♯4.血の誘惑にはどうやっても抗えない。

1.


 翌朝、目を開けると寝不足でまぶたが重かった。期末考査初日だというのに最悪だ。


 制服に着替え、身だしなみを整えながらため息ばかりが宙に浮かぶ。白翔と顔を合わせるのが怖い、と考えていた。


 ーー「友達なんて口実だよ。俺はもうずっと前から、深緋のことが」


 あの時。白翔の目は真剣だった。冗談なんかじゃなく、真面目に深緋と向き合い、気持ちをぶつけようとしていた。それを自分は遮った。


 昨日の今日で、急に何かが変わる気配を感じたわけではない。けれど、会いたくないなと思った。今日、もしまた同じ状況が訪れたら、深緋は今のこの動揺を隠し切れる自信がなかった。


 会いたくないのなら、単純に学校を休めばいい。そうは思うものの、恋をしたかもしれない異変を祖母に気取られるのも嫌だ。


「……だったら無視するしかない」


 今日は一日、白翔を無視して相手にしない。そう決めてから居間へと降りた。


 ぼんやりと朝食のサラダを咀嚼していると、玄関先を掃除していたスグルくんが居間に戻ってきた。


「深緋ちゃん、この間の友達が来てるよ?」

「……え」


 スグルくんのあとに続いて居間に現れたのは制服姿の白翔だ。


 は!?


 瞬時に口の動きが止まり、思わずむせそうになる。


「よう」と言って、昨日の事などまるで無かったかのように彼は手をあげている。


 深緋は動揺を隠せず、とりあえず手元のグラスを取り、トマトジュースを喉に流し込んだ。その時。


「あらあら。これはどういう事だろうねぇ、深緋。ペットには相応しくない子がいるみたいだけど?」


 朝からシャワー浴を習慣とする祖母が、何とも言えない際どい格好で顔を出した。一瞬で皆の視線を独り占めする。


 よそ行きの口調で危うい単語を口にするが。深緋以外、ペットという言葉は右から左に流された。


 白くマシュマロのような胸が強調された、総レースで過激なルームウェアを着ているので、白翔の目は彼女の胸元に一直線だ。


「ちょ、リリーさん、ちゃんと服着なきゃ」

「何よ、着てるじゃない?」


 ベビードールに薄いガウンを羽織っただけのそれは、スグルくんからしたら下着姿も同然だ。


「……行こう、白翔」


 赤ら顔で俯く彼の背を押し、深緋はローファーに足を突っ込んだ。


「おまえのねーちゃん、何ていうか……いろんな意味で規格外だな?」

「グラマラスで綺麗でしょ?」


 あれで百歳越えてるなんて、信じられないよね? ……とはとてもじゃないが言えない。


「ビックリしたー」と言って頭を触り、白翔は大袈裟に息を吐く。


「そういえば深緋のねーちゃんの彼氏っていつも来てんの?」


 ねーちゃんの彼氏、イコール、スグルくんのことだ。


「来てるって……。スグルくんは家政夫さんだよ?」


 は? と言いたげに白翔は目を丸くする。


 日傘を差しながら、最寄駅に着くまでいつも通りの距離をあけて話しているせいか、昨日のことを胸の内に仕舞い込み、深緋も平然としていられた。


「一緒に住んでんのかよ?」

「そうだよ。住み込みで家のことをいろいろやって貰ってるから」


 深緋としては何気なく言った台詞だが、白翔はムッとして、唇を引き結んだ。そしてどういうわけか、深緋の空いた方の手をいきなり繋いでくる。ビクッと肩が揺れた。


「おまえが言うなって言ったから告わないけど。これからは態度でガンガン示してくつもりだから」

「………えっ」


 まさかそれ、昨日の話?


 脈絡なく話題を変えられて、幾らか慌てる。


「嫌だって言っても、それだけはやめない。表現の自由だろ?」

「なにそれ」

「だから。友達以上、恋人未満ってことで、俺は深緋を諦めるつもりないから」


 真っ直ぐな瞳でそんなことを言われたら、もはや何も言い返せない。ドキドキと鼓動が早まり、頬の中心から熱が生まれる。


 今までずっと可愛い男の子として見ていたはずなのに、その接し方を完全に見失っていた。

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