第五話、厄介なチート神様がやる気なさ過ぎて憑かれるんですが?




 番が四人に増えてから二週間あまりが経過していた。

「引越したい……」

 ワンルームの室内に百八十センチ以上の人物が四人もいると暑苦しくて敵わない。

 朝陽は本気で引越しを考えていた。

 広々と使える一軒家とかがいい。

 何なら事故物件とかでも良かった。

 地縛霊は自身で祓ってしまえばいい話なので、値段も手頃になりお得だ。

 スマホで試しに検索してみたがそんな条件の良い物件は無かった。

 ボンヤリとテレビに視線を移す。

 昨夜、神社の一つが土砂崩れで半壊したらしい。

 それを知らせるニュースだった。

 外した事のない嫌な予感がする。

 そんな事を思いながら、朝陽がテレビを眺めていた時にスマホが鳴った。

 言わずもがな博嗣だ。

「はい、もしも……『遅い。儂を待たせるな。さっさと出ろ』……」

 声が聞こえた瞬間耳鳴りに襲われる。

 しかも博嗣の声とダブって知らない男の声がした。

 朝陽は何も答えずに一度通話を切った。直後またスマホが鳴り響く。

『この儂を無下に扱うとは良い度胸をしておるな』

 出るとやはり別人だった。

 目頭を揉む。

 ——憑依されたか。

 博嗣も上の中あたりであれば物怪や悪霊を祓える。

 例え憑かれたとしても勤めている神社や自宅に戻ればそこには朝陽の張った結界がある為、霊は自動的に強制浄霊される仕組みにしていた。

 それが機能していない。

「アンタ誰だ? うちのじいさんは無事なんだろうな?」

『儂にそんな口を聞く輩なぞお前くらいだぞ。桜木朝陽』

 ——名前を知られている?

 博嗣はただ巻き込まれただけの可能性が出てきて、朝陽は動揺した。

「じいさんから出ていけ!」

『お前が此処に来るならな』

「本当に無事なんだろうな? じいさんを出せ」

『シシ、兄に指図するか。無事かどうかは直接来て確かめればいいだろう?』

 ——兄?

 通話が途切れてしまい舌打ちする。

 ——兄と言う事は先祖絡みか?

 朝陽は一人っ子だ。すぐにスマホで検索をかけた。

 てっきり直接的な繋がりがある祖先側の家系かと思ったが違う。

 兄弟はいない。

 次に出てきたのは夫であるニニギノミコトという神だった。

 一人だけ兄弟がいる。兄だ。

 名前は、ニギハヤヒノミコト。

 ——コイツか?

 重要な役割を担っていたにもかかわらずに参考文献が殆どない謎多き神だ。

 またウェブページでも、日本最古の神だとか史上最大の祟り神など諸説ある。天神とも書かれていたくらいだ。

 調べた情報は朝陽の不安ばかりを煽っていく。

「俺、ちょっとじいさんとこ行ってくる」

「朝陽ダメだ!」

 オロ以外の全員に首を振られてしまい、面食らった。

「やめておいた方がいい。其奴は匹敵するものがいないくらいには格が違う」

 いつもは物静かに静観している晴明が声を上げる。

「関わるな」

 将門にまで言われた。

 だが、そんなわけにはいかなかった。

「じいさんは、俺のたった一人の肉親なんだよ。行かないと……。悪い、心配してくれてありがとな。お前らは待っていてくれ」

 四人に微笑みかけ、朝陽は自分の荷物を纏めた。





 実家に向かうのにこんなに緊張したのは初めてだった。

 朝陽が張っていた結界は無に帰している。

 それだけでも脅威に値した。

 鍵を開けて入り、朝陽は後ろ手にスライド式の扉を閉めた。

 奥から博嗣の姿をしたナニカが顔を見せる。

「言われた通りに来たぞ。じいさんを解放しろ」

 初めっから神と崇められている人物に会うのは初めてだ。

 また結界の事もあり、朝陽の表情は強張っていた。

「せっかく来たんだ、寛げ」

「世間話しに来たわけじゃねえんだよ。それに此処はアンタん家じゃねえ。じいさん家だ」

 目の前にいる博嗣の体に入っているナニカに語りかけ、返答を待ちながら正面から睨みつける。

「そういう気の強い所なんかはコノハナノサクヤヒメにそっくりだな」

 伸びてきた手をかわして朝陽は身構えた。

 結界を張るつもりだった手印は即座に崩される。

 後ろに飛び退こうとした体も、反対側の手で捕えられて動けなくされた。

「シシシッ、儂が怖いか?」

「得体が知れないから当たり前だろ!」

 何をされるのか頭をフル稼働させていたが、意に反して頭を撫で回される。

いな、朝陽」

「は……?」

 何をされているのか理解するまでに時間を要した。

 ——何で俺はコイツに頭を撫で回されているんだ?

 朝陽は宇宙猫のようになった。

「安心しろ。儂はお前を害する気はなくなった。早く中に入って座れ」

 大人しく座卓を前にして座る。

 男はまるで服を脱ぐように博嗣の体から出ると、今度は霊体のまま朝陽を膝枕にした。

 朝陽の隣には、無造作に置き去りにされた博嗣がいる。

 手を伸ばして博嗣の脈拍を測って安堵の息を吐く。無事だった。

「ニギハヤヒノミコト、で間違いないよな?」

 未だに頭が追いつかない。

 電話を受けた時点では剣呑な雰囲気になると想像していたし、朝陽も嫌な予感しかしていなかった。

 それにこの通り結界だって壊されている。なのに博嗣の体に入っていた男は簡単に博嗣の体を明け渡した。

 ——本当に危害を加える気はない……のか?

 男に視線を落とす。

 かなり体躯がよく、しかも高身長だ。

 二メートルを超えるオロよりも少し高い。

 褐色の肌に、灰色のウェーブがかったウルフカットの髪を後ろに緩く撫で付けている。

 幾束か落ちた前髪の下には、黒と灰色が上下で分かれた色合いの瞳が覗いていた。

 その厳つい男が朝陽の膝の上に頭を乗せている。

「ニギハヤヒでいい。お前の張った結界は中々手強かったぞ朝陽」

 頭の位置を変えた男の手が伸びてきて頬を撫でられる。

 とても大きな手だった。

「そりゃどうも。それを壊して中に入ったアンタもどうかと思うけどな」

「これでも神だからな」

 両手で届く範囲の髪の毛を掻き乱された。

 こうして猫可愛がりされるハメになっている現状が本当に理解出来ない。

「何でじいさんに入ってた?」

「儂の居た社が壊れてな。ちょうどそこに現れたのがお前の残り香を身につけたそのじいさんだった。記憶を読み取った所お前の事が分かって興味が湧いたから体を拝借したまでよ。お前と会えたからもう用はない。番の誘引力というのがここまで強いとはな」

「番っ⁉︎」

 喉を嚥下させ朝陽はニギハヤヒを見つめた。

「そうだ。儂がお前の最後の番だ」

 瞬きさえ出来なかった。

 隣から博嗣の呻き声が聞こえてきて朝陽は視線を向ける。

 目を覚ました博嗣が体を起こしていた。

「一体……何が……」

「起きたのかじいさん。良かった」

「朝陽何故ここにおる……、ひょえ?」

「体を借りていた。すまんな」

 今度は博嗣が宇宙猫になった。

 ——うん。言いたい事は分かるぜ、じいさん。

 宇宙猫が解けたのは良いが、朝陽に膝枕をさせているニギハヤヒを再度見て、博嗣は座ったまま気絶した。

 いくら慣れてきたとは言え、自分の家にふてぶてしい神がいるのだ。動じない訳がなかった。

 目を覚ますのを待つ間、朝陽は足が痺れてきたのを理由にニギハヤヒに場所を移動して貰った。

 博嗣は悪夢に魘されているのか額に脂汗を滲ませている。

 三十分くらいして目を覚ますなり、即行で土下座してみせた。

「ニギハヤヒノミコト様、どうか……どうかお社にお戻りくださいませ」

 博嗣は土下座したまま顔さえ上げなかった。

「あー? 怠いし、断る。他に祀っている者がおろう?」

 ——何だこのやる気の無い神様は。

 心底面倒臭そうにしている雰囲気が朝陽の方にまでビシバシと伝わってくる。

「朝陽がそこの神主をやるなら戻ってやっても良いぞ?」

「いや、俺既に会社員として働いてるし」

「なら面倒だし嫌だ」

 どんな暴君だよ、と心の中で悪態をつく。

「そうだな。護りの代わりにこの玉をやろう。儂の霊力が蓄積されておるから魔除けになるぞ。大切に扱え。儂は朝陽について行く」

 掌から光る玉を出し、無造作に博嗣に投げ渡した。

 ——先ずはお前が大切に扱えよっ!

「これは……?」

十種神宝とくさのかんだからの一つ、生玉いくたまだ」

 博嗣はまた気絶しそうになっている。

 本来は国宝としてきちんとした神社で厳重に保管されていなければならない品物だ。

 こんな風に投げてよこす等あるまじき行為である。

 案の定、幽体離脱するかのように博嗣の霊体が半分体から出かかっているのを見て朝陽は慌てて博嗣に守りの結界を施した。

 博嗣はフラフラとした足取りで立ち上がり「明日には戻る」と言って出て行ってしまった。

「本当に番候補者なのか? その前に一発殴らせろ。お前のせいでこっちは仕事休むハメになってんだよ。俺の皆勤賞返せ」

「美味そうな匂いに釣られて目覚めたからな。直ぐに喰ってしまいたいくらいには香りに誘われているぞ。だが、こんな薄い腹では心配になるな。お前本当に四人と契っておるのか? この薄さじゃ儂のを入れたら腹が破けてしまうぞ」

 ニギハヤヒは朝陽の腰に両手をかける。

 執拗に撫で回され、挙句の果てにはお尻にも手が伸びてきたものだから、朝陽は思わずニギハヤヒの頭に手刀をお見舞いした。

「セクハラやめろ」

「シシシシ。番に対して厳し過ぎやせんか? まあ、そこも良い」

 笑いながら言ったニギハヤヒから視線を逸らす。

「俺は普段からこうだ。嫌なら他の番を見つける事だな」

「なんだ知らんのか? 華守人が生まれ落ちた瞬間から番の候補者は決まっておる。他の者と番う事は出来んぞ」

「そうなのか⁉︎」

 初耳だった。

「だから番が複数いるどころか、こぞって癖の強い神格化クラスばかりを番にするお前の事は興味深くてな。まあ、この家に来て謎が解けたわ」

 ニヤけ顔で朝陽を見つめながらニギハヤヒは口を開いた。

「あそこまで精度の高い結界を張れる人間は朝陽お前だけだ。お前は華守人の中でも極めて異質な存在。言い換えれば、亜種と言った所か。試しに孕ませたくなるな」

「実験なんかで孕みたくはないな……」

「そうか、残念だ。華守人は華守人自身が望まん限り孕む事はないからな。孕みたくなったら儂に言え。あー、その前に番契約を結ぶとしようか」

「だからか……」

 腑に落ちた。

 これまでに四人がかりで散々中出しされているのに孕まない理由がここにあった。

 突然視界が変わり見上げると、朝陽はニギハヤヒに押し倒されていた。

「アンタ、何してる?」

「番契約を結ぶと言ったろうが」

「朝なんだけど……」

「契るのに朝も夜も関係ないわ」

「はいはい、そうですね」

 答えている間に既に服を脱がされかけていて、腹が立った朝陽はニギハヤヒの頭にまた手刀をお見舞いした。

 物理的な攻撃だけだったさっきとは違い、霊力を込めて放った朝陽の手刀は大分効いたらしい。

 ニギハヤヒが頭を押さえながら倒れた。

 ざまあみろと思いながらほくそ笑む。幾分か溜飲が下がった。

「この、おてんば娘がっ」

 両手を一纏めにされ頭上で固定される。

 首筋に噛みつかれ、強制発情させられた。

 暴れようとした所で金縛りで動けなくなる。

 普段なら解ける金縛りもニギハヤヒがかけたとなると桁違いな強度を誇っていた。

 指一本動かせずにいると、そんな朝陽を眼下にニギハヤヒは薄っすら笑みを浮かべる。

「ああ、声くらいは出せるようにしてやろう。そっちの方が唆られるからな」

 指を鳴らすと、朝陽の口が開放された。

「てっめぇ……」

「儂じゃないぞ? おいたが過ぎるお前が悪い」

「はっ、元はと言えばアンタが誤解する様な電話を寄越したのが悪いんだろが。害意のある奴だとばかり……ッ思ってた」

 朝陽の言葉にニギハヤヒが「ふむ」と言って顎に手をやる。

「まあ、それは間違えてないぞ」

「は?」

「番になろうと決めたのは実際お前に会ってからだからな。それまでは切り捨てるか悩んでおった。従順過ぎる輩だったら即切り捨ててたわ。番であろうと関係ない」

「は……っ⁉︎」

 それでも神か、と言い掛けたが史上最大の祟り神と書かれていた文面を思い出して、朝陽はゾクリとした悪寒に見舞われた。

「変わった物を着ておるな」

 ボタンの外し方が分からないのかシャツとズボンのホックをちぎられ、服は全て無造作に畳の上に投げ捨てられた。

「こんな……とこで、ヤル気かよ」

「可愛くおねだりでもしてみるか?」

「誰、が」

「シシシ、だろうな」

 喉を鳴らして笑った後で首筋に口付け、ニギハヤヒは朝陽の反応を見ながら全身に掌を滑らせていく。

 昂った体にはそれすら刺激的で、一々体をビクつかせる朝陽を見ているだけでも楽しそうに、ニギハヤヒは口角を持ち上げた。

 だが直後、何かを思案するように自身の顎に手を当てていた。

「気が変わった。おい、朝陽。許可を出せ」

「何の?」

「お前を孕ませたい」

「嫌だ」

 ここで孕ませられるくらいなら家に帰ってあの四人のどちらかを選ぶ。朝陽は頑なに拒んで、了承することはなかった。

 契約という名の交わりが始まり、体を重ね始めてから何時間経過したのかも分からない。幾度となく内部で欲を受け止めて朝陽は意識を飛ばす。

 ニギハヤヒは掌の上に九つの球体を浮かび上がらせると、それを全て朝陽の胎内に移動させた。朝陽の下っ腹が仄かに橙色に光ったかと思えばすぐに輝きが無くなっていく。

「朝陽……」

 名を呼び、ニギハヤヒが背後から朝陽を抱きしめて頸を撫でる。するとそこにあった紋様は、陰山桜から山桜やまざくらへと変化し、やがて八重山桜やえやまざくらへと変わった。ニギハヤヒはそれを確認してほくそ笑む。

「やはりな。朝陽お前は〝神造人かみつくりびと〟だったか」

 それは未だに存在すら確認されていないΩの事だった。神格クラスの者と契り、その相手に匹敵する力を持つ神そのものを生み出す人間の事を指している。

「まさか本当に実在していたとは……」

 話には聞いた事はあったが、こんなに気の遠くなるくらいに長く神をしていても、ついぞ出会えなかった。

 信じてもいなかったその存在が今ニギハヤヒの目の前に在る。

 独特な笑い声を上げてニギハヤヒが笑う。

 ずっと欲しかった玩具を手に入れた子どものように、胸は躍り期待に満ちた表情をしている。

「お前は本当に愉快な奴だな。気に入った。これからは存分に愛でてやろう」

 寝ている朝陽を離そうともせず、ニギハヤヒは飽きもせずに朝陽の髪をすく。

 暫くしてくしゃみをした朝陽に服を着せようとしたが、着れる状態ではなくなっていた。

 ニギハヤヒは別室に布団を敷くとその上に朝陽を寝かせ、精液が飛び散りまくった畳や互いの身を先に清める為に移動した。

 濡らしてきたタオルで朝陽の体を綺麗に拭い、先程の場所に戻って畳までもを拭う。

 後処理など今まで一度も己自身でやった試しもなかったニギハヤヒは思わず苦笑した。

 朝陽の元に戻ったものの、空間内に違和感を覚えてニギハヤヒが顔をあげる。

 突如視線の先にある空間に切れ目が入り、そこから将門を筆頭にし、先に契約していた四人が出てきた。

「異界を渡ってきたか。中々やりよる」

 これで番が全員大集合する事になった。

 寝ている朝陽に違和感を抱き、将門が口を開く。

「貴様、朝陽に何をした? 朝陽の匂いが変わっている」

 ニギハヤヒが口角を上げて笑みを浮かべる。

「儂は何もしとらんぞ。それにコイツは普通の華守人ではない。亜種も良いとこよ。根底にあったのは神造人だった。儂と交わった事により、今胎内から作り変わっている所だろう。二日は目を覚まさんと思うぞ」

 朝陽の中に十種神宝を埋め込んだ事は言わずに、現状何が起こっているかだけニギハヤヒは伝えた。

「神造人だと?」

「知らんか。華守人よりも稀にしか生まれん。儂でさえ見たのは初めてだ。神造人はその体内で番と同等の神を造り、生み出す人間を指す。ああ、それと。朝陽の五人目の番はこの儂じゃ。見ろ……」

 最後の番がニギハヤヒだと知り、皆驚いていた。

 寝ている朝陽を横向きにして、その頸を晒す。

「何故八重咲きになっている?」

 晴明がそう言って眉根を寄せる。

「八重咲きは神造人の紋様だ。儂との契約の後でその紋様が自ら姿を変えよった。コイツが寝て目を覚さないのは、神造人として変化した事による副作用みたいなもんだ。さっきも説明したろう?」

 おどけて見せたニギハヤヒに一度視線を向けて、キュウと晴明は何かを探る様に眠り続けている朝陽を見ていた。

 朝陽から齎せられる違和感を探る。

 憶測の域を出ない考えが脳裏をよぎるが確証はなかった。

 オロがニギハヤヒの元まで歩いて、正面からジッと見つめる。

 そして迷いもなく、胡座をかいて座っているニギハヤヒの足の上に座り込んだ。

「八岐大蛇か。お前は儂が怖くないのか?」

「うん。実際会ってみて分かった。ニギハヤヒからは懐かしい匂いがするからボクは安心する」

「まあ、お前はそうだろうよ」

 理由は口にせずにニギハヤヒが笑んだ。





 朝陽が目を覚ましたのは二日後の事だった。

 その間会社への連絡なども含めて博嗣が全て終わらせている。

 朝陽の身の回りの事は番たちが自らやりたがるので博嗣は好きにさせていた。

 朝陽の番全員大集合という事態は年寄りの心臓には相当きつかったらしい。

 土気色の顔をした博嗣を見て、朝陽は何だか悪い事をしたような気になってくる。

「なんか……面倒かけて悪かったなじいさん」

「まあ元はと言えばワシのせいでもあるからのう」

 遠い目をした博嗣に苦笑した。

 朝陽は強度と質を変えた結界を張り巡らせて幾重にも重ね掛けする。

「う、ぐッ⁉︎」

 番たちが家の中に居るまま張ったので、朝陽と博嗣以外は全員強制的に家の外へと弾き出された。

「良し。強度共に問題ないな」

「この儂も弾き出すとは恐ろしい奴だな、朝陽」

 ニギハヤヒが感心したように見つめている。

「今度は悪さしてもダメだぞ」

 ふん、と鼻を鳴らした朝陽がニギハヤヒに笑って見せた。

「帰るぞ、朝陽」

 将門が朝陽の手を引く。

「そうだね、帰ろう朝陽」

「おい、お前らはもう充分朝陽と共におっただろう。儂に譲れ」

「貴様はまだ信用出来ん。断る」

「オロ、キュウ、晴明、行くぞ〜」

 ニギハヤヒと将門が朝陽の争奪戦を始めたのを無視し、朝陽は残りの三人を連れて晴明が開いた異界への扉を潜る。

「いいの? あの二人」

 キュウの言葉に、振り返るなり朝陽が言った。

「その内戻ってくるだろ」

「そうだね」

 あっさりと見捨ててキュウも扉を潜る。

「置いて行くな‼︎」

 すぐに追ってきた二人が扉に飛び込む。

 晴明が先に歩きながら何度か異界から異界へ繋げる扉を開けていき、朝陽たちは無事アパートへ戻った。

「ボク思ったんだけど、異界に住んでた方が良いんじゃない?」

 異界空間は確かに広い。

 オロの意見も一理あったが、結局は部屋の中でそれぞれが寛ぎ出した。

 何だかんだで一番ここが落ち着く。

 いつの間にか仲良くなっているニギハヤヒとオロがベッドの上に転がり出した。

 正面からテレビが見える位置には朝陽を背後から抱き込んだ将門がいる。

 その横にキュウと晴明がテーブルを挟んで座りながら茶を飲んでいた。

 ニギハヤヒがいない状態でも狭かった部屋は息苦しくなるくらいに狭い。

 なんせ二メートルを超える筋肉質な男が追加されたのだから当たり前だ。

「マジで引っ越そう……」

 ボソッと呟いて朝陽は将門に寄りかかったままスマホで借家を含めた一軒家を検索していた。

 部屋数が増えれば増えるだけ家賃が上がる。

 自分の給料でやって行けそうな物件を探してみたが当てはまる物件は一件も見つからなかった。




 数日後の事だった。

 駅からの帰り道にある小さな神社にニギハヤヒが座っているのが見えた朝陽は迷いなく階段を登った。

「ニギハヤヒ、こんなとこで何してるんだ?」

「今日は早かったんだな」

「ああ。早めに終わったんだ」

 朝陽は隣に腰掛けてニギハヤヒを見上げる。

「また将門と言い合いにでもなったのか?」

 そう言うと頭の上に大きな掌を乗せられた。

「いや。儂はお前が帰ってくる前まではここに来るようにしておる」

「ここにも祀られていたとかか?」

「そうではない。見ての通りここにはもう神はおらん。だが、何組かの老夫婦が飽きもせずに供え物をしに来おるからな。儂が代わりに加護を授けていた」

「か、ご」

 意外だった。

 暴君な神としてしか印象になかったニギハヤヒにそんな良心が有ったとは思わず朝陽は目を瞬かせる。

「おい、朝陽お前……今儂に対して失礼な事を考えておっただろう?」

 ジト目で見つめられ朝陽は慌てて首を振った。

「イヤ、ベツニ」

「嘘が下手すぎやせんか?」

 ニギハヤヒは独特な笑い声をあげながら朝陽の頭を小突いた。

 その手はそのまま朝陽の後頭部に回り、優しく引き寄せる。

 軽く唇同士が触れてすぐに離れて行った。

「ニギハヤヒは俺の番で良かったのか? お前程の力があれば拒否も出来たんだろう?」

 初めて会ったその日に、従順過ぎるのは退屈だから切り捨てていたと言われたのを思い出して、朝陽は真っ直ぐにニギハヤヒを見つめた。

「お前は面白い奴だな。鋭いようでいて鈍い。なのに気遣いには長けておる。儂はお前を寵愛しているつもりだが、それは伝わっておらんか?」

 質問で返され、朝陽がムッとした顔をする。

「ニギハヤヒは言っている事と、心の中が相反してそうな時があるからな」

 と言うよりも腹の内が読めない。

「ほら、そういう所だ朝陽。儂はお前のそういう所を気に入っておるぞ」

「きちんと説明してくれ。意味が分からない」

 視線を伏せて言葉を紡ぐと朝陽の体はフワリと持ち上げられて正面から抱き上げられる。

 肩口に顔を埋められているので、朝陽からはニギハヤヒの顔は見えなかった。

 遠くを見つめ、再度何かを決心したようにニギハヤヒが目を細めているなど知る由もない。

「ニギハヤヒどうかしたのか?」

 やたら沈黙が長いことを訝しげに思い、朝陽がニギハヤヒの名を呼ぶ。

「朝陽」

 真摯で落ち着き払ったニギハヤヒの声音を聞くのは初めてだった。

 何かあったのか、と朝陽は何も言わずにニギハヤヒの逞しい首に両腕を回す。

 更に抱き込むように抱きしめられてしまい、朝陽の背がしなった。

「儂は、手離したくないくらいには好ましく思っておるぞ」

 ——何を?

 囁かれた直後地に下される。

 聞きそびれてしまった。

「さてと。帰るぞ朝陽」

「ああ、うん」

 誤魔化された気もしたが、これ以上問いかけてもニギハヤヒは何も言わない気がして、朝陽は差し伸べられたニギハヤヒの手を取る。

 他人の目があるのもあって、無言で道を歩く。

 ニギハヤヒは前方だけをしっかりと見ていた。

 家の近くまで来た時だった。

 すれ違いざまに、高校生くらいの少年と肩が触れ合ってしまい、朝陽は謝ろうと振り返る。

「お兄さん、またね」

 謝罪の言葉を発しようとしたが少年の姿がない。

「あれ?」

 一瞬だけ視線が絡んだ筈なのに、そこにはサラリーマンや大学生ばかりだった。

 当の本人だけが居ない。

 朝陽が立ち止まるとニギハヤヒに「どうした朝陽?」と訊ねられた。

「いや、何でもない」

 何と言っていいのか表しようのない感覚が、朝陽の胸の内を占めていく。胸騒ぎがした。

 

→第六話に続く

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