第19話 ウェアラブルシステム
「青い方が、オスで、ピンクのほうが、メスです」
部屋に入るなりのAIコンパニオンの言葉に拍子抜けした。
***
あの後、ツヅゴウ・hope・ランドルは伯井ハヤトと同じ壁の向こうに歩いて行き、ワームゲートをくぐって消えてしまった。
「飛鳥、何かやったのか? あの嫌われ方は半端じゃないけど」
「……憶えがありません」
そんなしょんぼりした飛鳥を宥めているうちに、奇妙な感触を憶える。あの、ヒューマンのムービーだ。同じように頬を手で包んでみた。何しろ、手をつなぐだけでもAIセンサーが反応するのだから、顔なんか触れたらどうなるか。
「ピー」
部屋に警戒音が鳴り響いた。やはり、接触をすると警戒音が鳴る。結局兄のことは聞けずじまいだったが、夏休みいっぱいは時間がある。ツヅゴウ・hope・ランドルとも逢う機会はあるだろう。
蒼桐はそう決めて、飛鳥から一歩離れた。
「接近は出来ないな。これが反応して、反響する以上は……考えたこともなかったけど。飛鳥、さっきの結界の中で何があった?」
飛鳥はウェアラブル・システムで旅行用の服に着替えたところだった。つくづく、AIはいいな、と思う。AIの特権が多すぎるのも、気にはなったが、生きているだけでいい。そんな気持ちもちゃんとある。
――生かされているのかも、知れないけど。
***
「え? あたし、ブルーがいいんですけど」
「俺がピンクは勘弁してくれ」
『おパンツが違います。そもそも、オスのヒューマンには、貞操を護るシステムが組み込まれた肌触りよりシステム制御のあるおおパンツ、メスには肌触りのよいフィットする自慢のランジェリーと決まっております。phantomでは、ヒューマンにもホログラフィック・ファッショナブルのシステムも許可しておりますので、ハンドアウトでお願いします。その合間に、rubyのシステムからはダウンになりますが』
おパンツ。大真面目に説明を受けている飛鳥が可笑しい。
「というわけで、飛鳥はこっちな」
可愛いタータンチェックの旅行鞄を押し付けると、飛鳥は「うん」と受け取った。
「部屋は、どこですか」
「ここです。今からカラーチェンジ致します。軍部よりの依頼は「スイートルーム」ですが、接触すると、警報音がなります。軍部のDROPで、オスメスの接近は禁じられています。どうしてもという時は、上官の承認が必要です」
「上官?」
「ツヅゴウ・hope・ランドル司令官か伯井ハヤト大尉ですね」
……冗談じゃない。いちいち「飛鳥に近づきたいです」ってハンコ貰いに行くのか?
これでは、抱きとめることも出来ない。そして、部屋は同じ。
(何か、企んでるな)
と、目の前で飛鳥が様変わりした。「この服、似合う?」とくるりと回って見せた。モノトーンストライプのブレザーに、赤いリボン、それにベルベット。ベロアのスカート。ソックスのローファー姿。
「飛鳥、それ、冬服」
「あ、そっか」
……浮かれているのか、winterとsummerを間違えたらしい。「これかな」と今度はパーカーに水着になった。
「なんで水着なんだ」
「海があります。phantom・hope・ランドル学園は、軍部のsummerスクールです。制服はおススメ100種類からお選びください。サンプルは……」
ゲームのスキンのようなものかと、蒼桐は一時間ほどの飛鳥のファッションショーを楽しみつつ、部屋を周ってみた。先ほどのツヅゴウ・hope・ランドルの執務室はあっという間に客室7室に代わり、二人の好みを分析したという部屋と寝室は、恐ろしいほど、お互いにフィットしていた。
「あの、風呂は」
「電磁波除去と、エアスクリーンのデジタル風呂がありますが、……レトロですと」
番台と銭湯ののれんが現れた。ついでに部屋が和風民宿になった。
「……へえ、ムービーで観た。シラキとか、シラカバとか」
「古代のrubyの超レトロな風呂データです。私は、隣の部屋に常駐しますので、何かありましたらお呼びください」
てきぱきと民宿に変えたAIはささっと姿を消し、民宿風味の部屋と、飛鳥の好きそうなロマネスク調の混じった部屋が出来上がった。
「……すごいな、phantomの技術は」
「rubyでは、見かけないよね。……壁が木とか。絶対有り得ないから」
しかし、大昔のrubyはそうではなかった。
何かが、rubyを書き換えた? ……伯井ハヤトの声が聞こえるようだ。『「phantomとrubyの関係は何なんですか。どうして、rubyで消えたものばかりがphantomにあるんですか。これではまるで」』
(あの時は言えなかった……銀杏や和風の建物……樹々の生い茂る町。メタルのない、世界……)
明らかにおかしい。
rubyを離れると、rubyの世界がいかに閉鎖的か分かる。伯井の言葉は重かった。ヒューマンに関しては口にするな、生きていたいだろう。
rubyの暴走の懸念とも言っていた。あの大きなセントラルホワイト・サンが倒れたら、rubyに生きる生体は絶滅するかも知れない。
AIに導かれて生きるヒューマノイドは、一斉に思考を止めるだろう。
飛鳥の視線に気がついた。飛鳥は、その会話を理解していない。心を読まれるわけには行かない。不安にはさせたくない。
論文にでもぶつけよう。
「何か、分かるといいな」
飛鳥を怖がらせないように明るく言ってみたが、飛鳥はぼーっとして鞄の中から取り出したものを見詰めていた。
学校で使うAIPad。認証者の名前の上に、プロトコル管理者の名が連ねてある。
「ツヅゴウ・hope・ランドル……」
飛鳥は呟きながら、何度もその名前の部分を指先で、擦り続けた。
(その時は、飛鳥の異変には気づかなかった。rubyシステムが生きていれば、気がついたかも知れない。心なしか、サマースクールへの期待があったのかも知れない……)
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