第33話 乙女の手

 ラースは治療室へと戻ると、早速処置を開始する。


「ミミちゃんの体力は限界に近いです。慎重に行きましょう」

「分かりました」


 看護師のアリアと万全の体制を整える。


 飼い主さんたちの様々な葛藤の中で下した、苦渋の決断。

絶対にまた、家に帰してあげたい。

その想いで治療に当たる。


「ミミちゃん、頑張るよー! 絶対お家帰ろうね」

「頑張ってね」


《医療魔法・調剤》


 ラースは医療魔法で鎮静剤を生成する。

生成した鎮静剤をミミに注射する。


 やがて、鎮静剤が効果を現した。


 鎮静剤が効いたタイミングで、古くなった包帯を慎重に外す。


「ひどいですね。これはだいぶ悪化してます」

「そうですね。相当痛いでしょうね」


 患部を消毒して、再び新しい包帯を巻き直した。


 これで、治療は終了である。

後は、目を覚ましてくれるのを願うばかりである。


「そろそろ、起きるはずなんですけどね」


 時間的には、そろそろ鎮静剤の効果が切れて目を覚ますはずである。


「ミミ、頑張ってー」

「頑張ろうねー」


 ラースたちはミミに声をかけ続ける。


 その時、ミミはゆっくりと目を開いた。


「頑張ったねー!!」


 これで、一安心である。

そのまま、治療を終えたミミを飼い主さんたちに引き渡す。


「ミミちゃん頑張りましたよー」

「よかった。ラース先生、本当にありがとうございます」


 そう言ってご夫婦は頭を下げる。


「いえ、とんでもないです。よかったです」

「お大事になさってください」


 ご夫婦はミミを大切に抱えて、帰って行った。

いつか来る、ミミとの別れの時まであの二人なら寄り添ってくれるだろう。


「なんとか助けられましたね」


 今日はミミちゃんで最後の患者さんだろう。


「そうですね。でも、ラース先生はあの絶望的な状態でも、安楽死の提案はしないんですね」

「他の先生はわかりませんけど、私はできるなら安楽死は提案したくないんです。昔、祖父が言っていたんです。医者なら、鷹の目、乙女の手、獅子の心を持てって」

「そういう意味ですか?」

「どこかの国に古くから伝わるものらしいです」


 患者の容態や検査結果から病巣を正確に見抜く鷹の目。

大胆果敢かつ細心を払い病巣に挑む獅子の心。

そして、優しさや緻密さを表す乙女の手。


『ラース、お前には鷹の目と獅子の心は十分すぎるくらいに備わっている。だが、お前にはまだ乙女の手が足りないな』


 当時のラースは患者に優しくしてるつもりだった。

しかし、患者に寄り添えてはいなかったのだ。


 優しくすることと、寄り添うことは違う。

だから、今のラースは患者に寄り添う医療を目指している。


 それが、祖父の教えでもあるから。


「さすがはベルベット先生ですね。当時の院長の弱点を見つけていたなんて」

「本当に、お祖父様の後を継ぐのは責任が重いですね。じゃあ、帰りましょうか」


 今日はもう閉院の時間となった。

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