第5話:マスキングテープの使い方



「塗料が乾くまで小一時間ぐらいかなぁ」

「じゃー、久しぶりにゲームしよう、ゲーム」

「いいよ、じゃあ、リビングで」

「はぁい」


 暇さえあれば「子孫繁栄の技術鍛錬を」と言ってきそうな妻アカネも。


 ずいぶんと慣れて来たこともあり、以前の、普通の生活に戻ったか、と。


 ある意味、懐かしい気もする。


 リビングの大型テレビで、大迫力のゲーム画面。


 夫婦のお気に入りのリアルタイプなカーレースゲーム。


 CPUをぶっちぎって、夫婦でデッドヒート。


 コーナーで左右に揺れる妻アカネが、ぼそっと。


「女の子の日だからしばらくダメなのよねー」


 以前はアカネの『ちょっとエッチなセリフ』で妨害されていた雪人も成長し、今や。


「まぁ、仕方ないよね。お大事に……」


 さらりと受け流せるようになり。


「むぅ……効かないかぁ……ハンデちょうだい、ハンデぇ」


「しょうがないなぁ……ワンランク下の車種に換えるか……」


 妻には甘い、甘々、旦那。


 まだしばらくは、仮ではあるも。


 幼い頃から『妻に』『夫に』と、から言い聞かされて。


 本人たちも以前からずっと、既に夫婦のつもりで。



 そんな夫婦で仲良くレーシングゲームを少々嗜んで。


「さて、乾いたかな?」

「お? もうそんな時間かー」


 ベランダに干していた着色した物体オブジェクト


 ちょん、と、指先で触れて、塗料が乾いている事を確認して。


「ん、乾いてる乾いてる……さて、じゃあマスキングして……あ!」


 何かに気付いて大声をあげる雪人に、しかしアカネは慌てず。


「どうしたの? 何か問題?」

「マスキングテープ、買ってこなくちゃ……」

「あー、それなら……」


 アカネががさごそ、と、机の下のキャビネットの引き出しから。


「これ、使えるかな? これもマステだけど」


 表面にカラフルな模様の付いたテープをアカネから手渡されて、テープの端を少し持ち上げて、粘着性を確認。


「……なんでマスキングテープなんて持ってるの?」

「? 女の子ならたいてい持ってるよ、マステ」

「何に使うのさ?」


「んー、色々、かなー。スマホをデコったり、カバンとかノートに貼ったり」

「あー……ファッション、的な?」

「うんうん、そんな感じ」


「だからこんなにカラフルなんだ……」

「そーそー。いろんな種類がいっぱい売ってるよー」


 なるほど、納得、なるるん。


 女装をして、女心を学ぶ雪人としては。

 そういった女子力とまでは行かずとも。

 女子的なアイテムや女子的な趣向に、もっと興味を持った方がいいかも、と。

 思ったり思わなかったりしつつも、作業続行。


 本来の用途として使うにはもったいないような気もしなくないが。


「いいの?」

「うん。そのデザインはもう古いやつだから、使っていいよー」

「じゃぁ、遠慮なく……」


 と、言う事で、妻の助力もあり。


 物体オブジェクトにマスキングテープを切り貼り、切り貼り、切り貼り。


 少し切っては、貼り付け。少し切っては、少しずらして貼り付け。これを繰り返して。


「丸く貼るのって難しいのね……」

「うん。テープが直線だからね。曲面に曲線にしながら貼るのは結構難しいから、細かく切って多角形にしちゃう方がやりやすいんだ」

「なるほど……」


 難しい話はよくわからないアカネ。


 見てると、ちまちま、ちまちま、と、面倒そうな作業ではあるが。


 しかも、それを左右、ふたつ。


 しかし。


 少しづつ、形を成してゆく姿を見ているのは、少しわくわくもしなくもない。


「できたね」

「うん」


 両側のにマスキングテープで円を描ききって。


「あとは周囲全体をコピー用紙で覆ってテープで止めれば……」


 二か所だけ、円形にちょこん、と顔を出した物体オブジェクトに。


「さて、ここにまた濃い色をスプレーするよ」

「はいはーい、カシャカシャ、やりまーす」


 カシャカシャ、担当、アカネ。


 スプレー缶を振って塗料と溶解液を混ぜ合わせる作業がお気に入りになったアカネ。


 バーテンダー風に、スプレー缶を振り、振り。


 夫婦の共同作業が、まだまだ。



 つづく。




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