一緒に死のう

かわしマン

第1話 月曜日

「一本欅公園の滑り台の一番てっぺんで『一緒に死のう』って声に出して言うと、ヒロミチ君って男の子が欅の木の太い枝にぶら下がった状態で現れて、あの世に一緒に連れていってくれるんだって」


 

 二年三組の教室。

 一限目と二限目の間の休み時間。

 昨日テレビで見た心霊番組の話しをしているうちに、怖い話しを言い合おうってことになった。それで私の前の席に座るマナミが最初に出してきたのが、この一本欅公園の話だった。


 ヒロミチ君って誰なの?という私の疑問に対して、自分の首を両手で締め上げる真似をしながら、

「何十年も前にいじめを苦にして自殺した男の子らしいよ。欅の木の枝にロープをかけて首を吊ったんだって。それで、見つかった時には首がびよーんって伸びきってて、ろくろっ首みたいになってたんだって」

 マナミはおどろおどろしい声と表情を作り込んでそう言った。

 私は妖怪アニメに出てくる、ろくろっ首の姿を思い出した。確か着物姿のかわいらしい女の子だったはずだ。

 私はなんだかおかしくなって大声で笑ってしまった。

 いくらなんでも首がそんな風に伸びることはないだろう。


「誰から聞いたのそんな話し」

「バド部の三年のリツコ先輩から」

「じゃあリツコ先輩は誰から聞いたの?」

「リツコ先輩はリツコ先輩の先輩から聞いたらしいよ」

「じゃあリツコ先輩の先輩は誰から聞いたの?」

「リツコ先輩の先輩の先輩でしょ!なにこれやめて!永遠に終わらん!」


 怖い話しをしていたはずなのに、気づいたら二人とも大笑いしていた。

 

 一本欅公園の話しは、マナミが所属しているバドミントン部に代々伝わる、狭い内輪の中での都市伝説みたいなものなのかもしれない。私は初めて聞いた。


 それにしても、こうやって馬鹿みたいにどうでもいい話しで笑ったりして、マナミと過ごす時間は本当に楽しい。


 一本欅公園は私たちの中学校から自転車で五分くらい行ったところにある公園だ。住宅街の中に突然現れる。

 広さは校庭よりも一回り小さいくらいだ。砂場にブランコ、シーソー、鉄棒、そして滑り台。一通りの遊具は揃っている。

 ベンチもあって休憩できる。近所の人が体操しに来たり、小さい子どもを遊ばせたりする、どこにでもあるような、何の変哲もない公園だ。

 公園の真ん中に、一本の大きな欅の木がある。だから一本欅公園。

 公園は私の通学路の途中にある、毎日横を通って学校まで通っている。


「でもさ、実際に滑り台のてっぺんで一緒に死のうって言ったことある人いるのかな?」

 私は数学の教科書を取り出しながらマナミに聞いた。

「まぁまぁこういうのはさ、そこまで深く追及しなくてもいいんじゃない?」

「……だよね」


 そんな事を話しているとチャイムがなった。マナミは立ち上がって自分の席に戻った。

 先生が教室に入ってきて授業が始まった。

 一本欅公園の話しは、私の頭の中で存在が徐々に薄くなっていって、数分後にはすっかり忘れているものだろう、そう思っていた。でも──。


 私の頭の中に一本欅公園の話しはいつまでも居座った。授業が進んでいっても、時間がいくら進んでも、ぼんやりと公園の真ん中に立つ欅の姿と滑り台を頭の中で思い描いては消せなくなっていた。なぜだか気になって気になって仕方なかった。

 

 最終的には、一本欅公園の話しをユズハにも教えてあげなくちゃと思っていた。



 放課後私はひとりで、高い高い防風林に三百六十度取り囲まれた、お祖父ちゃんが住んでいる古いお屋敷に足を運んだ。

 私は両親と共にお祖父ちゃんのお屋敷から少し離れたマンションに暮らしている。お祖父ちゃんとは同居していない。お祖父ちゃんがそれを望んでいるらしい。

 学校がある日も休みの日も毎日必ず、私はお祖父ちゃんのお屋敷に足を運んでいる。

 高い防風林のおかげで、外から敷地の中を覗き込むことは出来ない。


 そのお屋敷には裏庭があって、そこの隅に白い大型の物置がぽつんと置かれている。

 鞄から小さな鍵を取り出す。開錠して物置の扉を開ける。埃の匂いと、カビの匂いと、糞尿の匂いが一緒くたに漂ってくる。


 薄暗い物置の中にユズハはいる。逃げないように首輪をはめられて、鎖で棚の支柱に繋がれている。手錠をされて両手に自由はない。さらに両足首はロープでひとつに縛られているからどこにも逃げられない。

 私はお祖父ちゃんからユズハのお世話を任されていた。


 裸でくの字になって横たわっていたユズハは、扉が開くと涎を垂らしながら、肘を上手く使って床を這いずりながら私の方へと向かってきた。

 コンビニで買ったジャムとマーガリンが挟まったコッペパンを私は手に持ってユズハに差し出す。ユズハは精一杯首を伸ばしてそれにかぶりついた。


 ユズハはあまりに酷い恐怖体験をしたせいなのか何も喋れない。唸り声をただ上げるので精一杯だった。

 それでも一言だけ喋る事ができる言葉があった。私の顔を見ると、毎日その言葉を言う。


「ワ、タ、シ、ヲ、コロシテ……」


 ユズハ、今日から練習だよ。もう一言だけ喋られるようになろうね。

 私は口を大きく開けながら、一文字一文字丁寧に、ゆっくりとユズハに向かって言葉を教えた。


「いっ、しょ、に、し、の、う」




 



 


 


 

 






 



 


 

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