EP08 余韻と閃光と赤の大輪

 鋼脚一閃────真横に裂かれた怪獣は砂塵と化して、崩れ墜ちてゆく。


 だが、夕星(ゆうせい)はその一部始終に目もくれようとしなかった。代わりに各部のセンサーをアクティブに、機体の全機能とカメラアイを介して閑散とした街中を見渡す。


 そして、ようやっと見つけたのだ。


「……よかった」


 ズームインした先には陽真里(ひまり)がいた。両掌を口元に当てて、逃げ遅れた人へ避難を呼び掛けているではないか。


「……ったく、さっさと避難すれば良いだろうに。こんな時までクソ真面目なのかよ」


 何気なしにポケットからスマホを取り出せば、無数の通知が届いていた。


 そのほとんどが彼女からのメッセージだ。「貴方は今どこにいるの?」「ちゃんと避難してる?」という心配から始まり、最後の方は「早く返信しなさい!」「無視すんな!」と苛立っているのが伺える。


「ははは……無茶言うなよ」


 こっちは〈エクステンド〉に乗って、怪獣と戦っていたのだから。


 きっと彼女は、自分が怪獣に狙われていたことなんて知りもしないだろうし、これからも知らなくていい。

 

 身体を浸すのは心地の良い疲労感だ。そこで夕星ははじめて安堵の息を漏らすことができた。


「とりあえず、一件落着……で良いんだよな?」


 スマホにはさらに新着の通知が届く。今度は十悟(じゅうご)からメッセージだ。


「『下を見てみろ』だ?」


 小首を傾げながらも、〈エクステンド〉の視線を足元へと下げれば、いつのまにやら一台のバイクが停まっていた。そこに跨る白学ランの少年は紛れもない十悟本人である。


「おーい! 夕ー星ー! 気づいてるかー!」


「マジかよ……コイツ」


 仮にも進学校に通う生徒がノーヘルメットでバイクに跨る姿はそう滅多に見られるものじゃない。夕星もすぐに〈エクステンド〉の膝を折り、コックピットを覆う装甲板を開いた。


「どうしたんだよ、そのバイク? まさか、どっかの駐輪場から盗んできたんじゃ、」


「ばーか。お前じゃあるまいし、道端に乗り捨てあったやつを借りて来ただけだよ」


 いや、それは大して盗んだのと変わらないような……


「つか、バイクじゃ追いつけねぇし、危ないから止めろって言ったのもお前じゃなかったか?」


「あれ、そうだったかな? けど、世の中には抜け道ってもんが幾らでもあるからなぁ」


 十悟はそう言ってニヤリとほくそ笑んだ。一体、どんな裏技を使って追いついたのだか。


 この悪友は時にとんでもない事を思いつくから恐ろしいのだ。


「それよりも」と前置きをした十悟は、膝立ち姿勢の〈エクステンド〉を興味深く観察し始めた。


「〈エクステンド〉の足元に、こんな飛行機の翼みたいなパーツって付いてたか? しかも片脚だけってバランスも悪いだろうに」


 彼が目をやったのは、〈エクステンド〉に増設された脚部のブレードだ。


「えっと、そいつは……なんて言えば良いんだろうな」


 夕星は少しどう伝えれば良いか迷いながらも、〈エクステンド〉に搭乗してからの一部始終を話すことにした。


 自分には何故か機体の操縦方法が、手に取るように理解できたこと。そんな自分でさえ分からなかった〈エクステンド〉の真の力を、謎の声が教えてくれたこと。


 どれも眉唾には信じ難い話であるが、いちいち突っ込んでいてもキリがない。十悟は相槌を打ちながら話を聞いてくれた。


「なるほどな……他に気づいたことはあるか?」


「ノイズ塗れの声がなんか難しい単語をいろいろ使ってた。ARAS(エリアズ)だとか、エゴシエーターだとか。あとは……なんつーか、あの独特な喋り口調をどこかで聞いたことがあるような気がするんだよ。あっちの反応も俺の名前を知っているようだったし」


 そう言えば、あのノイズまみれの声との通信もいつの間にか途切れていた。


 用があるときだけ語りかけてきて、全てが終われば一方的に切ってしまうとは、勝手な声だ。


「聞けば聞くほど分からなくなりそうだな……まぁ、とりあえず、その頭の奴を取ろうぜ」


「頭の奴?」


「そのゴツいVRゴーグルみたいな奴だよ」


 夕星はそこでヘッドセットを付けたままであることに気づいた。あまりに自分の顔にフィットするから忘れていたのだ。


 ヘッドセットを外せば、陽光が直に瞳へと差し込まれた。その眩しさに瞼を開けては、閉じてしまう。


「ふぅ、さすがは〈エクステンド〉。ヘッドセットの着け心地も一級品だぜ……って、」


 そこで、ふと自分の瞳を見つめた十悟が絶句していることに気づいた。


「おい、夕星……その目、ちゃんと見えてんのか⁉」


 彼は明らかに取り乱している。


「な、なんだよ、いきなり⁉」


「いきなりも何もねぇだろ。なんだよ、その歯車みたいな目はッ!」


 歯車みたいな目? そんな事を言われたって、夕星自身には自覚がない。見える景色がおかしくなったわけでもなければ、眼球に痛みがあるわけでもないのだから。


 ただ、一つ違和感があるとすれば、向こうに晧(しろ)い光の点があることくらいで、


「ん……なんだ、あの光は?」


 不意に何かが右頬を擦過する。感じたのは僅かな痛みと灼熱感だ。


 つー、と頬を伝う血滴の暖かさで夕星は理解する。────あの光の点が、まるでレーザーのように自分の真横を通過したのだと。


「……嘘だろ」


 奇しくも光の射線はほんの数ミリ、ズレていた。頬を焼かれるだけで済んだのも、それが要因であろう。


 光の飛んできた方からは、どうしようもない「敵意」と「殺気」を感じた。まるで赫灼に燃ゆるナイフの先端のようなソレが恐怖心を穿つ。


「………嘘だろ……嘘だろッ⁉」


 そして外れてしまった閃光は、自分の頬を穿つよりも先に、前へと立っていた十悟の胸を撃ち抜いていた。


 もはや夕星には頬の痛み程度、どうでも良くなっていた。


 悪友の胸には、まるで紅い大輪が咲いたと見紛うほどの血で濡れていたのだから。

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