第16話冒険者の正体



 飯屋の女将は、旅の人間の話を聞くのが好きである。故に、町の外の情勢にも詳しい。そんな彼女が、アナは本物の流れの冒険者だと判断した。アナが、ちょっとした物知りであったというだけでは説明がつかない。


 人間は、好きなものほど見る目が厳しくなるものだ。だからこそ、女将の話は信憑性があった。それに対して、アリテはあっけらかんと答える。


「アリは、旅の商人ですよ。そして、剣の腕がなくとも盗賊避けに帯刀をする人間はいます。重いのを嫌がって刀身のない剣を注文することだってあります。私の所にも、そのような剣を作って欲しいという依頼が来たことが……」


 アリテは、ユッカから目をそらした。ユッカは「俺の剣は打ってくれないくせに……」と膨れていた。


「俺が商人だって、どうして分かったんだよ」


 あきらめたらしく、アナは大きなため息をついた。


 筋肉のハリボテを剥いでしまえば、アナは平均的な体つきの男性だった。旅をして商品を売り歩く商人であるので、普通の町人よりは筋肉質であるが冒険者にはいたらない。


 このままアリが冒険者だと名乗ったら、信じないまではいかないが不審には思ったことであろう。


「旅続きの冒険者が一目でアイロンを見抜いたりしたので、変だなと最初は思ったんですよ。流れの冒険者は独り身のことが多くて、アイロンを目にする機会は少ないですから」


 アイロンは、見慣れていなければ柄杓にも思える。ユッカはアリテの店に入り浸っているので、修理をしたアイロンを見たことがあった。しかし、普通の男ならば縁遠い家事の道具である。


 そして、男性が面倒くさがる家事の一つである。旅人ならば、なおさら縁遠い家事でもあろう。流れの冒険者は独身のことが多いので、アイロンを見抜く人間は珍しいとアリテは思ったらしい。


 だが、商人ならばアイロンを取り扱うことがあるはずだ。アリテが、それを理由にしてアナは商人であると睨んだようである。


「あと、旅をする人種の中では商人が一番らしいかなと。布教をする宗教関連の人などにも見えませんでしたし」


 旅をする人種というのは限りがある。郵便物を持った人間や放浪癖がある人間。布教のために旅をする宗教関係者。税を納めに行く人間などである。そのような人間のなかでは、商人が一番アナの正体に近いとアリテは考えたようだ。


「それに、商人あったら珍しい剣も手に入れられます。さて、謎解きの時間は終わりです。……お水をください」


 顔を真っ青にしたアリテは、女将に手を伸ばした。まだ気持ちが悪かったのかとユッカは呆れたが、同じ大人としてエアテールはアリテに同情的だ。


「おい、そんなに酷い二日酔いなのか?」


 エアテールは、アリテに駆け寄る。


 アリテがエアテールに何事かを耳打ちする様子をユッカは見た。何があったのだろうかと考える前に、エアテールは口を開く。


「もう駄目だ。こいつは、家まで送っていく。ついでに、アナも引っ張って事情を聞いてくるから……皆はここにいてくれ。手伝いは、ユッカだけでいい」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る