第20話


 クリスマスに、実里をデートに誘いたい。

 実里とは結局あの6月のデートを最後に、一度も会えていなかった。メッセージを送っても返信が来ないのでもう諦めていた。でもやっぱり、どうしても実里に会いたい。会って、俺が七年間抱えていた気持ちをぶつけたい。いつしかそう強く願いようになっていた。


 12月15日、そろそろ彼女をデートに誘わなければクリスマスの予定が埋まってしまう。いや、もしかしたらもう埋まっているのかもしれない。そんな危機感を抱きながら、どうにかして彼女に会うべく最寄駅で待ち伏せをしようと決心し、自宅から駅まで歩いている時だった。


「あれ?」


 反対側の歩道を、一台の自転車がすっと通り過ぎて行った。普段なら気にも留めない光景だが、乗っている人物に見覚えがある。白いダウンコートを羽織り、マフラーで黒髪ごと首を覆っている彼女。すぐに走り去ってしまったが、実里に違いなかった。


「なんで」


 心の中で、なんで、どうしてを繰り返していた。目にした光景が、本当なのか幻なのか、あやふやになる。もやもやした気持ちをなぎ払おうと、最近一人で見に行った映画のことなんかを思い浮かべてみたが、ダメだった。


 茫然自失状態のまま、俺は自宅へと戻る。

 彼女には今日、会える気がしなかった。

 玄関の扉を開けると、部屋の奥の窓にちらちらと白い雪が降り始めたのが見えた。振り返ると、吹きさらしのアパートの廊下に、雪が舞い落ちている。いつのまにこんなに寒い季節になったんだろう。


 きれいな雪。白い雪。まっさらな気持ち。


 俺がかつて、高校生の頃に抱いていた彼女への感情は、この雪のように純粋だった。

そっと玄関の扉を閉じて、「まつかぜ」を開く。


 いてもたってもいられなかった。一番最近の投稿——つまり、「高校を卒業しました」の記事に、再びコメントを書き込む。前回俺が書き込んだコメントには、予想通り何の反応もない。世界中に発信された俺の言葉は、ブログの主である実里にさえきっと、届いていない。だから今こうして書き込んでいることだって、実里は絶対に見ない。それなのに、どうして言葉が溢れて止まらないんだろう。


 ようやく最後の文字を打ち終わり「投稿」ボタンを押すと、ブログのコメント欄に俺の二つ目のコメントが並んだ。


 記憶喪失の彼女に、このブログの存在を知らせたい。

 高校時代の俺を知らない、まっさらな彼女。


 でも、生まれ変わった彼女だからこそ、むしろ知らせるべきではないのかもしれない。そんなふうにも思う。


 窓の外をふりしきる雪は、先ほどよりも強く激しく、気がつけば吹雪のように吹き荒れていた。テレビをつけると今日の雪はかなり積もるだろうと予想されていた。そんなことも知らずに駅で彼女を待ち伏せしようとしていた自分が面白いくらいに痛い。自転車で颯爽と対岸を駆け抜けて行った彼女だって、痛い。こんなところで、俺の住んでいる街で、簡単に嘘を嘘だとばらしてしまうような行為をする彼女が、恐ろしいほど憎くて愛しくなった。

 

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