第23話 短い夏休み
rubyからどのくらい離れたかの記述は難しい。しっくりくる言い方を考えると、どうしても「時間を隔てた」という文字が浮かぶ。
「飛鳥、準備出来たのか?」
「ちょっとまってー!」
rubyではあまり見ない上質な部屋は、振り分け式で飛鳥と、蒼桐で分かれている。真ん中はリビング、その他を各々の好きなテーマに合わせて、ホログラムでレイアウトをした。すったもんだの末、飛鳥は憧れの自然ログハウスのレイアウトに、蒼桐はナチュラルウッドのレイアウトに落ち着いた。
結局同じような部屋になってしまった。
「お待たせ」
現れた飛鳥はrubyの時よりもお嬢様にみえる。もともとphantomの学校が制服で、それもイングランドの伝統ある学校を引き継いだ様式だから、rubyよりも研究も格段に上だと言うのが分かる。
「変かな……どう思う? リボンが決まらなくて」
「いや、そんなことより、時間が」
「そんなことってなに」
飛鳥はぷいと後ろを向いてしまった。(うーん……上手くいかない……)蒼桐は頭を掻きながら、飛鳥の肩を軽く抑えた。
「飛鳥はどっちでも可愛いから」
「そ?」
――やっぱり、こいつ、AIじゃないよな……。phantomに着いてから特にその兆候は強くなっていた。rubyでは考えもしなかったことが、次々と浮かび上がる。そして、その中心には飛鳥がいるのだった。
***
「おはようございます」
「おはよう」
「それでね、昨日のホログラムが解けちゃって、何が出て来たと思う?」
いきなりのruby言語が飛び込んできて、飛鳥と蒼桐は顔を見合わせた。すぐにウェアラブル・アームズが反応してみせた。
「脳波を解析し、自動で相応しい言語に変えてお送りしています。ここはグローバルなので、皆、そうしないと意志がまとまらないのです」
――へー、便利。
「進んでるんだね。私達は、言葉をあまり使わないけど」
「それは、倭国……とと、rubyだけなんだろうな」
聞き覚えのある声に振り向くと、其処には伯井ハヤトがスーツ姿で立っていた。
「あ、伯井さん」
「僕はこの學校客員教師だ。軍の司令部に属するからな。軍人が多いのさ。ゆっくり休めた?」
「あ、はい」
「それは良かった。短い休暇だ楽しんで」
伯井はすたすたと持ち前のポーカーフェイスで歩き出そうとし、蒼桐は遮るようにして伯井の前に立ちふさがった。ぴく、と伯井の眉が動く。
「あの、学校は嬉しいんですが、兄の死の真相を」
「ああ、死んでいないから黙って言う通りにしろ」
「死んでない?!あの...親父も」
伯井の燻るパイプが落とされた。つま先でそれを潰して見せる。
「知りすぎるとケムリのように消されるぞ」
笑顔を貼りつかせたままの蒼桐から背を向けると伯井はにっこりと「飛鳥ちゃん、またね」と反対方向に去って行った。
「ばか、蒼! こんなところで話しちゃだめだってば」
「いや、目的を思い出したんだ」
「チョー、マイペース!」飛鳥は一言投げつけると、「気持ちは分かるよ」と空を見上げて見せる。
ここには、軍用機の影はない。
さざめくような樹々もたくさんある。逆にメタルの壁は見当たらない。太陽は高くから地上を照らして、とても温かい。
――こっちのほうが、本物な気がする。
「……飛鳥」
飛鳥は伸びたまま振り返った。「いや、何でもない」と蒼桐は目を逸らせる。
何れはrubyに帰るのだ。あの、灰色の自分たちの世界に。短い休暇...伯井の言葉が響いた。
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