第18話 影を照らす灯り

 釧路の運送屋に配送を頼んだのが男と分かった。

被害者に動機を持つ人物は複数人いていずれもアリバイはハッキリしていないようだ。

捜査資料からはその程度しか分からなかった。

「なぁ美紗、もう少し人物の特定はできんかな?」

一心はハッキング得意の美紗に頼るのが一番の近道と考えている。Nシステムや監視カメラの映像のどこかに犯人は写っているはずなのだ。

「おう、高速のカメラと港付近のカメラを見てるんだけど車の台数多過ぎて運転席の顔を照合するのに時間かかり過ぎるんだよなぁ……もっと絞れないのか?」と、美紗。

一月の終わりころからもうひと月以上照合を続けているのだった。

「冷凍されたんだろう? それも過冷却水で窒息死って知識も必要だろうし、冷凍庫がいるんだろう? その辺から何かないのか?」男言葉の美紗が言う。

「おまえはその過冷却とかって知ってたか?」

「俺は技術系だから知ってたさ。窒息するか溺死するかまでは知らんかったがな」

美紗と喋ってると息子との会話みたいな錯覚に陥るが、れっきとした二十歳過ぎの女であることに間違いは無いのだが……ホントにこいつ嫁に行けないんじゃないか……。

「ハッキングでレンタル情報探せないか?」

「ははは、親父、無理言うな、そんなの何万件あるのか分からんぞ。一応やってみたんだが諦めたんだ」

「ふーん、じゃ……レンタカーはどうだ? 冷凍車のよ……」一心が苦し紛れに言ってみた。

「親父、レンタカーなんて死ぬほど出てくる。……そうか冷凍車のレンタルに絞るか? ……いや、違う。レンタカーの冷凍車をNシステムと監視カメラで探すなら数は大分限定されるな」

「おぉそうだ。その線でやって見てくれや」

ようやくたどり着いた妙案かもしれないと思った。

「わかった。でも、そのくらいの事ひと月前に聞きたかったがな……」

一心の思いを屁とも思わず美紗がしれっとして言った。そしてすたすたと自室へ行ってしまう。

……くっそー、腹立つ娘だ……

 

 

 

 中野署の飯沼警部は佐久間春奈の写真を持って配送業者の受付の女性に会いに行った。

女性は「似てますねぇ。この人じゃないかしら」と証言した。

それで飯沼は浅草署の丘頭警部と話し合いをして、春奈の部屋の家宅捜索の令状を取った。

 再び佐久間春奈のアパートの部屋のインターホンを鳴らす。

ぞろぞろと刑事が訪れたので春奈はさすがに驚いて「何ですか? こんなに大勢で?」

飯沼は令状を掲げて家宅捜索をする旨を伝える。

春奈は開き直ったような顔をして「どうぞ」と言って、ドアを開けた。

パソコンや配送業者へ着て行ったと思われる衣装のほか室内を捜索して工具類や段ボール箱などを押収した。

 

 中野警察署の取調室で飯沼は春奈と対面した。

「越中悠へ荷物を届けた配送業者に荷物を持ち込んだ女は、あなたの持っていた衣装と同じものを着ていた。それと、三十日の帰宅時間はタイムカードが午後五時半となっていました。あなた午後七時までは仕事したと言ってましたよね。どうして嘘なんかついたんです?」

飯沼は春奈が爆弾を送った犯人だと確信していたので強く言った。

「そう、勘違いですね。だからと言って私を犯人だなんてとんでもない間違いだわ」春奈は少し興奮して顔を赤らめ尖った言い方をする。

「パソコンで見つかった闇サイトで爆弾を買って、押入れに隠してあった工具で爆弾を作ったんじゃないのか?」

「工具ぐらい誰でも持ってるでしょうよ。そもそも私は、その男を知りません」

「そうかな? 本当に知らないのかな? 近所の複数のひとが越中を見ていてあなたの事を心配していたそうですよ。何かされるんじゃ無いかって、それで越中に声をかけた人もいた。越中は驚いて逃げたそうですがね。そんな状況で近所のひとからあなたが何も言われてないと言うのも信じ難いし、あなたが彼にまったく気付かなかったと言うのも信じ難いんですよ。どうだ正直に話してみたら?」

飯沼はできるだけソフトに言った積りだが春奈は一層顔を赤くして怒鳴るように言う。

「私はそんな男知らないって言ってるでしょう!」

飯沼は春奈の興奮している表情を見て間をとった。

……

そして静かに言った。

「このアパートのゴミ集積場から段ボール箱が見つかって、あなたの指紋も検出されたんですが、爆弾が入っていたんじゃないですか?」

「……いえ、違います」春奈の表情が変わってトーンが落ちた。

「じゃ何が入ってたんです? いや、何を買ったんだ?」飯沼は再び語気を強めて言った。

「……関係ないもの……」春奈が泣きそうな声を出す。

「関係ないって、何に関係ないんだ!」

「人殺し」ぽつりと春奈。

「だったら、買ったものを出して。見せられるんだろう?」更に春奈を追詰める。

「……」俯いて涙を零し始める春奈。

「これだからなぁ、女は困るとすぐ泣く……泣いて騙そうたってそうは行かないぞ!」飯沼は厳しく言う。

「警部、ちょっと」若い刑事が来て飯沼は外へ呼び出された。

そして押収物を並べて置いてある部屋へ連れて行かれた。

「こんな所へ何だ?」飯沼が言う。

若い刑事が幾つか押収してきたバッグを開いて見せる。

「何だ! これか?」飯沼が驚いて刑事に目をやる。

「そうです。彼女が買ったのはこれです。だから言えなかったんですよ」と、刑事。

飯沼は頭を掻いて、「じゃ誰か婦警に話を訊いて来させてくれ」

……

「警部」婦警が報告に来た。

「あれをネットで買ったと認めました」そう報告した婦警も恥ずかしげに顔を染めている。

「なんだ、爆弾じゃないのか」飯沼はちょっとがっかりした。

「おう、今日は帰してくれ、きっとショックでこの後俺の顔見たら居た堪れないだろうから、明日、九時に来るように言ってな」

 

 翌日、飯沼が出署すると「警部、もう一つ段ボール箱が出ました。ゴミ収集場所のゴミの奥の方に隠すように捨てられてました。鑑識さんが佐久間春奈の指紋を確認しています」

「おーそうか、こっちが爆弾だな」飯沼に気合が入った。

「はい、中に発砲スチロールが入っていて、それはネットで見た爆弾を入れるためのものだと鑑識も言ってます」

「そうか、やったな、これで春奈を追詰められるぞ」飯沼はこれで落とせると確信した。

九時前に佐久間春奈は出頭してきた。

早速、飯沼が対峙する。

「昨日の段ボールは違ったようだが、こっちのは爆弾が入ってたのは間違いない。それにあんたの指紋が付いていた。どう、説明するんだ?」飯沼は新たに見つかった段ボール箱の写真を机に並べた。

「えっそんな事、……」言葉に詰まる春奈。考え込んでいる。

「あっそうだわ。一度宅配業者が来て ’お荷物です’って言われて一旦手にしたんだけど、宛名見たら私じゃなかったんで違いますって返したことがあったんです。きっとそれじゃないでしょうか?」と春奈。

「よくまぁ色々思いつくな。どこの配達業者よ?」飯沼は半ば呆れたが、被疑者のいう事を無視はできないので訊いた。

「覚えていません。でも本当に間違って来たんです」必死な様子の春奈だが信用はできない。

素直に認めない春奈にだんだん腹が立ってきて

「これはな、あんな大人の玩具とは訳が違うんだ。爆弾なんだぞ、誤魔化しなんか利かないんだ正直に言ったらどうだ!」

言ってしまってから、やばっと思ったがしれっとした顔をして春奈に目をやる。春奈が唇をかみしめ飯沼を睨みつけている。

飯沼は部下を呼んで配達業者に春奈が言ったようなことがあったか確認に走らせた。

「今、あんたの言ったことが本当にあったのか確認しに行かせた。何十件当たれば良いのか分からんが、嘘はばれることを教えてやる」飯沼は強く言って春奈を睨みつけた。

 

 翌日も配達業者への聞取りに奔走した。

その結果、刑事からの報告は「手渡す前に客の名前と受取人名は必ず確認するルールになっているのであり得ない」と言う業者の証言だった。

佐久間春奈が嘘を言ったことがハッキリした。

飯沼は逮捕状を請求した。

ところが根拠もなく「誰かが春奈に罪を着せようと仕組んだ?」と言う一文が飯沼の頭を一瞬過った。何故?

 

 

 美紗が照合を始めて三日が過ぎた。

一心は祈るような気持ちで成果を待っていた。

「おまっ とうさん」笑顔で病室に姿を見せた美紗だがジョークを言うのは珍しい。

「おっ見つかったか?」一心が訊く。

「おーよ、誰がやってっと思ってんだ。ん?」鼻高々の美紗だ。

「で、何処にいた?」

「十四日午後零時十分、帯広から釧路へ向かう国道三十八号線の札内川を渡る所にあるコンビニの監視カメラに駐車場へ入るところが写ってた」

美紗は手にメディアを持って「ここに切り抜きしてあるぞ」

そう言って一心に差し出した。

「レンタカー屋の受付はネットに繋がってないから警察に帯広の街中を足で稼いでもらうしかないな」

「おーそのくらいやるだろう。これで決まりだ。友池佐知殺害は根田健が犯人だ」

一心は警視庁の六日市警部に判明した事実を告げデータを取りに来るよう言った。

……

 

 データを渡してから何の音沙汰もなく三月も終わろうかという頃、六日市警部がひょこっと顔を出した。

「おっ警部、どうした?」ちょっとドキッとして読んでいた赤井川創語の本を落としそうになるのを何とか掴み直して言った。

「報告もせず申し訳ない。実は困ってまして……」珍しく六日市警部が冴えない顔で言う。

「根田の話しか?」

「えぇ一心さんの言う通り、帯広のレンタカー屋で冷凍車を借り水槽に過冷却水を作って、友池佐知を殺そうとした。ここまでは認めたんです。ところが、夜中の十二時に過冷却水が出来上がると計算していて、十時過ぎて部屋に戻って待ってたそうです。その部屋には赤井川先生の妻の沙希さんが根田の盛った睡眠薬で寝てたと言ってます。それでいつの間にか自分も寝ちゃって起きたのは朝だったそうで、慌てて佐知の部屋のカードで開けて見たら誰もおらずパニックになったそうです。で、チェックアウトして冷凍車を見たら水槽が無くなっていて、訳が分からず釧路市内の書店を予定通り回って、帯広に向かいそこでも書店を回ってから冷凍車を返して、札幌へは電車で戻ったと言ってます。夜の九時に札幌のラーメン店でそのニュースを見て驚いたそうです。でも、言い出せなかったと言ってます。どう思います?」と、六日市警部。

「あっそれで、万十川課長に相談したら、岡引探偵に相談してみろと……」と、警部は付け加えた。

「ふーん、朝起きた時に夫人はどうしてた?」一心が訊く。

「えーと……」六日市警部は手帳を捲って「あっ同じベッドで寝ていたそうです」

「ほーそう。確かホテルのバーで夫人と飲んで、夫人を部屋へ連れて行ってから、バーへ戻って佐知と飲んだんだよな?」

「えぇそうです」

「カードは根田が持ってたんだからほかの人間は佐知が部屋を開けない限り入れない。だろう?」

「そうなります」

「じゃぁ、根田以外に犯人はいないだろう?」そう言って六日市警部に目をやる。

六日市警部は頭を掻いて「そうなんですが、自分の見る限り根田が嘘を言ってるようには見えないんですよ」

……

しばしの沈黙があって、

「じゃ、仮に根田の話が真実だとしたら、どうなる? 考えたか?」

「いえ、それはまだ……」

「それ考えないで中途半端にしてるから悩みが解決しないんじゃないか?」

ちょっときつめに言った。

「それと家から報告行ってると思うが、釧路の港の配送業者の受付に現れたのは女装した男だっただろう?」

「確かにそう言う情報は頂きました。が、それが根田じゃないかと考えた訳です」

「根田はそんなに背が高かった?」

「いえ、百七十ちょっとくらいですが、ハイヒールとかありますから……」

「ふむ、バーの従業員は何か見てないのか?」

「はっきりした記憶じゃないんですが、根田と思われる男性と女性が午後九時過ぎまで飲んでいて、その男性が女性のグラスに何かを入れたと思うと言ってました」

「それが睡眠薬か? アリバイ作りに利用しようとしたってことだよな」

「はい、そう思います。ただ、その女性はグラスを男性のとすり替えた気がすると言ってまして……」

「何? もしそうなら、根田が寝たのは薬のせい。……じゃ夫人は寝たふりをしていた? それなら佐知殺害は可能だぞ」

「えぇ確かに。しかし、佐知を冷凍車に運ぶのも、配送業者に依頼したのも男です。夫人一人では無理だし、夫と助手は別のホテルに泊まってましたから手伝うのは無理です。夫婦仲も余り上手く行ってはいないようですし、助手は夜中でも呼ばれることがあると言ってますから考えずらいです。それに監視カメラには外部から侵入した者は写っていませんでしたから」

「夫人に協力するような男は?」

「根田だけです。しかし、寝ちゃってます」

「ふむ、やはり根田の単独犯と考えて矛盾は無いよな?」結局一心もそこに辿り着いた。

「えぇそうなんです。やはり言い逃れしているだけなんでしょうか?」

「ちょっと時間くれ、考えて見るわ。あっ根田だとして動機は何だった?」

「赤井川創語の出版の仕事を佐知に取られた事です」

「あぁそうだったな」

「夫人に佐知殺害の動機はあるのか?」

「夫の不倫相手ですから……」

「それだけ? 弱くないか? 小説書くためと夫人も割り切ってるんじゃないのか?」

「その辺は女心で本心は分かりませんが、口では割り切ってると仰ってます」

「あと、赤井川創語も佐知に妊娠を告げられ困ってたんじゃないのか? 深夜に呼び出して別の場所で殺害した可能性は無いのか?」

「監視カメラに写った人物がいないのでその可能性は無いと……」

「ふーむ、佐知がどうやって駐車場の冷凍車まで運ばれたのか? そこを追求すれば監視カメラの盲点が分かるんじゃないか? 取り敢えずはそこじゃないか?」

「そうですね。そこに期待してやります。ありがとうございました」今一浮かない顔だが六日市警部は笑みを作って病室を後にして行った。

 

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