君が死ぬ迄最期の49日

第1話 戸惑い


自殺という手段について考えたことぐらいはある人は少なく無いのではないだろうか。場面は実に多種多様で今日もたくさんの人が自ら命を絶っている。恵まれたものは恵まれたことにすら気づかずしぶとく生き続け、恵まれなかったものは…。不条理で不平等。笑止千万。そんな不条理で不平等な世の中で僕はたった一つの恋をした。


「連!じゃあ!!またあしたな!!」

友達の声にああ多分なと生返事をした。彼の足音が消えるまで暗い教室に1人息を潜める。数分そのまま過ごしていたがなんの音も聞こえない。先程帰った友達が最後だったのか…?慎重に教室の扉をあけ廊下の様子を伺う。同じ階に生徒は見当たらない。一安心しながら教室から足を踏み出し歩き出す。そりゃあそうか、現在時刻は午後5時を回ったくらい、こう中途半端な時間帯に人がいる方が普通おかしいのだと考え、自嘲気味に息を漏らす。恐ろしいくらい静かな廊下に自分の足音と不規則な息遣いだけが沈黙を微妙に破り続ける。なんだか沈黙に覆われてしまいそうな気がして段々足を早めた。角を曲がろうとすると、窓が空いていたようで、冷たい風が吹き込み思わず身震いした。無機質な白い床に落ちている影も俺と一緒に寂しげに少し揺れる。外に目を向けると、校門にそびえ立つ大樹から数少ない葉が落ちるのが見えた。もう冬だなと考えながら階段を降りる。目的地への最後の角を曲がった。職員室の前に出る。ここが今回の目的地。ここへ来るのはいつぶりだろうか。重苦しい雰囲気に包まれた扉がこちらに迫ってくる。少しの間躊躇ったものの、覚悟を決め、ドアノブに手を伸ばす。恐ろしく冷たそうな銀色のドアノブに手をかけようとした時、勝手に扉が開いて、中から中年の男性教師がハンカチで額の汗を拭き取りながら出てきた。恐ろしく似合わない赤の眼鏡が印象的だ。扉を閉めようとして此方を視認した教師は、少し驚いたような表情をしながら、

「ああごめんね」

とすまなそうに謝ってきた。禿げかかった後頭部に蛍光灯の灯りが反射し妙な柄を描いている。大丈夫ですと言おうとしたが迷った結果言わないことにした。俺の反応がないことに困った教師は何度か頭を下げながら廊下を歩いていった。教師が角を曲がり消え去るのを待ってから、俺はもう一度ドアノブに手を伸ばした。想像していた通り凄まじく冷たいドアノブに手の体温が徐々に奪われていくのを感じる。ガラガラとスライ。ドさせると入口付近の男性教師に睨まれた。まあそりゃそうか、こう寒い中頻繁にドアを開けられたらたまったもんじゃないだろう。半分同情しながら目当ての教師を探すと、直ぐに見つかった。

「宇田川先生いらっしゃいますか」

できるだけ大声で、奥に座っている教師に聞こえるように言う。数秒待つと

「待て」

と言われたから、大人しく廊下で待った。辺りに人の影はなく、なんの音もしない。厳かな沈黙を楽しんでいると、それをぶち破るように宇田川が荒々しく扉を閉めながら姿を現した。繊細なガラス彫刻をゴリラに壊されたような微妙な怒りを感じた。図太く肉付きのいい体にカピバラと人間のハーフのような顔がちょこんと乗っかっている。

「なんだ」

相変わらず図太い声ですねと言おうとしたが面倒臭いことになりそうで辞めておいた。

「あのー」

本題を切り出そうとした時、廊下から慌ただしい足音と共に先程の男性教師が現れた。明らかに様子が違う。赤い眼鏡がずり落ちてくるのを何回も直しながら此方に走ってくる。俺らには目もくれず職員室の扉を開け放った彼は、宇田川の席まで走った。だが宇田川はここにいる、そこにはいない。ことに気がついた教師は戸惑ったような表情を浮かべながら当たりを探し出した。周りの教師も何事かと立ち上がり様子を見ている。俺と宇田川の視線も彼に注がれていた。彼がここにいる宇田川に気がつくのも時間の問題だろう。早く要件を言おうとした時、彼が此方に気がついて走ってきた。俺の方をちらりと見ながら宇田川に要件を話し出す。聞き耳を立てていた俺は、彼の口から「中川がー」

というワードを聞き取ってしまった。と同時に俺の足は中川結の家へと向かって走り出した。

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