が悩みを抱えていることを知っていたからです。



 長山くんには、二歳上の兄がいました。

 一年生の長山くんと、三年生の兄の二人兄弟。

 勉強熱心な家庭で育った長山くんはなにかにつけてお兄さんと比べられて、両親から❘叱責しっせきされることが多かったといいます。

 お兄さんは成績優秀で、生徒会の役員を務めるくらいの品性も備えていました。三年生で、既に県内屈指の名門校に進学が決定していることもあり両親も鼻が高くなっていたみたいです。

 それに反比例するように、両親の長山くんに対する叱責は強くなっていきました。

 勉強は良くて中の中。スポーツに打ち込んでいるわけでもなく、親の目を盗んでは友達と遊んだりしていて、ついには藤谷さんという彼女までゲットした長山くんの生活態度は、ご両親からすればだらしないと映っていたようですね。

 なにを友達や彼女にうつつを抜かしているんだ。そんな事をしているから成績が上がらないんだ。

 お前の兄さんを見てみろ。兄さんに比べればお前はクズだ。努力をしない、クズ同然だ。……なーんて。家に帰れば❘罵詈雑言ばりぞうごんの嵐ですね。


 そんな長山くんの心労を知っていた藤谷さんの、せめてもの励ましの意味でした。

 それが藁人形だなんてどうかしている、と少し思うかもしれないですけれど……さっき言ったように、藤谷さんの直感はバカにできないというのは長山くんも知っています。

 きっとなにか、目には見えないご利益があるものなんだ。長山くんは、そう思うことにしました。



 そして彼はその藁人形を自宅に持ち帰ると、机の引き出しの中に丁寧にしまっておきました。

 家族の目につかないところ、けれども筆記用具を取り出すためにいつも開ける引き出しにそれを置いておき、いつでもそれが見えるように。

 そうしてみると、少し気味の悪かった藁人形もまるで藤谷さんが近くにいるようでホッと安心するような気分にさえなります。


 このところ、長山くんの体調はあまりよくありませんでした。

 両親からの精神的ストレスの影響なのか、寝つきが悪くなったり、全身がダルかったり……身体に痛みさえ走るようになってきていたといいます。

 自宅に帰るとそれが激しくなるから、それほどまでに自分は自宅に帰りたくないと拒否反応を起こしているのだと長山くんは考えました。


 身代わり人形、という藤谷さんの言葉もあってか、長山くんは時には引き出しから藁人形を出して握りしめながら眠ることもあったそうです。

 ……なんだか不気味に聞こえるかもしれませんけれど、❘拠りよりどころが出来ると、不思議に心も身体も落ち着く感覚が長山くんを包みました。

 それどころか、悩まされていた睡眠障害や身体の疲れも不思議と消えていくんです。

 これは確かに、藤谷さんが選んだだけあって厄除けの効果があるのだと長山くんは喜びました。



「ありがとう藤谷。これのおかげで助かってるよ」


「うん、よかった。これ、じゃなくてこの子、ね」


「ああ、うん」


 数日後、その効き目を実感した長山くんは改めて藤谷さんにお礼を言いました。

 満足そうに笑みを浮かべる可愛い彼女に、長山くんは幸せを感じたでしょうね。藁人形をプレゼントされた時はどうなることかと思っていましたが……。


「でもなんだか最近……藁が黒ずんできている気がするんだ。古くなるにも、急すぎるし」


 長山くんが見せてきた藁人形は、確かに藁の部分が黄土色から段々黒い、灰のような色に変色しているようにも見えます。

 藤谷さんは手に取ると、まじまじと藁人形を見つめて……。


「……うん、大丈夫だよ。最後まで、しっかり守ってくれると思う」


「……最後?」


「しっかりその子に守って貰えるように……信頼していてね」


「……?」


 藤谷さんの言っている意味はよく分かりませんでしたが、大丈夫、という言葉を信じて、藁人形を大切に扱うのを続けようと長山くんは決意します。



 

 ある晩。


 長山くんはいつものように、お守りの藁人形を握り締めてベッドに入りました。

 すっかり黒ずんで、貰った時の色はなくなっている人形でしたが相変わらず不思議な安心感をくれるその人形を、長山くんは大切にしていたそうです。

 その日もすんなり眠って、夢の中に入れた長山くんでしたが……。


 ……眠りの中、どこかで低く、不気味な声が聞こえます。

 その声はとても不快で耳障りで……一秒たりとも聞いていたくない。そんな声でした。


 長山くんは、願いました。


 『お願いだからこの音を止めてくれ』……。


 そしてそう願った瞬間、暗闇の中で微かな悲鳴が耳に入ります。

 それはとても遠くで誰かが叫んでいるようでしたが……小さくてもはっきり、長山くんに聞こえました。



 朝、長山くんは目が覚めます。


 そして、驚愕の事実を知るのです。



 ……隣の部屋の、自分の兄が……自らの胸に包丁を突き立てて、絶命していることを……。




―――


 長山くんを悩ませていた身体の不調や睡眠障害なんですけれどね。


 

 それ……実は『呪い』によるものだったんです。



 誰が、って?……ふふふ、もう分かっているんじゃありませんか?

 自ら命を絶った、長山くんのお兄さんが実の弟に呪いをかけていたんですよ。


 どんな方法で呪いをかけていたのかは分かりませんけれど、隣室から弟を苦しめ……最終的には死に至らしめるような、おまじないやら儀式を行っていたそうです。

 そのせいで長山くんは、身体の不調や睡眠障害を発症していたのでしょうね。

 長く続けばそれは精神的な疲れとなり、感情にまでそれが伝わってくる。じわじわと思考は負の方向に捕らわれていき、最後には人生にも疲れてしまい……という具合です。


 藤谷さんは、そんな長山くんの背後にある悪いものに勘づいたのでしょうね。

 だから、この子……お守りの藁人形を長山くんに手渡したんです。彼を守るために。

 そしてこの藁人形はその役目を全うするように、全身に呪いを受けながらも……最後には呪いをかけていた兄の方へ、その呪いを返して弟を守った。


 ……本当に頑張ったんです、この子。


 ……え?ああ、確かに疑問ですよね。

 勉強の出来る兄が、何故自分よりもできが悪い弟を呪う必要があるのか。


 でも、考えてみてください先輩。

 努力して、青春をなげうってまで積み重ねてきた学力。自分に嘘をつき、やりたくもない生徒会の活動までさせられて培われた品性。

 そしてその日々が、名門校に行ったことで更に何年も続き……次にご両親はきっと一流企業やら昇進やらで、兄に期待をかけ続けていくことでしょう。


 両親の期待という名の、ただのいいなりになるための首輪をはめられ続けている兄と、その期待から逃れて可愛い彼女を作って自由奔放に過ごしている弟……。

 ……ふふふ、どちらが幸せなんでしょうかね。

 少なくとも当事者であるお兄さんの方には、弟さんの方が幸せに見えたみたいです。


 人を呪わば穴二つ。

 呪いには、呪い返しというものが存在します。

 昔の陰陽師はそれを覚悟して相手と自分の分、二つの墓穴を用意してまで呪いをかけていたそうですからね。

 人を呪うくらいならば、自分自身もその首輪を破って自由になった方が賢明ですね。


 

 この藁人形を何故わたしが持っているか、ですか?


 ふふふ……。


 実は、藤谷さんって、私の近所に住んでいるお姉さんなんです。

 小さい頃に、今のお話をわたしにしてくれて、この黒ずんだ小さい藁人形を見せてくれて……。


 「ほしい!」と言ったわたしに、プレゼントしてくれました。


 今はこの子、力を失うほどに黒ずんでしまっています。長山くんも実のお兄さんを亡くされたという気持ちもあって、藤谷さんが再び持っていたそうなんですけれど……。

 折角だから、咲樹ちゃんのほうが大切にしてくれるだろうし、ということで藤谷さんに貰いました。


 だから別に、怖いものじゃないんです。


 いつか供養もしてあげたいとは思うんですけれど……何故だか、わたしのところから離れたくないみたいで。うふふふ。

 だからしばらくは大切に持ち歩きたいと思います。


 さ、これでわたしの話はおしまいです。いかがでしたか?


 たくさん怖い話が集まったら……わたしにもなにか、協力させてくださいね。


 それじゃあ。



―――

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