第14話 ホログラム都市とruby
ハヤトが不意に電話を始める。発音はかなりネイティブだが、今の時代に会話インプリンティング技術を疑うこともないだろう。
「すごい会話」
「おまえ、聞き取れるの?」
「多少は」飛鳥が反応を返し、伯井ハヤトは頷いた。
「高性能通訳アプリを持っているね。相手は僕の上官にあたる。ツヅゴウ・*******」
名前は聞き取れなかった。phantom独自のネイティブ発音だ、無理もない。場合によっては魂の名前だったりもするので、この世界ではネームにあまり意味はないのだが。
「上官ということは、偉いんですね」飛鳥のほんわかした真っ当な質問は、伯井をも和ませるらしい。伯井は目を細めてまた頷いた。
「そうだな、政治機関の中でも、phantomは高い地位にある。軍との融合だ。rubyとは百世紀ほどの遅れがあるんだ。それなのに、進化を拒んでいる」
――rubyは……。
(そういえば、管理されているシステムとしか認識が無かった。しかし、伯井はまるで生きている存在のように告げた……)
考えたこともなかった。主幹システムrubyは生きている何か?
「rubyとは、何なんですか」
「蒼、その質問は変よ。我々を管理しているAIシステムだって幼等でも習ったでしょ。我々の生活の」
「それは分かっているけど、この人、さっき「眠らせた」とか言うんでね。それに、さっき声がしたじゃないか。「子供たち、戻りなさい」って。その後EMPがやって来た。きみは判らないだろうけど、それって、子を守る母親みたいじゃないか」
「わからないよ。家族はいっぱいいるけど」
飛鳥には生みの家族がいない。AIハーフの団体と暮らしているから、ある意味家族かも知れない。しかし、おそらく「家族」の温かさは知らない。
「もう少しで飲み込まれるところだったからな。rubyの霊力は強い」
話の途中で、飛鳥が「あ」と窓から離れた。白銀の海が見えていた風景は、トンネルに入ったように、シャットダウンの灰色に変わっている。
「超空間に入ったんだ。しばらくはこの景色が続く。phantomのポートまでは20分。見せてもいいが……」
伯井は言葉を留めると、一瞬だけ景色のフィルターに触れた。精密なシステムらしい。触れたところから小さなパネルが顔を覗かせる。伯井はパスワードを打ち込むと、「二分だけだ」と外を示した。言葉が出なくなった。そこには、蒼い空と、赤い大きな塔、白い塔、蒼い塔だけが聳える田園が広がっていた。
「かつてのrubyだ。畑や米が彼らの主食だった。君らは地上最後の種族とされているが、有機生体は抹消された」
「綺麗」
「あの塔は.,,随分と高い」
「バベルの塔。とはいえ、何年前の脳の記憶を組み込んでいるのかは分からないが、これは確かにrubyの記憶だよ。今、俺の上官が君たちの身柄をこっちに寄越すように書き換えたが、シャットダウンだ。よほど手放したくないらしい」
見ている飛鳥の瞳に、懐かしさと、なんともいえない光が宿り始めた。何度も言うが、通常AIハーフの瞳に「生気」はない。
まるで、小さい頃に実験を繰り返していた父のようではないか。父は元ヒューマンからヒューマニストへゆっくりと変わっていく遅効性進化を選んだ。
――生きている、目。心地いい光の感覚だ。
「あ、終わっちゃった……」
サービスのつもりのruby劇場は幕を下ろし、また元の灰色の超次元空間に戻ってしまった。
「ここから先は、少女にはちょっとお見せ出来ない。AIとヒューマンの戦争爆心地を通るから。ここは、かつての地上をそのまま転移させられた、と聞いているよな」
「あ、はい。『転海伝承』ですね」
「つまり、海だった部分は元は陸地、陸だった部分が海だ。とくにrubyはその遺産の損傷が激しい」
「遺産……」
列島型の海を思い出した。面白いほどに列島のカタチをしていた。対する今、自分たちがいる大地はかなり大きく、五大陸の中でも三番目を有する領土だ。
「かなり、小さかった気がしますが」
「そこに、いや、地上最大だ。地図で誤魔化されていたらしいがね。何万年前かは知らないが大災害大異変があったらしい。ポールシフトだ」
「そんなの教育にはなかったが」
「その海を先に陸に変えて地下に転送させたのが、rubyの前身だ。海を先に地下に転送させる……どれほどの磁力と呪力を伴うか想像つくまいよ」
「残った陸はどうなったんですか」
伯井は飛鳥に聞こえないように声を潜めたが、飛鳥は耳が良いから聞いているに違いない。さきほどから、伯井は飛鳥も気遣っている。
「あの、この子AIとヒューマノイドのハーフなんで、感情コントロールできますよ?」
何となく彼女をそこまで気遣われると、役目を取られた気がしてきて蒼桐ははっきりと告げた。
「何かあっても、俺が護りますから」
……言ってみただけだ。何となく、飛鳥の孤独は手に取るように分かる。そしてまだ奥底にある『飛鳥は本当はヒューマンなのでは?』という想いもまだぬぐえない。
伯井は無言だった。
「あの、何か言って欲しいんですが」
思慮を重ねる仕草のあと、「なるほどな」と頷いて顔を上げた。
「rubyが戻れ、と言った意味が分かったよ。きみたちは機密を知るに相応しい。何しろウチの上官が間違うはずがないんでね。超高度PCを操る男だ。全てはそいつから聞くと良いだろう。rubyには「夏休み預かります」と伝言が送られて、rubyはしぶしぶ了承したところだ」
窓際が急に明るくなった。
『伯井大尉、phantom到着エーテルポイントまであと五分です。まもなくセントラルブリッジを通過!』
「わあああ!」また子供のように景色を観る飛鳥に倣って窓を覗くと、其処にはrubyではない土地の風景が広がっていた。まず、海が蒼い。そして大きな時計塔に、偉大なる男と女の像が立っている。そこに空を突き抜けるような大きな橋が架かり、たくさんのタワーで埋め尽くされた区画を通り抜けていく。
蒼い空だけは同じだが、rubyの海は真珠色をしていた。空も海も蒼いなんて、伝承の地上そのものじゃないか?
rubyでは、地上は汚染されていて上がれるものではない、というのが定説だ。地上に出向いた監査は誰一人帰らなかった、などというニュースもある。
「phantom中央都市だ。ここで、五大陸のほぼ半分のシステム開発や、セキュリティを賄っている。きみたちが当たり前に使う技術の遥か先。rubyは進化を拒むんだ。我々は地上を復元する計画に取り掛かっている」
伯井は窓を背にして立ち、こつんと窓を裏拳の状態で叩いて見せた。ミリタリージャケットがふわりと動く。
「しかし、これは全部ホログラム実験だと言ったら、君は信じるか?」
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