第4話

 満照のお祖父さんが死んだ時に、だから多分僕は満照の〈親友〉になったんじゃないかと思うんだ。その後の例の出来事の時、満照は躊躇なく僕のことを「親友だから」と答えてくれたのは、あの時に何か小さな信頼関係みたいなのが生まれていたんじゃないかと思うから。そう口数の多い方じゃない満照は、僕には何も言わないんだけどね。

 それで今日、満照に僕の妹が入院した話をした時にも、短いやり取りだけで終わったっていうわけ。

 僕が病院──それも、入院患者がたくさんいるような大きな病院に、自分の妹のお見舞いといえども、行くわけがないじゃないか。そこにどれだの人数の病死予備軍がいるのかと思うと、さすがの〈人でなし〉の僕でも震え上がるよ。

 何よりもし、妹から死を感じたりするのが一番──正直、怖い。

 母親いわく、「肺炎をこじらせちゃった」だけの妹が死ぬわけがないんだけど、もともと小児喘息だったらしいし、今まで水泳部で大活躍してきただけに、呼吸器にかなりの負担を強いてきたんじゃないかとか、医学的な知識なんかこれっぽっちもない素人だからこそ勘繰って考えてしまう。

 満照はそんな僕の心中を察して、妹のお見舞いにもに行かないという僕を責めなかったんだし、母親なんかは「あの子はすぐに帰ってくるんだし、別にあんたが行っても何の役にも立たないんだから、勉強でもしておきなさい。ついでにお父さんの夕飯も温めてあげてね」とか言って、家事を僕に押し付けてしまう始末だ。

 まぁ、父親も仕事から帰ってそのまま家にいるということは、妹の状態は僕が心配しているほどに悪いわけではないんだと思う。医師がヤブでないのなら、ね。母親も夜になる前には帰ってくるし。単純に妹が寂しがるから一緒にいるだけなんだろう。そういうところはまだまだ中学生だ。

「妹ちゃんは、ケータイ持って行ってるよな?」

「だろうね。今時のJCだし」

 ちょっと前にスマホに変えてもらって大喜びしてたからなぁ。

 次の日、始業式の翌日な上に、午後の授業が体育と音楽だったということから、僕たちは四時間目が終わってすぐに、学校を出た。つまりはサボりだ。引きこもりができなかった腹いせではないけれど、なんとなく学校でボサーっとするくらいなら、家でボサーっとしてる方を選びたい気持ちだったのだ。

 もともと遅刻魔で早退の鬼(?)である満照は、はなから体育や音楽の授業を受ける気もなかったようで、弁当さえ持参していなかった。

「病院ってケータイOKなのか?」

「一人部屋だし、うるさくしないならいいんじゃないのかな? あいつの友だちがお見舞いに来たりする方がよっぽど迷惑だと思うけどね」

「確かに、賑やかそうだな」

「だね」

 ボサーっと帰りの電車に一緒に乗りながら、ポツポツとしか僕たちは話さない。まぁ、必要最低限のことが伝わればいいし、困ったことがあっても家は向かいだし、何か用事があればすぐに行けばいい。そうやって、これまで難なくやってきたんだし。

 僕の妹の情報も最低限しか話してないせいで、多分満照は妹の病状はわからないはずだ。僕だって正式な病名を聞いてないんだし、よく考えると薄情だけど、それは暢気な母親のせいでもあると思う。言うにしたって、「肺炎をこじらせた」はないだろう。まぁ、医師からそんなアバウトな説明を受けたっていうんなら仕方ないけど、まさかそんなことはないと思うし。

 どのみちきっと妹は、そう遠くないうちに「こじらせた」という肺炎のようなものを逆向きにひねって治し、何事もなかったかのように帰ってくるんだと思う。夏休み明けの中学三年生は確かそんなに暇はなかったと思うし、当時の僕よりは成績が上のようだから、受験に対してもきちんと考えているに違いない。こんな時期に長い間入院などしていたくないはずだし、あいつなら気力でなんとかするだろう。

 黙ったまま、やたら長身でイケメンの男子高校生と一緒に同じ駅降りた僕は、そこで久々に〈来た〉のを感じた。いや、〈来た〉ことを感じたのが久々なだけで、僕はいつでも死にたがっているから、今更説明は不要なんだろうけど。

 あ、今、死にたい──という感覚が、激しく〈来た〉んだ。

 何故ならそこに、かつて僕を親友だと言った満照に辛い思いを(多分)させた、あの例の女子がいたからだ。

 普通ならそこはむしろ、「こいつ殺したい、または死ねばいいのに」とか「何か意地悪なことをしてやろうか」なんて考えるのかも知れないけど、僕が死にたい理由は体質のことも含めさまざまなので、何の拍子に〈来る〉かがわからない。とりあえず死にたい。今すぐ、死にたい。

 その名前も忘れてしまった女子は、平均レベルの僕たちよりもよっぽど低い、よく受け入れてくれたよねってくらいの底辺の女子校に通っていて、それは地元にあったりする。彼女は電車通学の僕たちとは違って、小中高と家の近所をうろうろしているわけだ。さすが底辺。交通費が浮いて結構なことだね。

 その女子は駅から出てきた僕たちをなんとなくちらっと見たけど、別に今更何の興味もないらしく、文句を言ってくるでもガンを飛ばしてくるでもなかった。ただ、ガラと頭の悪そうな他の二人の女子と、何やらおしゃべりをしているだけだ。

 満照だって全然何も思っていないようだし、まぁ実際とっくにあんな幼稚な出来事なんか忘れ去ってるに違いないんだろうけど、僕はその女子を見るだけで吐き気がした。

 だってさぁ──この子、もうすぐ死ぬみたいなんだもん。

 三日後かどうかは知らないけど、一ヶ月以内には病死する。一見元気そうだけど、実は何かしら病気を患っているのか、突発的に心臓発作や脳梗塞を起こすのかまではわからないけど。

 そりゃ僕もね、自分の能力がどこまで確実なものなのか、気軽に検証したことはないよ。それじゃあ、一度見た病院の赤ちゃんや老人を毎日見張ってなきゃいけないことになるし、どこの誰かも知らないのに、そんなストーカー行為をするほどの熱意もないし。

 ただ、わかる範囲でなら、だいたい当たってる。テレビに出てる有名人の訃報はすぐに流れてくるから間違いなくわかるし、残念ながら外したことはないんだ。近所に住んでる人ならどこの家の人かくらいはわかるし、そこで葬儀があれば「ああやっぱり」って思うでしょ?

 通学の電車内や、コンビニでちょっと見ただけの、見ず知らずの若い人が死ぬってわかっちゃうとさ、やっぱり真っ赤な他人である僕でも少し辛い。いや、辛いっていうのとは違うかな。なんか、申し訳ない。僕はこんなに生きていても仕方のない人間だし、自分自身でも死にたいと思っているのにまだだらだらと生き長らえていて、多分生きていれば明るい将来があったり、未来に役立つ何かを作り出せるかも知れないような可能性を、僕よりは確実に秘めているはずの人が死ぬんだ。

 そんな人を見るたびに僕は、「ああ、僕が変わってあげられるといいのになぁ」って、僕自身のために思う。別に人助けをしたいわけじゃないからね。僕が死にたいだけで。

 まぁそんな感傷的に思われそうな自己中心的感覚はどうでもいいんだけど、ああ、この子もうすぐ死ぬのかぁ、って思うと、さすがにあんな嫌な過去があったとしても、〈知り合い〉というくくりに入ってしまうせいか、気分はよくない。

「何? お前顔色悪いけど、大丈夫?」

 思わず立ち止まってしまった僕を振り返った満照は、本気で僕の顔色が悪かったのか、駆け戻って来てくれた。女子たちは気にも留めずにおしゃべりに夢中なのが助かる。何をそんなに話すことがあるんだろうって、不思議ではあるけど。

「またか?」

 知ってくれている、というのは便利だ。何も言わなくても伝わるのはいい。何より、この変な能力を信じてくれているのが嬉しい。

 僕は吐き気をこらえながら、ひとまず頷くだけはできた。声を出したら何か別のものも出そうだったから。

 満照は僕を駅のトイレに引っ張っていき、個室に放り込んでくれた。鞄は持ってくれている。

 こんなにイケメンで気も利くのに、無口で性格が見えないせいか、女子には何度も告白されるのに、同じ数だけフラれるなんて理不尽だなぁって思う。あと、見かけはスポーツマン風の爽やかイケメンなのに、実際は運動も勉強も平均的で、爽やかさの「さ」の字もないのを確認もせずに、満照のことを何も知らずに顔だけ見て寄って来る頭の悪い女子が多すぎなんだよ。そのせいで、満照は結構時間を無駄にしている時期もある。告白なんて、断ればいいのにねぇ?

 まぁ満照のことだから、断るのすら面倒で、とりあえず適当に付き合ってる顔をしてフラれる方が楽なのかも知れない。自分は何も話さずに済むし、その間になんとなく始まってプッツリと終わるんだろうな。僕は当然女子と付き合ったなんかないから、これは想像でしかないんだけどね。

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