第10話:描いて切って



 しびれた足で転倒しかけて、妻に支えられる、夫。


 雪人の足のしびれが収まるのを待って、階下のリビングへ。


 母ふたりは外出しているのか、不在の模様。


 若い夫婦ふたり、リビングでしばしのくつろぎ。


「もうすぐ春休み……と言うか、二年生だねぇ」

「そうだね……その前に学年末試験があるね」

「うっ……そうだった……って言うか、雪人くん、大丈夫なの?」

「んー、まぁ、なんとかなるでしょ」


 休日の午後のひと時。


 お茶……コーヒーを飲みつつ、ポテッチをつまみつまみ。


「休憩終わったらまた続きの作業だよね?」

「うん……何かしたいこと、ある?」

「うぅん、別に。雪人くんの作業見ながらのんびりしてるだけで大丈夫」

「そっか、悪いね、つきあわせちゃって」

「いいよいいよ。夜のためにチカラを温存しておいてくれさえすれば、それで」

「りょ……了解」


 週末土曜日。明日は日曜日。


 土曜の夜なら、少しくらい、と。


「今作ってるのがそれっぽく出来たら、着けて試してみる?」

「あー……うん、そうだね。間に合えば……」


 そんな前向きなアカネの提案。


 有用性があるのか無いのか?


 もともとの意図としては、アルバイトで女装をした際の精度を上げたいところにある。


 もちろん、学校や外出時には、通常の男子に戻りはするのだが。


 自宅、自室では女装が恒常的になった雪人。


 さて。


「そろそろ作業に戻ろうかな」

「はいよー」


 頃合い、とばかり、席を立ち、カップを片付けて、自室へ戻る。


 ポテッチの残りはアカネが持参。


 部屋に戻り、体勢を整えて、続きの作業。


 ちょきちょき。


 ぽりぽり。


 それから。


「アカネ、悪いんだけど、机の上の赤のサインペン、取ってくれない?」

「ほいきたー」


 夫に頼られ、手伝えるなら、喜んで。


 ささっとサインペンを取り、手渡す。


 妻から赤のサインペンを受け取って、きゅぽっ、と、太い方のフタを開けて。


「なんか書くの?」

「うん。この先端の加工用に、切り取り線を書くよ」


 しゅっ、しゅっ、っと、ペンを走らせて。


 円錐の頂点にそびえる煙突の天面の中央に丸い印を書いて。


 その丸印を囲むように直線を引く。


 井の文字の真ん中に〇がある感じの模様が描かれる。


「そこを切り抜いて……あぁ、なるほど先端部分を作る訳かぁ」

「そそ」


 サインペンにフタをして脇に置いて、ハサミに持ち替え。


 ちょきん。


 ゆっくりと。


 描いたガイドラインに沿って。


 ちょっ、きん、と。


 中心部分を残して、周囲を切り取れば。


「四角いのっ!?」


 円柱ではなく、直方体。ビルのような物体オブジェクトが残る。


「いやいや、まさか。周囲を削って丸くするよ?」

「だよねぇ」


 四角いビルディングの四隅を切り取りつつ、形を整え。


 根本の部分の盛り上がりも少し整えて。


 全体をカットしていた時のような軽やかなテンポではなく。


 ちょっ、きん。ちょっ、きん、と。


 ゆっくり、じっくり、慎重に、慎重に。


 そんな夫の手元を見つめながら、妻が。


「……今、驚かせたりしたら、怒る?」


 ぼそっと一言。それに反応して夫は手を止めて。


「やめて、ね?」


 可愛らしく、でも、きらりと目を光らせて。


「あはは、だよねぇだよねぇ」


 優しい優しい夫。


 怒らせたらどうなるんだろう?


 と、思ったりもしなくはないが。


 ちょっ、きん。ちょっ、きん。ちょきちょき。


「こんな感じかな?」


「見して見してー」


 物体オブジェクトを受け取ったアカネがその出来具合を確認。


「ふむふむ……色が真っ白だからまだ何とも言えないけど、形はそれっぽく出来てるねー。すごいすごい」


 さすが我が夫! と、はやし立てはせずとも。


「さて、次は、と……」


 まだ、これで完成では、ない。


 まだまだ、作業は。



 つづく。








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