第16話 ハンドラーの領域
タタン、タタン。タタン。
言葉にするとこんな音だろうか、豊かな田園の中をゆっくりと列車が走っている。とはいえ、実際に走ってはいない。反重力推進エンジンで、車両は地下の土地を傷つけず、二ミリほど浮いて走る。もちろん、煙も出してはいないが、この列車は「SL」という古代モデルのものらしい。
蒼桐は夕暮れ迫る町を車窓から見ていた。肩に長旅で疲れたAIハーフ、飛鳥葉菜の頭を乗せて。
「……音まで真似ているのか」
かつて思い出す「オリジナル」の父親に見せて貰った蒸気機関車が瞼に浮かんだ。
蒼桐は静かに目を閉じると、いつものように「違和感」を感じ始める。
色々な違和感が脳裏を走って行く。論文が浮かばない時の父親が、こうして目を閉じていたから真似ただけだが「直感」が言葉になって脳裏に浮かぶ。
すーやー……途中で飛鳥の寝息に気がついて、蒼桐は鼻の頭を指で擦った。
「おい、ずり落ちて来たぞ」
告げても飛鳥はぐっすりと睡眠の世界に入り込んでしまったようで、蒼桐は力を入れずに飛鳥を掴んだ。AIハーフも、ヒューマンも、ヒューマノイドも「睡眠」はシステム修復を主とするので、起こすわけには行かない。
しかし、ヒューマンの「昼寝」は違う。ぽかぽか陽気の公園はrubyでは「キャンパス」にしかない。
あとはメタリックの街並みが続くだけだ。
「……君たちは、恋人か」
そーっと、そーっと……と飛鳥を膝に倒したところで、珈琲を片手に伯井が現れた。
「俺たちだけなんて、贅沢な気がするんですが……貸し切りですか、これ」
「はぐらかすか、そんなことはいい。霊力で返してくれればな」
「俺にそんな力はないです。機密なら、全部吹っ飛びましたよ。兄の手紙は読んでいません」
「AIハーフちゃんから預かった。今」
伯井は驚く蒼桐の前で、手紙らしきフォルムを空中に浮かべて見せた。
「睡眠の霊領域技術。特殊空間をレム睡眠波動で繋ぎ、主にハイアラーキーと呼ばれる高次元たちと交流する技術。phantom独自だが、rubyにも似たようなものはある。ヒューマノイド特有の潮来(いたこ)という意識を降ろすやり方があったらしい」
「夢の中に入れるんですか?」
「操作することもな。死のシステムさえ手にすればハンドラーになれる」
「ハンドラー?」
「全領域の支配者だ。その基幹システムをロビイストと呼ぶ」
珈琲が温かい。手を温めると、内臓のセンサーが「ピ」と鳴いた。伯井がそれに気がついた。手を持ち上げろと言われて、蒼桐は手のひらを見せた。
「……なるほど……ヒューマン偽装か。rubyが見抜けないとは思わないけどな」
呟くと、ミリタリージャケットを脱いで、飛鳥に掛けてくれた。
「ありがとう。……ところで、さっき俺の何を試したんですか。あと、この蒸気機関車SLはrubyの古代資料でみた覚えがある。AI戦争のあたりで」
伯井はそれには答えず、「phantomの秋は早い」と窓を指した。権現の大銀杏とARの文字が走る。黄金に照らされた黄金の葉が空に枝葉を広げていた。銀杏だ。rubyは植物があまりにも少なかった。その銀杏がSLの線路をぐるりと取り囲んで揺れている。
黄金のタッグに目を細めなければならないくらいに。
「……散ってる……」
「ホログラムだがな。ここは、rubyの前身の技術を引き継いだ領域でね。きみたちにはここがいいだろうと思って割り当てた。全ての四季が楽しめる。そのうち民間人にも開放されるだろうけど。まだ軍部管理中だ」
rubyの古代技術や、特色が残っている。まるで「移植」されたようにも見える。
「伯井さん」
「ん?」
蒼桐は寝返りを打った飛鳥の鼓動を感じながら、顔を上げた。
「phantomとrubyの関係は何なんですか。どうして、rubyで消えたものばかりがphantomにあるんですか。これではまるで」
――侵略……の言葉を飲み込んだ。全てを知りたいと言ったのだ。ここで、迂闊なことは言えないだろう。蒼桐にはそういった「深慮」だけは備わっている。自分でも思うが、我慢強い方だ。
「サイレント・マジョリティか……ヒューマンの特技だな」
じゅ、とたばこの煙を空中に消しながら、伯井は呟いた。
「rubyシステムはもう老朽化しているからな。いつ、暴走するとも限らない」
ぞくりと嫌な予感がした。
「暴走したら……どうなるんですか?」
記憶の蓋が開く。
――サバイバル×EARTH…… どちらが勝つか、見届けよう。
生まれて死ぬために生きるのか
死んで生まれるために死ぬのか。
果たして、どちらが正しいのか。
(この記憶は、なんなんだ)
魂の奥底に、眠る二人のやりとりは突如として浮かぶ。
「ヒューマノイドを全員瞬時に死なせたり、街を違うマトリクスにしたり。宇宙まで干渉して、地下世界を壊そうとしたり。主にrubyは歴史あるものを全て壊す。洪水を起こしたのもrubyだ」
伯井は静かに言うと、顔を上げた。
「だから、きみたちをこっちに連れて来た。次元の狭間で会っただろう?」
会話の途中で、背中にぞっとするような視線を感じて、蒼桐は振り返った。
空間の隙間にふたりの人影が見えた夜だ。その人物たちは消去されかけた空間にたたずんで、まっすぐに蒼桐と飛鳥を見ていたのだ。
「あれ、貴方か」
「任務でね。rubyの怒りが激し過ぎて、監査せざるを得なくなって、その原因を突き止めたら君たちが見えただけだ。だから、言っただろう、phantomよりrubyは数千年遅れていると」
窓から懐かしいようなオレンジの陽光が射しこんで来る。タタン、タタン……小刻みのリズムがただ響き渡った――。
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