第34話 放火犯
「探偵が来た。もうダメだ逃げられない自首しよう」
茂木から岡山にそう言う電話が入った。
「明日話そう」岡山は言って高科に相談する。
「殺れ」
高科が言ったのはその一言。
「ひとりじゃ無理です」と言って高科とふたりで殺ることになった。
それから茂木に掛け直して
「お前何処に隠れてるんだ?」岡山が訊く。
「調布の撮影所の近く」と茂木。
「そんなとこ知らんぞ、じゃ前に行ったことある、あれ、川の近くの、確か市民広場ってあったよな?」
「あぁ、河川敷のな」
「おぅそこで夕方七時で待ち合わせるぞ。高科さんがパスポート偽造してタイへ逃がしてやるとよ。金も持たせるって言ってた。ま、贅沢は出来ないだろうがしゃーないだろ?」
「おー悪いな。じゃ明日」
岡山が運転する車の後部座席に高科が乗って茂木を待っていると遅れ気味に茂木がバッグを持ってきた。
「茂木、誰にも言ってないだろな?」岡山が訊く。
「もちろん、ばれたら捕まるからな。で、船? 飛行機?」
「あぁ横浜からの貨物船だ」
「そうですか、高科さん済みません」
岡山が打ち合わせ通り車を山へ向かって走らせる。
「あれ、こっちじゃ……」
茂木が言ったところで、高科が茂木の首にロープを掛け、車を停めて岡山は茂木の手を押さえる。
かなり暴れたが数分で終わった。
岡山は初めての殺人に全身が強張ってギヤひとつまともに入れられない。
手も足も震えている。
「こら、何びびってんのよ。お前もこいつみたいになりてーのか?」
薄笑いを浮かべて高科が言う。
このひと何人殺したことあるんだろう?
しばらくすると少しずつ落ち着いてきて普通に走れるようになってくる。
一時間ちょい走って、森の中に入りスコップで穴を掘り死体を埋める。
そして高科を送ってから家に戻った。
*
一心が渋谷署に庵宅の放火犯の情報を提供してから五日後に渋谷署の磯垣新警部が事務所に来た。
「先日は情報提供ありがとうございました。お陰で犯人逮捕に結びつきました」
警部はそう言ってにこにこ顔で頭を下げた。
「逃げた茂木も捕まえた?」
「いやぁ、それが殺害されてまして……」警部はそう言って頭を掻く。
「実は、逃げた翌日の夜、岡山と高科に殺られたようです。その翌日なんです我々が岡山に任意同行を求めたのは」
警部は少しの後悔を滲ませながら顛末を語り始めた。
「岡山は、始めのうちはのらりくらりと話に乗ってこなかったが、お宅がくれた監視カメラの映像とか口座にあった金の説明がしどろもどろで厳しく追及したら吐いたんです。放火を認め、茂木の所在を追求したら、殺害を仄めかしたんで、さらに厳しく追及したら殺害して埋めたと自供したんですよ。それで埋めた場所訊いて連れて行ったら、茂木が埋まってたんです。嘘は無かった。それで高科の逮捕に繋がったんです。探偵さんのお陰だありがとう」
警部が深く頭を下げて、腰を上げようとしたので
「その事件の背後は知りたくないのかな?」
一心は謎を掛ける。
「えっ」驚く警部に一心はウィンクをして話し始める。
「高科って引地建設の下請けなのはわかってるだろう。じゃ何故引地は庵宅を欲しがったか? 実は引地の娘が柴田翔財務副大臣の妻なのさ、柴田は死んじゃったがな。その柴田が庵を潰したかったって話さ」
「ほーでもどうして?」
一心は苦労して調べたことなのでもったいぶっていると
「さっさと話したらよろし、警部はんの首長ごうなってますがな」静が笑顔で言う。
「ははは、庵流は今隆盛を極めるとまでは行かないが、ほかの流派と比べたら相当伸びているらしいんだ。
茶道には御三家と言うのがあってな、柴田に結構な額の献金をしているそうなんだ。で、その御三家が庵の急成長を僻んだとして、それを柴田に言ったんだ。もちろん、潰せとか怖い話をしたんじゃなくって愚痴だな。愚痴ったんだ。柴田としたらこんな好機はないと思ったんだろう。もらった金の見返りと考えたんじゃないかな」
「はーそれで庵に嫌がらせを……そっか、その嫌がらせがエスカレートして放火まで……なるほど」
警部補はしきりに頷いている。
「そこら辺の裏を取ってよ、被疑者死亡だけど柴田を送検してくれよ。それが庵さんの仇討ちだ」
「いや、参ったな。岡引さん、裏取ってきっちりやらしてもらう」
磯垣警部は元気よく事務所の階段を駆け下りて行った。
「よし、これでまた一件決着だな」
「へぇ」
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