第9話──5「乱入」


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「あのさ、一旦ちょっと引っ込んでてくれない? 今おたくらのお仲間さんたちの相手に忙しくてさ。それ終わってから、いくらでも好きなやり方で殺してあげるから」

「それはターシェン様にお伝えください。わたくしはどちらでも構わないので。まぁ、お聞きにならないでしょうね。お祭りごとが好きなお方ですので」

「だろうね。馬鹿はお騒ぎが大好きだからね」

「……お言葉ですが。あまりわたくしの前でターシェン様を侮辱なさらない方がよろしいです。惨殺しますよ」

 シザクラの前に立ちはだかるフォルは槍を頭上で振り回し、後ろ手に長物を構える。その紫に光る視線には、冷静な殺気が込められている。シザクラの一挙一動見逃すまいと隙が無い。

 こいつは本当に、ターシェンの催眠魔法に掛かっているのだろうか。それにしては本来持ち合わせているであろう身体能力をいかんなく発揮しているように感じる。感情もそこに乗っかってる気がする。ターシェンの魔法はそれほど精度が高いものなのだろうか。

「じゃあお言葉を返すようだけれど。あたし的には君を殺しても問題ないから。ちゃんと済ませてる? ターシェンとかいう奴への最後の挨拶は」

「あなた様も、フィーリー様とのお別れは済ませましたか?」

「いらぬご配慮どうも。必要ないんで」

 一瞬の静寂。周りの音が凪いだように聴こえなくなる。

 地を蹴ったのは同時。次の瞬間には槍の矛先と刀がぶつかって弾け、火花を散らす。

 横振りに向かってくる槍。それを刀で受ける。飛んできたフォルの蹴り。爪先を前髪の先に掠れるくらいで避ける。

 続けざまに槍の突き。絶え間なく打ち出される連撃を、シザクラは避け、刀で受け流し対処する。

 そして縫い目を狙って刀を突き出す。フォルは頬に刃が掠れる程度に避けて、カウンターで槍を薙ぎ払う。シザクラは飛び退いてそれを避けた。足のところに、矛先が掠って傷が出来た。やっぱり長物は厄介だ。リーチが長い。

 そんな厄介な得物を軽々と素早く使いこなすこいつが、何よりも厄介だった。こっちは一太刀でも致命傷を刻むくらいで刀を振っている。それをこいつは紙一重で受け流すのだ。

 さっき相手にしていたツヴィより、体術は段違いに上。だが上手く攻められないのは向こうもそうか。それを表情に現さず仮面でも付けているかのような顔をしているのが癪だけれど。

「おいターシェン! そいつらは俺とリンゲの獲物だ! 勝手に介入してくるな!」

 不意に声が割り込んできた。ツヴィだ。奴はジニアが作り出した岩の手から抜け出して高く舞い上がっていた。やばい。さすがにこの状況で乱戦になるのはあまり良くない。フィーリーを狙われて、ターシェンと共に攻められたら、さすがの彼女も苦しいかもしれない。

 だがこちらに向かって来ようとしたツヴィとリンゲの前に、透明な結界が張られた。違う。シザクラとフィーリー、そしてフォルとターシェンたちがいる場所を大きく囲むようにして、半円球状に結界が下ろされたのだ。

 フィーリーかと思ったが、肌で感じるこの魔力は違う。かと思えば、ターシェンの耳に障るような高笑いが聴こえた。

「うっさいなぁ。こっちはずっと前から予約してるんだっつの。いいからそっちの残飯処理だけしててよ。こっちはあーしたちに任せなって。こっちはこっちで、楽しく踊らせてもらうから」

 ターシェンが愉快そうに言い放ち、空に浮かんでいるフィーリーを見据えていた。結界を下ろしたのは彼女らしい。

 ……こいつ。前もそうだが純粋に楽しんでやがる。不愉快だが、それに助けられたのは事実。これでフィーリーやこちらが、余計な横槍を入れられることはなくなった。

 だが、懸念はもう一つ。結界に入れないということはこちらからも出られない。町一つ壊滅させたツヴィとリンゲ両名を、レンウィたち、そしてルーヴとジニアに相手をしてもらわないといけなくなる。

「シザクラさん、フィーリー! こちらはお任せを。わたくしたち、ここで死ぬつもりはありませんわ」

「この兄弟はこっちに任せて大丈夫なんですけどぉ! ……むふふ、ここで大活躍して騎士団に借り作って、スポンサーへの足掛かりゲットってカンジ? んー、ジニアってばほんと大天才すぎっ」

 ルーブの声と、何やら下心満々なジニアの返事が来た。少し不安だが、彼女たちに任せるしかなさそうだ。いざとなれば、この結界をぶち壊してでも彼女たちを、レンウィたちを守る。

「シザクラ様。わたくしに集中を。死にますよ?」

 意識を外したのは僅かだったはずだ。だがもうフォルはシザクラの目の前にいた。……やっぱこいつはやばい。悠長なことを考えている場合ではなさそうだ。突き出された槍を、首を動かしてかわす。

(このままじゃ埒があかないな……)

 お互い一歩も譲らず、刃を振るう。膠着している。とにかく一刻も早くこいつを片付けて、ルーヴとジニアに加勢したい。

「……どうしました? まさか、わたくしに不殺で挑むおつもりで? それとも、仲間を放棄して尻尾を巻きますか?」

 シザクラはフォルから距離を取り、刀を手に持った鞘に納める。フォルが不可解そうに言ってきた。

「構えといた方がいいよ。首か腕、どっちか飛ぶから」

 鞘に納めた刀を腰に据えたまま、シザクラは低く構える。地を踏みしめ、足に反動を溜める。さっきツヴィを相手取った時よりも数倍。力を込めた。

 引き千切れる寸前まで張った糸のような殺気に感づいたのか、フォルが咄嗟に槍で体をガードする。その瞬間には、シザクラは地を跳んでいた。

 必要なのはたった一歩。それだけで瞬く間も与えず相手の懐へ。守りの体勢に入りつつあったフォルとすれ違う位置に到達する。

「居合、春雷」

 刀を抜き、斬る。再び鞘を納める頃にはフォルの背後に着地している。

 遅れて。フォルの胴から血が噴いた。しかし浅い。事前にターシェンに風の魔法を纒わせてされて、威力を相殺されたか。舌打ちする。

「……なるほど。抜刀術という者ですか。東の大陸の都に伝わる剣術ですね。見事です。ターシェン様の加護がなければ、胴体が二つになっていました」

「深手を与えたつもりなんだけどな。その傷でまだ動けんの? 君、もしかして魔族だったりする?」

「人間です。あなたも人のこと言えた義理ではないかと思いますが」

 斬り裂かれた使用人服に滲む血も物ともせず、フォルは槍を構え直す。

「しかし、わたくしもあなたの技を見切りました。今ので仕留めきれなかったのが、あなたの敗因です」

 真横に槍を携え、フォルが斜めに体勢を変え地面を踏みしめる。

 先ほどの自分と同じ動き。まさかと思った時には、離れた場所にいた彼女の姿が消えている。

「ッ……! ぐッ……!」

 ほとんど反射的に身体の動いた勘だった。咄嗟にガードした刀に凄まじい衝撃が走る。吹っ飛ばされないように何とか足を踏ん張って、地面を後ろに擦り下げられていく。体勢を崩した途端追撃が来るのはわかりきっていた。

 足の付け根、肩、頬。受けきれなかった斬撃が掠り、流血する。おそらくは槍の突きの連撃だ。

「……さすが、と褒めてほしいですか。まあご自分の技ですし、勘任せで防御したんでしょうが」

「……見通しか。マジで可愛くないな君」

 頬の血を拭ってシザクラは後ろに着地したフォルを振り返り苦笑う。

 あの一瞬で。しかも長物の槍で。シザクラの居合斬を模倣された。それもスピードを更に上乗せして。

 だがシザクラも、目で捉えられた。僅かな間、槍を振るう直前の彼女の姿を。

(……次は、捌ける)

 速さの競い合い。自分とぶつかれる相手がいることにシザクラは驚きつつも、気を極限まで引き絞る。一瞬でも気を抜いた途端、斬られる。相手もまたしかり。これはそういう戦いだ。精神の削り合い。先に僅かでも抉れた方が負ける。

(こっちはまだ奥の手があるけど。それは向こうもおんなじか)

 たぶん思考が似通っているのだ。だからお互い奥の手をぶつけない。安易に使えば、すぐ対応される。だからほんのわずかな隙が出来るまで、ぶつかる。これはそういう戦いだ。少しの油断が、どちらかの死に直結する。久々だ。そういうのは。

 ふと頭上で、激しく何かが爆ぜる音と、閃光が瞬いた。フォルと二人で見上げる。

 浮かび上がったフィーリーとターシェンの間で。渦巻く炎と風がぶつかり合い、何度も瞬くように弾ける。次に水の巨大な球体のような塊が、一瞬で凍り付き、衝撃で砕かれる。地表に、雪の如く結晶が降り注ぐ。

 これが魔法の戦い。自然に宿る力の発散、それの押し合い。幽霊船の時より、明らかに両者の力は高まっている。魔法もここまで研ぎ澄ませば、完全に人智を超えたかのような戦闘になるのか。

「……どうやら向こうも始まったようですね。こちらも、始めましょうか」

 フォルもその幻想のような光景に目を奪われていたようだ。改めて両者、武器を携え向かい合う。

「あたし忙しいからさ。……最速で行かせてもらうよ」

 フィーリーは大丈夫。彼女は絶対負けない。だが、未知の魔族二人を相手取るレンウィ、ルーヴとプティ、ジニアたちが心配だ。

 早く片を付けたいが、その焦りすら油断になる。目の前の敵に集中し、シザクラは再び鞘に納めた剣を低く構えた。

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