第七章 青州観山寺(八)
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(イメージイラスト)
四娘と己五尾がギャーギャーやりあっている間に、燕青はさらに4人と仕合いを済ませていた。いずれも燕青の勝ちとなったが、あっさりと終わらせたりはせず、それでいて無傷のまま勝敗がはっきりつくように立ち回ったのである。
数多くいる弟子達としては、負けてばかりいるのは悔しいが、燕青が鼻に掛ける様子を見せず、あくまで謙虚に誠実に仕合ったのが伝わり、不快感を持つ者はいなかった。
武林においての勝ち負け、特に他流同士の仕合いでは、内容によっては深い恨みをもたれ、密かに毒を盛られたり、闇討ちを仕掛けられたりすることも珍しくない。今回は少林拳の同門同士とはいえ、お互いの
とにかく、そもそもは燕青と常慶の仕合のはずだったが、すっかり弟子たちに稽古をつけるかたちになってしまった。まだ戦いたがっている僧侶はいるが、すでに朝食の時間である。燕青と常慶は食後暫くしてから仕合うことになった。
粥に漬物、野菜の湯、豆板醤を乗せた豆腐が朝飯であった。己五尾にも粥に野菜の
朝食の後は朝の
常慶は長い腕と足を大きく使い、次々に剛拳と剛脚をとばしてくる。何十人もの僧侶の師範を勤めるだけあって、突きも蹴りも早くかつ重い。肘や肩、背中をも使い、的確に急所を狙ってくる。一発でも当たれば相当な怪我を覚悟しなければならない。
(離れていては不利だ)
常慶が放った顔面への突きを上へはじき上げると同時にそのまま「
常慶は慌てずそのまま上から燕青の背中に肘を落とそうとしたその瞬間、常慶の腹筋が爆発した。
いや、爆発したような感覚を覚えて、一丈(3m)ほども後方に吹き跳んだのである。
「ぐ、ぐぅ?」
腹を押さえてよろよろと立ち上がろうとしたが、力が入らずまた座り込んでしまった。
常慶は目を閉じ、座ったままですぅー、と大きく息を吸い、60を数えるほど長く息を吐き出す。これを2回繰り返し、目を見開くとどうやら回復したようで、右手の親指を立てて「大丈夫」と知らせて見せた。
「
「すんけい、とはなんですか」立ち上がった常慶が尋ねる。常廉は燕青に目を向け
「燕青どのは寸勁を使った、ということでよろしいかな? 」
「そう……なんですかね?実は先日お話した、
「ふむ、常慶よ、わかったか。おぬしは
「
常慶が深々と頭をさげた。
寸勁とは、打撃の技法のうち、至近距離から相手に「
常慶は燕青が腰にしがみついた時、苦し紛れだと思いこみ、まさかその距離からあんな爆発的な攻撃が来るとは予想もしていなかった。
逆に言えば常慶は、今後二度と至近距離においても油断することはないだろう。そのことを理解し、素直に礼を述べる常慶もまた、一種の
「はっはっは、燕青どの感謝いたす、これで常慶もまた一皮むけることじゃろう。とはいえ、寸勁を教えてくれ、とか言われるとちと困ってしまうがな。ところで……」
(んん?…なんだあのきらきらした目は? )
「おぬしと
(うわ、これは)
「すまんが、あぁ……わしとも立ち会ってもらえんだろうか」
いたずらを見つかった子供のように、照れくさそうに頭を掻きながら頼んできた。
(あぁ、そうなりましたか)
「もう! 和尚さんったら何言ってんのよ、
仕合いをハラハラして見ていた四娘が猛然と抗議する。
「いいんだ小融、ひと休みすれば大丈夫だから」
「ほんっとにひとがいいというか何というか、もうちょっと自分を大事にしてよね」
「いやいや、無鉄砲さではお前のほうが上だよ」
「あたし無鉄砲じゃないわよ! 全部計算づくなんだからね」
なんだかんだ言ってるうちに、すっかり燕青は気楽になった。
「わかりました。
「そうか、すまんのぉわがままを聞いてもらって」
「ちょっとほんとにやる気なの青兄、疲れてるんじゃないの? 」
「心配してくれてありがとうな。命の取り合いをするわけじゃないから大丈夫だよ」
そう言って四娘の頭を優しくぽんぽん叩いた。思いもよらぬ燕青の行動に、四娘は耳まで真っ赤になってしまった。
「し、心配なんてしてないわよ、さっさと終わらせて二仙山へ帰るわよ、ほら早く! 」
照れ隠しなのか何なのか、真っ赤になりながら燕青の背中をぐいぐい押して送り出した。
常廉は
常慶も、常慶よりはひと回り小さいが、燕青と比べるとやはり頭ふたつ近く大きい。体格的には圧倒的に不利である。それでいて常慶よりも強いとなると、一層凄まじい剛拳剛脚が跳んでくることを想定し、燕青は慎重に構えをとった。
ところが予想に反し、常慶は拳を握らなかった。
誘いかも知れない、とは思いつつ、まずは顔面に伸びてきた掌を前腕部で外側に払った、つもりだったのだが払えないのだ。力を入れているようにも見えないが、しっかりと払ったはずなのに微動だにしない。
一瞬驚いて動きが止まった燕青の下方から、今度は凄まじい勢いの前蹴りが伸び上がってきた。慌てて顔を引いてのけぞった顎の先をかすめるように、常廉の
大きく跳びのいたが
「
常廉がにやりと笑い、親指を立ててみせた。
(読まれている・・・・・・なぜだ?)
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