EP14 幼馴染を訪ねて

 夕星(ゆうせい)は神妙な面立ちでドアチャイムの前に立っていた。


「はは……ヒバチんちに来るのもいつぶりだろうな」


 凡的な住宅街に聳えるマンションの二〇〇号室には「藤森(ふじもり)」と表札が掛けられている。


 確か、最後に遊びに来たのは小六の夏休みだった。最終日に宿題が終わらないと彼女に泣きついて、説教をされながらに課題ノートを片付けたのだ。


 なんだが、懐かしさと情けなさが混ざり合って、苦笑がこみあげてくる。


「はぁ……ここから俺はどうすればいいのやら」


 現在。藤森陽真里(ひまり)には「無自覚ながら、『怪獣』という存在を生み出し続ける危険なエゴシーターである」という疑惑がかけられている。そこには当然根拠があり、未那月(みなつき)は次のように語るのだ。


「良いかい、神室(かむろ)くん。完全なエゴシエーターとして覚醒するタイミングには個人差がある。けどね、フェイズⅡのエゴシーターであれば、とある条件を満たすことで覚醒時期を故意に早めることが出来るんだ」


「その条件は、自らの願いによって誕生した産物と接触を果たすこと。この条件を満たせば、内包された因子が活性化し、フェイズⅢのエゴシエーターに覚醒する可能性が高まる仕組みさ」


 夕星が〈エクステンド〉に乗り込むことで、自らの特異性を自覚していったように。陽真里も自らの願いから生まれた産物と接触を果たせば、フェイズⅢの完全なエゴシエーターに覚醒する可能性が高くなる。


 その前提を踏まえた上で、あの人語を介した怪獣のことを思い出して貰いたい。「フジモリヒマリ」と啼き続けたあの個体が陽真里に接触しようとしていたことは事実であり、「なかなか力を自覚しない産みの親に嫌気がさして、遂に怪獣の方から陽真里に覚醒のキッカケを作ろうとしていたんじゃないか?」というのが未那月側の推論であった。


 夕星はそこまでの説明を思い返し、頭を振るう。自分にはどうやっても「陽真里=怪獣を生み出し続けるエゴシエーター」という図式を組み上げることができないのだ。


「ヒバチが怪獣の生みの親だって? アイツに限ってそんなこと、あるわけねぇだろ」


 陽真里は良くも悪くも生真面目なお人好しなのだ。


 その面倒な性格のせいでトラブルに巻き込まれることも多く、色恋沙汰の仲裁や、委員会役員として不良たちの遡行を咎めて回っているのだから一方的な逆恨みをされたことも一度や二度じゃない。


 そのことを知る夕星にしてみれば、怪獣を生み出したエゴシエーターが彼女を逆恨みして、危害を加えようとしている可能性の方がまだ納得できる。


「あっーもう、考えてても仕方ねぇ!」


 最近はどうにも悩まされてばかりな気がする。今にもオーバーヒートして白煙を上げそうな頭を抱えながらにチャイムを押し込んでやった。


「ビビったら負け、ビビったら負けなんだ!」


 己がスタンスを繰り返す夕星であったが、そのガチガチな形相は間違っても幼馴染を尋ねるものではない。靴底は足元から数センチ浮いて、文字通り浮き足立っているのであった。


「はーい、すぐ出まーす」


 チャイムの軽やかな音色から数秒の間を置いて、声が返ってくる。


 パタパタと忙しない足音がして、彼女がドアを押し開けた。


「どちら様でしょう……って、夕星……?」


 陽真里の様子におかしな点は見られない。怪獣を呼び出す素振りもなければ、瞳が歯車状に変わるわけでもなかった。彼女から受ける印象も「日常らしさ」そのものだ。


「ッッ……!」


 けれども、夕星はその格好に目を奪われる。ダボっとした上着に反し、丈の短なショートパンツからは彼女の健康的な太腿が覗いているのだから。


 髪もピョンと跳ねて、普段から制服をカッチリ着こなす彼女とは真逆のラフな印象を受けてしまった。


 そんな無防備な姿に対し、ウブな夕星が耐性を持っている訳もなく、


「なっ、なんて格好してんだよ! お前はッ!!」


 顔を真っ赤に、意味も分からぬ抗議をしてしまう。


「別に普通の部屋着だけど。アンタこそ、なんで日曜日に学校の制服なんて着てるのよ?」


 彼女が疑問に首を傾げれば、オーバーサイズのシャツがずれて、色白の肌と鎖骨が露わとなった。


「何よ、さっきから視線を右へ左へとズラしてさ。なんかやましいことでもあるわけ?」


「お前の格好がエッチなのがいけねぇんだろが!」なんて反論ができるわけもなく、夕星は誤魔化すように平静を保つ。


「い、いやぁー。ヒバチのクセに随分とだらしない格好をしてるなぁと思ってさ」


「それなら、そっちこそ。普段はネクタイも緩めっぱなしのクセに。お洒落なネクタイピンまでして。……というかアンタ。この前、怪獣が出たとき、どこで何やってたの?」


「へ……?」


「アンタのことが心配で何度も連絡しようとしたんだけど。全部無視してくれるなんて、なかなかにいい度胸をしてるじゃないの」


「い、いや……そ、それには心底深ーい理由がございまして!」


 陽真里の頬はプクーとむくれていく。


「中学の頃から言ってるわよね! 心配させるようなことはしないでって!」


 猫目を吊り上げながらに彼女が一喝。


「は、はいッ!」


「どうせ貴方のことだから〈エクステンド〉の奮闘を見るのに夢中だったんでしょうけど。この際だから私も色々言いたい事が溜まってるの! ちょっと私の部屋に上がっていきなさい!」


「りょ、了解致しましたッ! ……って、お前、今なんて言った?」


 聞き間違えじゃなければ、「部屋に上がれ」と言われた筈だ。


 正直に言って夕星は、陽真里のことを調べるにあたり、どうやって彼女の部屋に入れて貰うかをずっと悩んでいたのだ。彼女の部屋にはきっと「陽真里=怪獣を生み出し続けるエゴシエーター」という図式を否定できるような材料が見つかるのだろうが、年頃の女子高生の自室に容易く入れないと思っていた。


 だから「勉強を教えてほしくて」や「昔、お前んちで無くしたゲームソフトを探したくて」等々、それっぽい理由を考えてきたのだが、彼女はあまりにもすんなりと、ドアを開けてくれる。


「なにボサっとしてるの? 早く上がりなさい」


 部屋着姿の格好といい、男子を簡単に部屋に上げてしまう言動といい、陽真里はいささか無防備がすぎる気がした。


 彼女は、自分を異性として見られていないのか? 


 それならそれで、堪えるものがあるのも事実だが、彼女の疑いが晴れたあとで「その無防備さを咎めてやろう」と心に決めるのだった。

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