二、自分らしくいられる場所

第5話


 2017年9月24日、高校生活二回目の運動会は晴天のもとで行われた。


 まだ完全には秋と言っていいのか分からないくらい、この日は身体中に滲む汗が気持ち悪いと感じていた。それだけじゃない。運動場を照りつける日差しは否応なく生徒たちの体力を奪っていく。目を細め、遠く観客席を眺めるとうっすらと陽炎が揺れていた。ニュースでは最高気温29度だと言っていたが、体感気温だけでいえば33度ぐらいあるのではないだろうか。


 お昼休憩後、応援席で暑さに意識が朦朧としている中、二年生の男子が組体操で招集をかけられた。だが、俺は身体が思うように動かず、その場から立ち上がることすらできない。かと言って誰かに助けを求めることもできずにただ応援席に座り続けていた。周りの男子たちが次々と応援席から降りていくのをぼんやりと眺める。推しメンや彼氏のいる女子たちが組体操前の男子たちを応援しに行った。応援席に残った生徒は他学年の同じブロックの生徒と——彼女だけだった。


「あの、大丈夫?」


 控えめな小さい声で呼びかけられた俺は、最初自分に話しかけられているとは思わずそのままじっと地面を見つめていた。


「あのっ」


 先ほどよりも張った声が聞こえて、肩を揺さぶられる。そこで初めで、自分が声をかけられたということに気がついた。


「あ、ああ。すみません。て、同級生か」


 運動会のブロックは基本的に縦割りで構成されているが、同級生も三クラスが同じブロックになっている。だからクラスメイトじゃない彼女の顔を見ても、ぱっと見同級生なのかどうかよく分からなかった。彼女の体操服の胸の部分に縫い付けられた「2−7 松葉実里」という名前が目に入り、ようやく自分と同じ二年生だと気がついた。


「はい。とにかくここから降りましょう。私、保健の先生のところまで一緒に行くよ」


 生暖かい風が吹き付け、松葉実里が黒いヘアピンで横髪を止めた。俺は彼女の言っていることがピンと来なくて、思わず「へ?」と間抜けな声をあげてしまう。


「気づかなかったの。五十嵐くん、たぶん熱中症だと思うけど」


「ねっちゅうしょう……?」


 言葉と意味が頭の中でリンクしなくて、摩訶不思議な呪文でも唱えるようなたどたどしい口調で彼女の言葉を反芻した。熱中症。そうか。この熱くて気持ち悪い感じは、熱中症だったのか。

そう合点がいくと同時に、突然目の前がぐるぐるっと回転し出した。


「五十嵐くんっ」


 彼女の叫び声と、周りの他学年の人たちがざわつく声がして、俺の意識は途切れた。

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