その思い出は修繕を望まれない

第27話遺産を探すS級冒険者



「今日も新しい剣を作ってくれないのかよ」


 アリテの店で、ユッカは頬杖をついた。


 アリテが剣を打てない理由は知ったが、それでも剣は欲しい。だから、たまにユッカは強請ってしまうのだ。打ってくれなくともいいのだが、もはや口癖になっているのである。


「そりゃあ、打ってくれなくともアリテのことが好きなのは変わらないよ。でも、打ってくれても変わらない。アリテがアリテならば、俺は好きだし」


 怠惰に任せて自分はとんでもないことを言ったのではないか、とユッカは気がついた。だが、時すでに遅し。口から出た言葉は戻らない。


「アリテ!」


 これには変な意味はないと言おうとしたら、アリテはユッカに飴を投げてきた。それを空中で捕まえて、条件反射で口に放り込む。リンゴ味の飴だった。


「あなたもしつこいですね。ほら、飴をあげるから黙りなさい」


 ユッカは大きな飴を噛み砕きながら、このときばかりは子ども扱いされることに安堵した。アリテは、ユッカの言葉をなんとも思っていないようである。


「そんなに騒ぐんなら、次からは剣型の飴を作って……だめですね。飴を炉にくべたら蒸発します」


 飴の剣を作りたいのならば、作り方は本物の剣に準じなくてもいいのではないだろうか。ユッカは、そんなことを考えた。


「というか、飴細工でもやる気なのかよ……」


 手先の器用なアリテならば、出来るような気がする。逆に言えば、アリテが出来ないものというのが想像できない。舞踏に関しても、それなりに器用にこなしていたし。


「おい、ここがアリテっていう奴の工房か?」


 店に入ってきたのは、ユッカには見慣れない男だった。格好からして旅慣れた冒険者なのだろう。小山のように大きく、持っている剣も体格に相応しい大ぶりのものだった。


 アリの一件があるから、どうしても流れの冒険者にはユッカは良い顔が出来ない。さわぎだけは起こしてくれるなよ、とユッカは内心では考えていた。


「ファル……。どうして、ここに」


 アリテの驚いた声と同時に、鍛え上げられた腕が彼に伸びる。ユッカが危険だと気がついて剣を抜いた時には、アリテはファルと呼んだ男に首を締められていた。


「アリテを離せ!俺は冒険者だ。その手を話さないと容赦はしないぞ!!」


 ユッカはファルに剣を向けるが、それを彼は恐れない。むしろ、見せつけるようにアリテの首をさらに強く締め付けた。


 ファルという男は、アリテが人質であることを見せつけるために動いている。ユッカは、渋面を作った。


 ファルは、他人を痛めつける能力に長けている。ここでユッカが助けを呼ぶために逃げたら、アリテがもっと痛めつけられる可能性があった。だからこそ、ユッカは動くことができない。


「久々だな、アリテ。さっさとアイツが残した遺産の場所を吐け!遺産は、同じパーティーだった俺たちのものだ!!」


 ファルの手の力が、少し弱まったらしい。


 アリテが「けほり」と小さく咳をした。


「だから……ずっと言っているじゃないですか。あの人は財産を使い切ったって」


 ファルは、アリテを投げ飛ばす。


 店の壁に体を打ち付けたアリテに、ユッカが急いで駆け寄った。アリテの首には、絞められた跡がついている。男が本気でアリテを締めた証拠に、ユッカの頭に血が上った。


「おい、もう許さないからな!!」


 ユッカは、決めた。


 この男を切る。


 しかし、その前にアリテがユッカの肩を叩いた。アリテは首を横に降って、戦うなとユッカに告げる。アリテには、ユッカがファルに敵うとは思ってはいなかった。


 そして、辛そうな顔をしている。その顔は、首を絞められただけでは説明がつかないものだ。


 間違いない。


 ファルは、昔のアリテを知っている。そして、アリテの過去に密接に関係しているのだ。恋人を失くしたという過去に。


「ユッカ、やめてください。彼は、S級の冒険者です。B級のあなたでは敵いません」


 S級という言葉に、ユッカは目を剥いた。


 究極の実力者であるS級冒険者は、数えるほどしかいないはずだ。その一人が自分の目の前にいる事実が、ユッカは信じられなかった。


「S級って……もっと凄いはずだろ!!」


 ユッカは、叫んだ。


 その叫びに、アリテとフォルは呆然とした。ユッカの言葉は、あまりにも予想外だったのだ。


「S級冒険者っていうのは、もっと人格者で強そうなもんだろ。それこそ竜を一撃で倒したり、拳で地面を割ったりできそうな人間のはずだ!」


 ユッカは、そのように断言する。


 ユッカの想像によると、S級冒険者は人間ではないことになる。どこの世界に竜を一撃を倒し、拳で地面を割ったりするような人間がいるものか。ユッカは憧れるあまり、S級冒険者を人外の怪物だと思うようになってしまったらしい。


「夢を壊して悪いが……S級だって人間だ。そんな活躍は出来ない!!」


 フォルは、断言した。


 そんな勘違いをされたら敵わないというふうである。


「とりあえず、お前は駄目だ。弱者を踏みにじるような人間は、S級の失格だ!」


 ユッカは、フォルを睨みつけた。


 フォルも生意気な若手であるユッカを睨んだが、その沈黙を破ったのはアリテであった。


「……誰が弱者ですか」


 床に座り込んでいたアリテは立ち上がり、改めてフォルを見た。そして、大きなため息をつく。


 けれども、何かを思い出したかのように頭を下げる。出来るだけ他人行儀な雰囲気を作り出そうとしているようであった。


「お久しぶりです、フォル。あれから何年も経つと言うのに、まだ遺産を探しているというのですか……。あの人は、遺産は使い切ったと何度も言ったでしょうに」


 アリテとフォルは、やはり古い知り合いらしい。


 『あの人』や『遺産』といったユッカには分からない言葉が何度も交わされているが、二人はそれを通した知り合いであったらしい。


 アリテは他人のように振舞っているが、二人の間には過去には親しかったという名残のような雰囲気がある。そんな雰囲気があるというのに、ファルはユッカの首を絞めたのである。それほどまでに、ファルは遺産を求めていた。


 怖い、とユッカは思う。


 ファルが怖いのではない。


 ファルという男を狂わせる遺産が怖くて仕方がないのである。


「アイツは、そういう性格じゃない。お前のことだから病弱の姉の治療費に、アイツの遺産を使ったんだろ。それでも余ったはずだ!」


 ファルは、アリテに再び詰め寄ってこようとする。


 ユッカは、ファルとアリテの間に入った。そして、出来る限りの大声で叫ぶ。


「こっちに近付くな!アリテには姉なんかいないぞ。この町に来たのは、アリテ一人だったんだから」


 姉がいたとアリテの口からは聞いたことがない。だが、そもそも家族のこともほとんど聞いたことはなかった。ユッカは、アリテの過去を少しも知らないのだ。


 けれども、アリテは出会い頭に首を絞められるような人間ではない。だからこそ、ユッカはアリテを今でも守ろうとする。


「ユッカ……退いてください。これは、私の過去の話です。あなたには関係がないんです」


 アリテは、ユッカを退けた。


 助けなどいらないとでも言うようなアリテに、ユッカは少しばかり心配になった。けれども、アリテの横顔には決意があった。自分よりも圧倒的に強いファルに対して、一歩もひかないという決意である。


 恐いほどに、アリテの肝は決まっている。そして、それに対してユッカを巻き込む気はさらさらないのである。


「アリテ……俺のことを信用できないのか?」


 ユッカは悲しくなったが、すぐにアリテは違うのだと言った。


 ユッカは子供だが、それを頼りないと思っているのではない。ましてや、友人ではないかという理由で遠ざけようとしているのではない。


「これは、私と古い友人の話です。あなたを巻き込んではいけない話でもあります。だから、今日は……」


 アリテが最後の言葉を言う前に、女性の声が響いた。


「兄さん、アリテ!やめてよ!!」


 ファルとアリテの間に入ったのは、小柄な女性だった。


 自分の身長を上回る杖を持った女性は、間違いなく魔法使いである。魔法使いの人口はかなり少ない。そして、荒事を生業とする冒険者という職に就く魔法使いは、もっと珍しいものだった。ユッカも初めて見るほどだ。


「……テカ。あなたもファルのくだらない財産探しの旅に付き合っていたのですか?なんて愚かしい」


 冷たく吐き捨てるアリテには、今までには見たことがない薄情さであった。そんなアリテに、フォルは拳を振るう。顔を殴られたアリテは、再び店の壁に叩きつけられた。


「惚れていた男の面影を追うのが、そんなにくだらないことか!お前は、どうしてテカに対して冷たいんだ!!」


「兄さん!!」


 アテの悲鳴のような言葉を聞きながらも、アリテは何も答えない。


 そして、なにかをあきらめるように首を横に振った。テカに優しくするのは無理だという意思表示なのだろう。ファルは舌打ちをして、アリテに背を向けた。


「……俺たちは、この町に滞在しているからな。いいか、住人に迷惑をかけたくはなかったら早めに財産をありかを話すんだぞ!!」



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