第11話


 実里との交際が始まっても、俺たちの日常は変わらなかった。恋人になったとはいえ、まだ高校生の自分たちにできることは、やはり登下校を一緒にして、休みの日にデートに出かけることくらいだ。外泊なんてもちろんしていない。同級生の中にはそういうことをしている人もいたが、俺と実里の性格には合わなかった。


 でも、実里とのデートはいつも、思い返せばまぶしいほどに楽しかった。


「実里は俺のどういうところが好きなの?」


 クリスマスデートの日、俺は告白された当初から気になっていたことを思い切って聞いてみた。初めてアルバイトで稼いだお金でホテルのレストランを予約し、そういうところでの食事にはドレスコードというものがあると知った。慌てて買ってきたジャケットを羽織ると、着せられている感満載になって、実里はおかしくてずっと笑っていた。そういう彼女はきちんと清楚なワンピースを着ており、とても似合っていた。


「うーん、どこが好きなんだろう……。一番は、話が合うところかな? あとは、一緒にいて楽なところ。私が一番、自分らしくいられる相手だから」


 口元についたソースをハンカチで上品に拭った彼女が、無邪気な笑みを湛えてそう答えた。彼女の瞳には壁一面の窓ガラスが映す夜景の光がキラキラと反射していて、じっと見つめていると本当にまぶしいと思えてきた。


 自分が一番自分らしくいられる時間。

 それは、俺も彼女に対して抱いた感覚と同じだ。

 やっぱり俺と彼女は最初から引き合う運命だったのかもしれない。なんて、漫画と小説の読みすぎで有頂天になった俺の頭はもう、彼女のこと以外考えられなくなっていた。


 実里との日々は、俺の日常にすっと溶け込んで、目に映るものすべてを鮮やかに色づけていった。ごく普通のありふれた高校生カップルには違いなかったが、もしかして俺たちは今世界で一番幸せな恋人同士なのではないかと馬鹿みたいに思った。


 実里は読書以外にもブログをやっていて、俺は時折実里のブログに目を通してはコメントを残していた。ブログのタイトルは「まつかぜ」だ。彼女らしい、爽やかな名前だと思った。ブログの内容は日常的なものと、最近読んだ本について書かれていた。俺はその一つ一つのブログに、「俺も読んだけど最高だった」とか、「英語の課題面倒だよね」とか、わざわざブログに書くまでもないコメントをつらつらと書き記す。もはやコメントをしているのが俺一人だったのでとても目立っていた。そんなやりとりはSNSでやればいいと思われるかもしれないが、実は俺、携帯を持っていなかったのだ。「まつかぜ」は自宅のパソコンで読んでいた。実里の方も律儀に「コメントありがとう」と返信をしてくれるからなお、やめられなかったのだ。


 ブログを介して話をする実里も、直接会って話をする実里も俺にとっては変わらなかった。けれど、時々ふと、他の読者の目を気にして無難な返事をするブログの向こうの実里の方が、本来の彼女なのではないかと考えてセンチメンタルな気分になったこともある。女々しい自分はブログを読んだ翌日、学校で彼女と話すことで、生の彼女とのやりとりの方がやっぱり本来の彼女の味が出ている、などと浅ましいことを思った。

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