EP 06 迫るケイオス

 推進機(スラスター)が流れ星のような尾を引いて、機体は速度を上げてゆく。

 大好きな〈エクステンド〉に乗っているのだ。きっと普段の夕星(ゆうせい)ならば、沸き立つ歓喜を抑えきれなかっただろう。


「憧れの存在に登場し、街を守る」一人の少年として、そんな空想を思い描いたのだって一度や二度じゃない。


「こんなシチュエーション、誰だって憧れるよな……」


 だが、そんな脳内のフィクションは現実のノンフィクションへと成り果てた。

 ゲームセンターの格ゲーで、〈エクステンド〉を動かすのとは訳が違う。操作レバーとボタンの代わりに握り締めた一対の操縦桿は相応に重く、足を掛けた踏板(キックペダル)からはエンジンの微細な振動が伝わってくる。

 こんなリアルを楽しめるわけがない。


「……待っていやがれ、クソ怪獣ッ!」


 眇められた夕星の双眸は、レーダに映る怪獣の反応だけをキツく睨んでいた。


 先走る苛立ちに応えるよう、翡翠に明滅するカメラアイも黒く巨大な人型を捉える。一度は〈エクステンド〉を大破させた、あの怪獣へと追いついたのだ。


「さぁ、リベンジマッチと行こうじゃねぇかッ!」


 操縦桿を前に押し込めば、推進剤が燃焼し、機体がさらに加速する。その反動に息が詰まるも、〈エクステンド〉は握り締めた鋼拳は前へと突き出した。


 大振りで軌道も丸わかりの喧嘩パンチは、さぞ避けやすかったことであろう。

 怪獣は半身を引いて、素人丸出しの拳を躱してみせる────それが夕星のフェイントだとも気付かずに。


「卑怯だなんて言わせねぇぞ!」


〈エクステンド〉が素早く、右腰へと懸架された突撃機銃を引き抜いた。

 咄嗟に回避した怪獣の正面はガラ空だ。夕星がトリガースイッチを弾けば、首元へと突きつけられた銃口が無数の弾丸を蹴り出される。


「ブチ抜いてやるッ!」


 発火炎(マズルフラッシュ)が瞳を焼かれ、銃声に鼓膜の奥を噛み切られようとも、指先を緩めるつもりはない。


 開いた口で今も尚、「フジモリヒマリ」と反芻し続けるコイツを黙らせるためならば────


 少なくとも百発以上の砲火に晒してやったのだ。分厚い甲殻を持たない怪獣では耐え切ることも出来ないであろう。


 だが、夕星は爆煙の向こうで奴が嗤っているような気配を感じた。それと同時に突き出されるは、噛み付くような「発勁」だ。


「マジかよッ⁉」


 中華武術における発勁は、ただの打撃や張り手とは訳が違う。


 曰く、発勁の威力には、力の大きさと、それが作用した時間の積が深く関わるらしい。プロボクサーの打撃の特徴が〝鋭さ〟と〝速さ〟にあるのなら、対して発勁は〝重く〟そして、力が加わる時間も〝長い〟。結果としてその力積が、鋼の装甲をも打ち破る衝撃を生むのだ。


「このッ……!」


 既に怪獣の掌底は寸前まで迫っている。この間合いに入られては避わすことも不可能だ。


 ならば、と夕星は腰を抜き、〈エクステンド〉の巨体を跪つかせる。


 爆ぜるような打撃に右肩を抉られたが、地面への設置面が増えたおかげで作用する力を足元に逃がせた。


 だが、それでもダメージをゼロにできたわけじゃない。


「うぐっ……!」


 弾けて咲いた火花と共に肩部の装甲を抉り抜かれた。警告音(アラート)に混ざって、内部のパーツが砕けた音が鼓膜へと届く。


 今ので電送系がイカれたのだろう。だらりと垂れ下がってしまった右腕はそのまま動かなくなくなってしまった。


「……致命傷を避けたとはいえ、利き腕一本ってのは割に合わねーよな」


 恐る恐る視線を上げた先にあったのは無傷な怪獣の姿であった。機銃による一方的な蹂躙を受けたにもかかわらず、喉元には銃創どころか、小さな傷の一つさえ付いていない。


「フジモリヒマリ」


 怪獣はその名前を呼びながら、規律正しく並んだ牙を揃えて、ニッーと嗤ってみせる。


「コイツ……ッ!」


 不意打ちに失敗した時点で、コイツが一筋縄で行かないことはもう十分に理解できた。


 では、そんな相手に対し、右腕の壊れた状態で勝機があるのかだろうか?


『────そう、固くなるなよ』


 不意に、そんな声がしたような気がした


『あっー、マイクテス、マイクテス』


 いいや、気がしたのではない。ヘッドセットにはテレフォンマークが表示され、「何処かの誰か」との通信が接続される。


『聞こえているかな、〈エクステンド〉のエゴシエーターくん?』


 声の主は女性と思われる。ただ、その声はボイスチェンジャーによる露骨な加工処理が施され、ノイズ塗れの音声のように聞こえてしまう。


『君は彼なのかな? それとも彼女なのかな? まぁ、どっちでもいいか』


 どうやら、通信相手がどんな顔をしているのか分かっていないのもお互い様らしい。夕星は少し警戒しながらも、謎の声に応じることにした。


「……誰だよ、アンタ?」


 ヘッドセット内に仕込まれたピンマイクを出しながらに、こちらも彼女の正体を探る。


「俺は神室(かむろ)夕星……悪いけど、こっちは取り込み中なんだ。得体の知れない声の相手なんてしてる暇はねぇぞ」


『カムロユウセイ……。ふふっ。なるほどね、やっぱり君の方だったか』


 彼女の声はしばし、意味深に黙り込む。僅かに「ジジ……ジジ……」と音が漏れるのは、通信機の向こう側で彼女が笑いを堪えているからだ。


「そのリアクション……アンタ、俺のことを知ってるんじゃ、」


『あー、いや。完全にこっち都合の話だから気にしないでくれたまえ。それに君の前には、もっと気にすべき相手がいるだろう?』


〈エクステンド〉の目の前では、怪獣が腰を下ろしながら、腕を後方へと引き絞っていた。


「クソ……どうやら俺には、アンタが誰かを考える余裕もないんだな!」


『ははっ、そうみたいだな』


 その笑い声は心底、腹立たしい。


 怪獣は未だ無傷のまま。コックピットには得体の知れぬノイズまみれの声が響きわたる。状況は好転するどころか、どんどん混沌へと転がり落ちているような気さえした。


『まぁ、そうイライラするなよ。神室くん』 


「馴れ馴れしく呼ぶんじゃねぇ。つか、アンタのせいでイライラしてるんだからな!」


『それは心外だな。せっかくエゴシエーターとして覚醒したばかりの君に、あの怪獣を倒す方法のレッスンをしてやろうと思ったのにな』


 夕星は眉を顰める。


 今のが聞き間違いでないというのなら、彼女は怪獣の倒し方を知っているというのか。


『それとも君にはこう言った方が良かったかな? 〈エクステンド〉に秘められた真の力を────「スターレター・プロジェクト」から始まった奇跡の果てを、知りたくはないかな?』

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