第5話 文と武

「ヴィ、ヴィヴィ、ヴィル様!? あああ、とんだご無礼を! 申し訳ございませんでした!!」


 酒場のマスターがカウンターから飛び出して床に勢いよく頭をこすりつける。

 見渡すと他の客たちも酒を置き跪いていた。


 これがヴィル・ファンダイクの評価。

 領民たちからも使用人からも恐れられ、信頼というものはなく畏怖によって支配する。

 典型的な独裁者がそこにいた。


「頭を上げてくれ。処刑するつもりはない」

「で、ですがっ! そういうわけには!」


 土下座しながら答えるマスターの頬を玉のような汗が伝う。


「頭を上げろ。命令だ」


 命令という言葉を聞いてようやくマスターの視線が俺の顔に合った。

 先ほどまでの豪快な笑顔はとうに消え去り、子犬のような怯えた笑顔が顔に張り付いていた。


「本音が聞けて良かったよ。それだけでもここに来た意義がある」

「どうか、どうか命だけは……何でもしますからなにとぞ……!」


 植え付けられた恐怖は、耳をも塞いでしまうらしい。


「答えてくれ。税率が6割まで下がれば豊かに暮らせるか?」


 マスターはぽかんと口を開けたままこちらを見ていた。

 沈黙が舞い降り、皆の注目を集めている。


「もう一度問う。正直に答えてくれ。6割まで下がれば生活は潤うか?」

「は、はい……今よりはずっとましになるはずです……なあ皆?」


 マスターの問いかけに、後ろで跪いていた農民たちが一斉に首を縦に振る。


 もうここで宣言してしまうか。

 正当な理由は出来た。


「わかった。税率を6割まで下げよう」

「い、いいのですか?」


 農民たちの視線が一気に俺に集まった。


「二言はない。税率は6割にする」


 そもそもこれまでの税率が高すぎたのだ。

 横領なんてするから領民が困窮し不満が出てくる。

 それに税率が6割になったとしてもファンダイク家に貯蓄できる量は徴収できる。


 マスターは涙を流してまた頭を床に打ち付けた。


「あああああ、ありがとうございます!! ヴィル様ああああ!!! おい! 村長に伝えてこい!! いますぐ!!」


 村人の一人が赤ら顔のまま飛び出していった。


「だが、6割はきっちり納めてくれよ。頼んだぞ」

「ええ、ええ!! きっちり納めさせていただきます!!! この御恩は忘れません!!」


 これで良し。

 もともと多く取りすぎだった税を返しただけ。これでやっと正常化したのだ。

 もう横領はさせない。


 この村のタスクはなくなった。

 レイアの酔いが醒めたら帰ろうか。


 上着の裾を引っ張られる。


「あの……本当にすみませんでした……」


 振り返るとレイアが深々と頭を下げていた。その耳が赤くなっているのは酒以外の理由があるみたいだ。


「もう醒めたのか? 早くない?」

「解呪をかけてもらいましたので……一緒に記憶もなくなってればよかったんですけどね……」


 レイアが虚しく笑う。

 てか解呪で酔いが覚めるんだな。まああそこまで酔い潰れるなら酒も呪いか。


「次から気をつけろよ。弱いんだろ」

「はい……あの、罰は?」

「罰? いいよ。最初くらい多めに見てやるから」


 レイアを引き連れて酒場を出ると、村人が老人を背負って走ってきた。

 老人は俺の目の前で降ろされると平伏する。


「ヴィル様ぁぁぁ!! 村長でございますぅぅぅ!!」

「礼はいい。これも政治だからな」

「そうではなく!! お助けいただきたいのです! も、もうすぐそこにトロールが!!」


 震えながら「お助けを……!」とつぶやいている。


 トロールは人型の一つ目の巨人だ。動きが遅いかわりに1撃の威力が高い典型的なパワー型の魔物だ。

 ブレヴァンだとそこかしこにいたなあ。道すがら邪魔だというだけで殺されていく不遇な奴だった。


「自警団は? トロール討伐なら慣れているんじゃないか?」

「そんな! トロールなど20年ぶりでございます! 我々ではとても……!」

「よし。レイア、いくぞ」

「ヴィル様!?」


 曲がりなりにも俺もブレヴァンの中ではボスだ。

 7年前でもトロールとやりあえるくらいの実力はあるだろうよ。


「見過ごすわけにもいかないだろ」


 トロールが出現した場所へ馬車で向かう。


「ステータスオープン」


 そう唱えると目の前にゲームのステータス画面が出現した。

 ここの仕様はブレヴァンそのままなんだな。


 ヴィル・ファンダイク

 レベル20


 20レべか……確かファンダイク領の魔物の平均レベルが18とかだから、戦えないことはない。

 ちなみに勇者と対戦するときの俺のレベルは48。あと7年でこのレベルは越えなければ殺される。


 などと考えていると馬車が止まった。


「ありがとう。レイア、いくぞ」

「承知いたしました」


 レイアも短刀を持ち、戦闘態勢に入っている。


 トロールの身長は平屋の一軒家くらい。大体6メートルくらいか。

 居住地から少し離れた農地でカカシを棍棒でなぎ倒していた。


 人間だと勘違いしてるのだろう。


「なるべく接近して戦ってくれ。隙を見て打ち抜くから」

「了解です」


 そう言い残すとレイアはトロールに向かって駆けていった。

 そもそもレイアが得意な戦法はナイフによる超接近戦。対して俺は魔法がメインの遠距離型だ。

 とすればこの戦略に行きつくのは必然だろう。


 レイアの接近に気づいたトロールは地面を抉るように棍棒を振る。

 しかし、彼女はそこにはいない。

 トロールの真下に入り込んでいた。


「──!!!」


 足首を切られトロールが怒りの雄叫びを上げる。

 血は流れ出ているものの当然致命傷には至らない。


 振り回される棍棒の間を縫うようにレイアはトロールの身体を駆けあがる。


「ハァッ!!」


 裂帛の気合と共にナイフがトロールの目に突き刺さった。


「今です!!」

「『サンダーボルト』!」


 レイアがナイフから手を離した直後、腹の底を震わす轟音と共にトロールに雷光が降り注ぐ。

 致死量の電流を頭からくらったトロールは白目をむいたまま崩れていった。


「お見事ですヴィル様」

「ああ。レイアもよくやってくれた」


 戻ってきたレイアの頭をなでると、よくなついた猫のように頭を摺り寄せてくる。


「ヴィル様ぁぁぁあ!! なんとお礼申し上げたらいいか……!! ありがとうございます!! 一生、村人全員、あなた様に尽くしていく所存でございますぅぅぅう!!!」


 またもや頭蓋骨が割れそうなほど頭を地面に打ち付け始めた村長をなだめ、俺はトロールを振り返った。


 うつぶせに倒れ、徐々に魔力の塵となって消えていくトロール。

 この世界では魔物は命を失うと魔力の塵となって消えていく。

 何も不思議なことはない。


 ただ、トロールのうなじに彫られていた六芒星が妙に頭に引っかかっていた。


 ─────────────────────────────────────

【あとがき】


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