05-01 未来を考える人たちは pt.01

「まず……私たちZOASTゾーストは、あなた方三人ギルドメンバーに迎え入れる予定でいます。そのために今日、こうしてあなた方を誘わせていただいたんです」


 渋谷に林立する高層ビルの中でも一番新しく、一番高く、一番デザインがうるさい、渋谷スクランブル・スカイ、通称SSビル。

 オフィスビルと商業ビルが合わさった地上四十八階建て渋谷新名所。

 その四十七階に深月がオススメする……カフェ……? は、あった。


「お三方とも、非常に希有なアイテムをお持ちのようで……その力を我々ZOASTゾーストと共に振るい、世界を変革する仲間となっていただきたい。我々はそう考えています」


 このSSビル内にオフィスを構える企業の人しか予約がとれない、って有名なカフェ・バー・レストランMidミッド

 量産品じゃない、一点一点、凝ったデザインの机と椅子。うるさくない程度、壁に飾られた美術品の数々。広々とした空間を、落ち着いた間接照明が照らしてる。お店ってより……なんか、動画サイトの豪邸紹介みたいな企画で出てきそうな、お金持ちの家、ゲストを迎える応接間、そんな感じがする場所。渋谷の街を一望できる窓際の席。そんな場所で、たぶん一杯千円以上するコーヒーを手に、ぼくはひたすら混乱してた。


 三トンのCEO。

 深月ヴィクトリア。

 世界トップテンお金持ちの一人。

 SSビルのオフィス部分はすべて、三トン関連会社。っていうかビル自体、三トンの持ち物件らしい。


「ふふ……いい眺めでしょう?」


 予想もしなかった展開に呆けたままのぼくらを見て、深月は軽く笑って言う。


「……あの……世界を、変革する、とは……?」


 さっきまでの勢いはどこへやら、小さく縮こまってしまったエマが言う。

 ぼくより居心地悪そうにしてる彼女は、さっきからコーヒーに手もつけない。

 お嬢様とはいえ、さすがにレベルが違う深月に圧倒されてるのかもしれない。


「我々はこの新異世界黙示録を勝ち抜き、とある製品の実現……それに必要な技術のすべて、ZOASTゾーストが習得することを目的としています。SFではお馴染みのものですが、現状の技術では実現不可能とされているものですね。おわかりになりますかしら?」


 ぼくらの向かいに座る深月は、コーヒーを傾け、少し笑った。


 シンプルなビジネスカジュアル、って感じの楽そうな格好。

 でも、その作りの良さから絶対的お金持ちオーラを漂わせる服装。

 ぼくより頭一個分は高い身長に、目を奪われる綺麗なプラチナブロンド。

 日欧ミックス(ハーフと呼ぶな運動の急先鋒)。

 自社開発ファッション製品のモデルを務めることもある美女。

 そんな彼女は……まさしく、この、年収数千万ある人だけが入れます、みたいな店に、最初からいました、みたいにぴったりな存在だった。まるで場違いなぼくらと違って。


「……恒星間航行、あるいは、テラフォーミング技術、とかですか?」


 けど、周は物怖じしてる様子はなかった。

 ぼくとエマと来たら……彼女の誘いに乗ることにしたはいいものの、ビルに入ってからは圧倒的場違い感に飲まれて大人しくしてるっていうのに……周はメロンソーダにピザ、それからパスタにケーキまで三人分頼んでた。昔から、誰を相手にしても物怖じしないやつだったけど、まさかここまでとは。


「それも選択肢ではありました、が……現実世界のルールが書き換わってしまう可能性を考慮すると、没となりました。仮に恒星間航行に関する技術を神々にねだった場合、光速の値や、重力の強さ、諸々の物理法則が書き換わってしまう可能性が、ないとは言い切れません」


 周の答に少し眉を上げ答える深月。

 喋り方がいちいち論理的で……人間と会話してるってより、よくできたAIと会話してるみたいな感じさえあって、ちょっと不思議だった。こういう、社会的に成功してる人はやっぱり、自分の精神をコントロールする術とかを勉強してるんだろうか。そういやなんか、三トン社員必修のマインドなんちゃら法でもう迷わない、みたいな本もあったな……。


「となると、なんでしょう? 完璧なクローン技術や量子テレポーテーションの実現……あらゆる可能性がありますね」

「そうね……お若い方々はきっとご存じではないと思うのですけれど……マトリックス、という映画をご存じかしら? 発想自体は古くからあったものですが、この映画によって人口に膾炙したアイディアです」


 エマがぼくを見て、ぼくは周を見て、周は肩をすくめ首を振った。


「映画の中に、完全なVR技術が登場します。脳に直接繋がるそのVR世界は現実と完璧に同一の感覚を使用者にもたらし、そこは仮想空間であると教えられても思えないような世界。いわばメタバースの最終進化形、とでも言うべき概念ですね。我々はそれを実現するための技術を、異世界の神々に要求するつもりでいます。プロジェクト名はファイナル・アップデート」


ぼくらは顔を見合わせ、互いに少し、首をひねってしまった。

 ちょっと目的がわからない。メタバースなんて……五年後には全部、最新の廃墟になってそうなのに……なんで?


「……なんで?」


 思わず尋ねてしまったぼくを、深月が興味深そうに見つめる。


「……マトリックスという映画では……これは、人間以上の知性を持った機械たちが、人類を飼い慣らすため悪用する技術なんです。機械たちは全人類の精神を仮想空間であるマトリックスの中に、肉体は培養ポッドの中に押し込め、人類の生体電気から電力を発生させ、地球の支配者として君臨する。人類は、いわば機械のための電池となり、その事実にさえ気付かず生を終えていく中、主人公たちはそれに反旗を翻し……と、そういうお話なのですが」


 そこで深月はカップを置き、再びぼくの目を覗き込んだ。

 怖いぐらい綺麗な青い瞳に見すくめられ、背筋に冷たいものが走る。

 外見が怖いわけじゃない。話し方が威圧的なわけでもない。

 それなのに、ただただ、圧倒的な力がひしひし、伝わってくる。


「……それではたった今、機械ではなく我々ZOASTゾーストがマトリックスを作る技術を手に入れ、それを安価に、十年以内に、七十億の全人類に行き渡らせることができるようになった、と仮定しましょう。さて……この時、どんな意見が最も強くなるでしょう?」


 ぼくは首をひねってしまう。

 けど、エマは息をのんで言った。


「マトリックスの中で生きないのは論理的に、また、倫理的にも正しくない……そういうことでしょうか……?」


 ぼくは思わず、はぁ? って顔になってしまったけど……。

 深月は鷹揚に頷いた。


「仰る通り。この技術の要点は、人間の生存にかかるあらゆるコストを極限まで削ぎ落とせる、という点です。仮想現実で好きな生活が思いのまま……というのは、二次的、三次的なメリットに過ぎません。電力と、人間を生かし繁殖させる培養ポッドの維持……人類が生存のために支払うランニングコストがそれだけで済むようになる。実現すればまさしく革命です」


 まだまだ、はぁ? って感じだったけど……徐々に、飲み込めてきた。


「資本主義は無限に発展が続いていくことを前提としたシステムです。ですから、現実と矛盾してしまう。無限に発展をしようとしても……当たり前ですが、それを支えるこの星のあらゆるリソースは有限ですので」


 ぼくもなんとか話に追いつこうと口を挟んでみる。


「……マトリックスの中で地球人類みんなが生きれば……人間が……環境破壊しない、持続可能な感じで、生きられるようになる……的な、話、ですか? あと……人間が生きるのに、物理的なお風呂もトイレもご飯もいらなくなるなら、その方が効率はいい……的な……?」


 深月はくすり、小さく笑って、相好を崩しながら頷いた。


「ええ、そうね。地球の生態系はめざましく回復するでしょう。我が社の試算では、地球の全人類がマトリックスの中で暮らす場合、三百億人以上を地球一つで半永久的に養えると出ています。月や火星に植民地を打ち立てるより遙かに現実的な案です」


 どうしてか、エマはその話を聞いてる最中、わかりやすいぐらい不機嫌だった。

 ぼくと周は、ほうほう、みたいな感じで頷いてたんだけど……。


「もっともそれにはマトリックスを実現する技術の一貫として、現状より最低十倍高効率かつ持続可能な発電……核融合発電などが含まれていた場合、ですが。しかし、そうでなくともマトリックスには、資本主義と民主主義を新たなステージへと進化させる力がある」


 ぼくは周と顔を見合わせ……互いに首をひねってしまう。

 ……話が、大きすぎる。こっちは異世界だけでも持て余してるのに。


「でも……それには……あー……」


 頭がついていかない。

 社会がどうたら、みたいなのはあんまり考えたことないんだ。


「そのマトリックスをZOASTゾーストが独占し、国家に代わり企業が世界を支配する時代を作る……そういうお話ですわね」


 けど、エマは言った。

 敵意むんむんの口調だった。


「当面はそういう形にはなってしまうでしょうね。しかし国家という枠組み、そして我々企業という枠組み自体が、すべて変わっていくでしょう。マトリックス社会が実現した時、どういった社会体制が理想となるのかは、そのマトリックス社会の中で模索されるべきことです。その結果、我々ZOASTゾーストが排斥されることになったとしたのなら、それは止められるものではありません。その逆もしかり、ですが」


 しかし深月はエマの敵意を正面から受け止め、微笑んで言った。


 だんだんとだけどぼくにも、深月の言うことが飲み込めてきた。

 たしかにそんな技術が実現したら……すごいことになる。


 国土や国境ってものの意味が、ゼロになる。

 いや、そもそも国って概念にも意味がなくなる。

 金や石油の価値も、ゼロに近付いてく。

 いわゆる格差、みたいなやつもたぶんきっと、今よりはマシになる。パラメーターをちょいといじれば済む話だ。


 最も重要になる資源は……電力と、演算力と、その原料に……アイディア……? いやでも、その世界で警察力、軍事力はどうなるんだ? いや、いらなくなるのか? だとしても……あ、ちょっと待てよ、人類を仮想空間に完全に繋げられるならそもそも、人類自体をデジタルデータ、単なる実行ファイルにしちゃえるんじゃないか……? そうなるとAIと混ぜてさらに進化させたり……。


 と妄想を始めたところで、ぼくにもわかった。


深月みたいな……こういう元ベンチャー企業のCEOたちが、ある意味で教祖みたいな感じでみんなから崇められるワケが。カッコつけて言ってるだけだってのもあるんだろうけど……。


 ヴィジョナリー、だからだ。

 明確なヴィジョンを持って、その実現のために動く人。

 そのヴィジョンでもって、他者を動かす人。


 でも……なんでわざわざビじゃなくてヴィにすんの?


 ……あほくさ。


 ぼくはきっと、そんな世界になっても本を読んで、ゲームをやってるだけだろう、ってことだけは、何よりもはっきりしてる。

 ……未来をデザインする人たちはいつも、絶対、ちゃんとしてる人たちのための未来をデザインしてる。当たり前の話だけど。

 そこに、ぼくみたいな人たちは絶対、含まれてない。それも当たり前の話だけど。失礼しちゃうぜ、まったく。くそして寝ろ、って感じだ。


「で……ぼくらにも、その目的のために働け、と?」


 ぼくはようやく安心できてコーヒーに手を付けた。敵の姿が見えてくると、恐怖は薄れてく。


「というよりこれは……ヘッドハント、転職スカウトとお考えください」


 そう言うと深月は、パチン、指を鳴らした。

 するとテーブルの上、ぱさりっ、とたくさんの書類が突然あらわれた。

 あの時……ぼくらの横に突然立ってた時みたいな、出現の仕方。まあ十中八九、こういうチカラなんだろう。転移、転送、その類の。


ZOASTゾーストに加入していただけるのでしたら、援助は惜しみません」


 並べられた書類は、その援助についての具体的な資料だった。

 無利子無制限返済義務無し奨学金。国内国外への進学サポート。就職先についての強力な口利き。あらゆる資格取得への徹底協力。一家揃って越せる無料社宅(虎ノ門の超タワマン)についての案内まで……。


「一人頭、一億、かっこ、非課税、って……」


 資料には、協力してもらえればまずそれ、非課税でまったくきれいなお金の一億円を渡すところからスタートします、税理士のサポートも万全、なんて書かれてて、周が少し困ったような口ぶりで漏らす。しかし深月は笑うばかり。


「ごめんなさいね、けちん坊で。足りなかったら仰ってください。私の個人資産から一人につき十倍まではお渡しできますので。ああ、三トンの株式でしたら、契約書にサインさえいただけましたら、今すぐにで」


 ……どんッ。


 そこまで聞いて、エマがテーブルを叩いた。

 ぼくと周は敏感にその気配を察知してコーヒーを守った。


「あなた、ふざけてますの?」


 ぶち切れてる、って言ってもいい顔してた。


「いいえ。真剣です」


 エマに向き合う深月。


「こういった手口を汚いと思われるのは無理もありません。しかし、我々の真剣さをあなた方に伝えるには、この方法がベストでしょう。お三方のアイテム……そして、未だ見せていただいていないスキル……その力が、この新異世界黙示録を勝ち抜くためには」

「そんなことは問題ではありませんっ!」


 どんっ。もう一発。


「あなたは今、他の異世界をすべて犠牲にする、と仰っているのですが?」

「ええ。そうですね……では、お尋ねしますが、宮篠さん……」


 少しだけ、深月の唇が引きつった。

 あるいはそれは……どこか、サディスティックな笑いを浮かべたのかもしれない。


「今こうしている間にも、この地球世界には様々な原因により、不幸が発生し続けています。貧困、政治的混乱、未熟な技術、格差……どこかの子どもが貧困で飢えている中、病苦に苦しんでいる中、虐待に痛めつけられている中、先進国の資産家は地球の未来のため持続可能な技術を持つ企業に投資をし、その収益からマイアミの豪邸に住んでペットにも菜食をさせています。彼の元にヴィーガン・ペットフードを届けるのは、年収二百万円以下のギグ・ワーカー。彼が乗っているのはローンの残ったおんぼろのワーゲン。マイアミの豪邸からの帰り道、車が故障し、修理費に数十万円かかることとなり、彼は破産し……遠からず自殺することになるかもしれません。このような不均衡、不正義を、あなたはどうすべきだとお考えですか?」


 エマが言葉に詰まる。


「我々の試算ですが、マトリックスによる社会が実現すれば……そんな悲惨な出来事を解消できるとは言いませんが、現社会体制を続けるよりは、遙かに減少させられる。物理的な格差はすべて、無意味になりますからね」


 ぎりっ、とエマが歯を噛みしめた音がした。


「宮篠さん。あなたは、地球に生きる自分と同じ人々と、異世界に暮らす見知らぬ生命体、どちらかしか助けられないとして、後者を選ぶのですか?」

「た……他人なわけ、ないでしょう……! 他人なわけ……!」

「しかし異世界との交流手段は皆無です。将来的に転移が可能になったとしても、それは神々の力なしでマトリックス社会を実現させるより、遙かに困難だと思われます。技術的にはおそらく、タイムマシーンの開発に近い。百年二百年では無理でしょうね」


 まあ……それは頷ける話だ。あるいは異世界に行き来する技術を神々に要求する、って手もあるかもしれないけど……それはたぶん、いろいろまずい・・・・・・・


「あ……あなただって、異世界に行ってきたのでしょう!? そして、そこの人たちと……ッ!」

「ええ。異世界で多くを学びました。この会社を興すのにはその経験が生きました。そして……当初ZOASTゾーストでは、異世界との交流技術を神々に授けて貰う、という案もありました。ですが……」


 たんっ。今度は深月が机を叩いた。軽く。

 そして、地獄みたいに笑った。


「彼らが地球に侵攻してくる可能性を考えると、それは絶対にできません。私たちは何よりもまず、私たちの生存を守らなければならない。どのような手段を使い、何を犠牲にしようとも」


 ……ぼくは自分が、この人と同じ危険性を考えてたってことに少し、怖くなった。

 そして彼女が指を鳴らすと、夢みたいなことを書いた資料は消えた。

 机の上にあらわれる、別の資料。

 どうしてか、ぼくたちの顔写真が貼ってある。


「急なお話でしたから少々苦労したのですが、お三方について調べさせていただきました。まず宮篠さん、イギリス帰りのお嬢様だなんて……可愛らしいウソをついてはいけませんよ」


 微笑みながら、つんっ。

 テーブルにのりだしたエマの額を人差し指でつついて押し戻す。


「生活保護の暮らしは大変だったでしょう?」


 ぼくと周が、へ? となった、一瞬の後。

 カッ、と一気に、エマの顔が朱に染まった。

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