EP29 「CONTRACT」

 エゴシエーター能力の変化は、必ずしも一律に限定されない。


 麗華(れいか)のように数多の経験を積んだ果てに能力の幅が広がる例もあれば、夕星(ゆうせい)のように激しい感情の起伏が能力の制約を緩めてしまった例もある。


 そして藤森陽真里(ふじもりひまり)にも、変化の兆しがあった。


 フェイズⅡの無自覚な状態で一月に二体の怪獣を創り出し、一度は〈エクステンド〉に勝利を収めてみせた。今にして思い返せば、それが現実改変能力者としての彼女が成長を始めたスタートラインだったのかもしれない────


 ◇◇◇


 巻き上がった粉塵と燃え残った焔の中で蠢くのは、巨大な翅を広げるシルエットだった。


 蛹の姿から、何かが還ることは誰にだって予見できた筈。だから夕星たちは持ち得るリソースの全てを費やし迅速な作戦を展開してみせたのだ。


 だが、フェイズEX(エクストラ)に突入したエゴシエーターの成長速度はさらに先を征く。エリアズ側の如何なる想定も上回り、未那月の予見さえ超えて、ここ一番のタイミングで蛹の殻を打ち破ったのだ。


「……嘘だろ」


「世界を壊したい」という願いの中で創り変えられた、陽真里の新たな姿が露わとなる。


 色鮮やかな水彩画を思わせる巨大な翅。だが、ソレを生やすのは蝶じゃない。


 ソレは昆虫類であり、クモ類であり、多足類であり、甲殻類であり、軟体動物であり、原生動物である。


 ソレは魚類であり、両生類であり、爬虫類であり、鳥類であり、哺乳類である。


 ────ソレを一言で言い表すのならば「合成獣」だ。


 シルエットこそ二本脚で君臨する龍を思わせたるが、その各部にはあらゆる生物の特徴が反映されていた。


 背面から生やした蝶の翅を筆頭に、ザリガニやカブトムシを思わせる頑強な甲殻。蛸や烏賊の触腕が絡み合ったような尾に、獣のような牙と猛禽のような爪。さらに手元に備えられた五指は人間のような器用さを感じさせた。


 この姿こそ彼女の集大成と、言えた。月に一度の間隔で無意識に怪獣を創り続けたエゴシエーターが、その全ての要素を備える怪獣へと成り果てたのだから。


 敢えて今の彼女に仮称を設けるとしたら「CONTRACT」────夕星の駆る〈エクステンド〉と対峙し、世界を壊そうとする大怪獣〈コントラクト〉だ。


 その五指が解けると同時に、地上へと何かが落下した。


 ボロボロの黒衣を纏う麗華だ。


 まさかコイツは、魔女の最大火力を素手で受け止めたというのか。


「ッッ……! 勝手に死んでんじゃねぇぞ、クソ魔女ッ!!」


 夕星は咄嗟に彼女を庇おうとするも、背後に巨大な影が堕ちる。


〈コントラクト〉だ。数多の生物がぐちゃぐちゃに混ぜられた巨体が一切の予備動作もなく、驚異的な加速で、〈エクステンド〉の背後を奪う。


 操縦桿を引き込んで、機体の反転を試みるも遅い。振り抜かれた〈コントラクト〉の裏拳は、鋼の巨人を容易く弾き飛ばして見せた。


「がぁぁっっ!!」


 あまりの衝撃に息が詰まる。内臓を纏めてプレス機に放り込まれたかと錯覚するほどだ。地面に叩きつけられる〈エクステンド〉と共に、夕星も吐血。血の混じった吐瀉物をブチまけた。


「かっ……かっは! かはっ!!」


 最悪だ。耐衝撃防護服のプロテクターがなければ確実に今ので自分の身体はただの肉塊になっていただろう。


 今ので機体も甚大な被害を受けてしまった。抜き離れた裏拳をガードするために挟んだ両腕は完全に千切れ飛び、両脚にもかなりのダメージが蓄積している。


 これまで経験してきた絶体絶命の状況が甘っちょろく思える程の満身創痍だ。


『夕星! 今すぐ後退だ!』


 通信越しに十悟(じゅうご)が必死に作戦失敗を訴えてくる。


 悪友の言う通り、これは間違いなく退く状況だ。退いて一度、体制を立て直す局面であろう。


 だが、夕星は強引に機体を起き上がらせた。足元に残った怪獣の残骸を分解し、再構築。〈エクステンド〉の破損した両腕を強引に補う。


「おい、何考えてる馬鹿野郎ッ!」


「馬鹿はお前だぜ、十悟……アイツをよく見やがれ」


〈コンストラクト〉の翅が崩れ、砂に戻り始めたのだ。フェイズEX(エクストラ)のエゴシエーターであろうと、エゴシエーターはエゴシエーターだ。陽真里の現実改変能力にだって、緩かろうと何かしらの制約がある筈。


 その一つが、あの翅だったのだろう。


「俺の直感が正しければ、アイツは蛹の中で蓄えてたエネルギーを翅にストックしてやがった。んでもって、麗華の攻撃を相殺するのと俺をぶん殴るのに、蓄えてたエネルギーを使い果たしたんだろうよ」


 案の定、〈コンストラクト〉の背から新しい翅の生成が始まる。エネルギーを再充電しているのだろう。しかも、その感覚は蛹だった頃より遥かに早い。


 夕星は次いで、〈コンストラクト〉の胸部に視線をやった。生物的な様相に対し、胸に収められた無機質な珠玉。あれが陽真里を内包する核心(コア)といったところか。


 夕星はさらに思考を回す。


 戦況は圧倒的にこちらが不利だ。流れだって完全に〈コンストラクト〉の方に傾いている。


 だが、それと同時に翅を全て使い果たした今が、奴からコアを切り離す最大のチャンスでもあった。



「いつだって勝負はビビった方が負けるんだよッッ!!」


 夕星は何度だってスタートダッシュを切ってみせる。〈エクステンド〉の鋼脚は荒野を踏み抜いて、開いた間合いを席巻する。


 対する〈コンストラクト〉も体表に無数の触腕を形成し、それを伸ばす。無から有を生み出すエゴシエーター能力は、やはり無法と言う他ない。


 ただ、創り出される腕の造形はお瑣末なものだった。ディティールにこだわりを感じられなければ強度もない。やはり彼女であろうとエゴシエーター能力の乱用は、相応の負担となるらしい。


「うぐっ……!!」


 夕星の視界も掠れつつある。殆ど山勘で〈コンストラクト〉の迎撃を躱すも、喉から漏れたのは乾いた苦声だ。


 作戦開始から今この瞬間まで、エゴシエーター能力を乱用し続けたのは夕星も同じだ。それでも途切れかけた意識を根性で繋ぎとめ、操縦桿を握りしめていた。


〈エクステンド〉はありったけの力で腕を伸ばす。────幼馴染との日常を奪い返すために。

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