ポンコツ社員・僕のweb小説が知らぬ間に上司の女に読まれていた件―社内では冷徹な彼女が見せる笑顔も動揺も、僕が全部独り占め

ヒラメキカガヤ

第1話 磯貝先輩があんまり怒らなくなった

「賀来くん。それ、B4じゃなくてA4用紙」



今日もまたミスをした。



磯貝先輩から、いつものように追撃を喰らうだろう。



覚悟していた。「これで何回目?」「いつになったら分かるの?」「小学生でもできるわよそんなの」と冷徹な眼差しから降りかかる侮蔑に耐える時間がやってきたのだと。



「気を付けてね」



え。



それだけ?



いつもならもっと僕をイジメてくるはずだ。いつも正しい行い、早い判断で部署のピンチを救い、容姿も端麗で社内でも評判のいい女王様の叱責がそれだけ?



物足りないと思った。こんな言い方すると僕がドMみたいだけど、言葉が足りないんじゃないか。逆に不自然で怖いから、僕の何らかを罵倒してくれ。



「あ~あ、ま~た怒られてるよ、お荷物の賀来さんが。俺の先輩なのに」



お前じゃない! このクソガキ! 下田! 後輩のくせに生意気なんだよ! 髪が長いんだよ! 眉毛が細いんだよ! キメが細かい肌してるなこの野郎! もっと男の汚い部分を見せろよ! 



生意気な後輩の無礼を心の中でしつけた。



俺が離れると、先輩は再びキーボードとディスプレイに向き直り、カタカタと、書面を作った。



「磯貝先輩は優しいよな~、あんなポンコツにも怒鳴らない」



「あれくらい仕事が出来ると、周りの人間なんてどうでもよくなるんでしょ。1人分以上の仕事が出来る人だからな」



「顔も綺麗で、茶髪もキレイに染まってていいよな~。身体も男好みなのにもったいないよな」



「おいそれセクハラだろ、コンプラ無視かよ、っはは」



「下田サイテー」



小声でひそひそと中学生のような会話を繰り広げる社員たちの笑い声にも動じず、先輩は鳴り始めた固定電話の受話器を取った。





     △△△




ああああああああ!



言っちゃったよ!!



不快に思ってないかな! 冷たい奴だと思われてなかったかな!



シャワーを浴びて3分ほど立ち尽くす。



今までどうでもよかった後輩の賀来くんが、まさか私の大好きなラノベの作者なんて思いもしなかった。



気付いたのは、昨日の夜だった。



大好きな友達3人で一緒に女子会をし、サブカルについて語り尽くした後の帰り道。お口直しに、1人で入った駅前のカフェでブラックコーヒーを飲んでいると、そこには賀来くんと若い女の子が座っていた。



驚いた。こんな男にもあんな可愛い彼女ができるんだな、と。自分の恋愛観を見直しかけた。



しかし、興味本位で話を聞いていると、「ハマノザキ=コンジキはもう少し線を細くしてほしいです」などという言葉が聞こえて、椅子から転げ落ちそうになった。



だって『ハマノザキ=コンジキ』は、私が今ドハマりしているWEB小説『スカーフル~東京帝国紀行~』、通称『スカーフル』に登場するキャラクターと同じ名称だからだ。こんな名称は他の作品でも見たことがない、明らかな固有名詞。



すると女の子は、「ですよねですよね」と、真面目そうな顔でメモを取った。



「コンジキ君はもっと、ゲスい小物にしないとですよね。レイナが背中を蹴ったら簡単に吹っ飛ぶ、をイメージから再現しないとですもんね!」



はあ!? と声が出そうだった。



レイナ!? もろじゃん。もう確定じゃん。



レイナというのは、スカーフルに登場するヒロインだ。燃えるような赤髪の美人女剣士。清潔感があり美容にも気を遣ってるけど性格は男勝りで荒っぽい。



「さすがはプロのイラストレーターさん。ここまで僕の意図を汲み取られるとは、感服です」



「いえ、じんべえ先生の作品のキャラ構成が素晴らしいからこそですよ! 私も1ファンとして応援してます!」



ショートボブの童顔がニコリと笑うと、賀来君は「よしてください、先生だなんて。僕はまだそのレベルには達してませんよ」と照れくさそうに答えた。



そういう訳で私は、あの賀来絵空が、人気急上昇中のWEB小説の『スカーフル~東京帝国紀行~』の作者、じんべえ先生の中の人であることを知ったわけである。



複雑な思いでコーヒーの残りをすすり上げ、家に帰った。


これからどう接していけばいいか、悩みに悩んで、その日は深く眠れなかった。

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