神様のロックンロール

小鳥遊咲季真【タカナシ・サイマ】

01曲目 遠くの街に空飛ぶパロマ

第1話 運命の人

 ライブが始まる。



 そこは約二百人、満員御礼入ったライブハウスで、熱気と興奮がふつふつと湧き上がっている。ギターがマイクに近づいてややハウリングのような音を出したのが合図だった。センターに立つ、ボーカルギターの男がギターを弾き始めた。



 レギュラーチューニング、カポ三フレット。



 Cadd9コードをダウンで一回、エモーショナルに響く。



 Gコードをアップで一回。エモーショナルに響く。



 エイトビートのストロークを始め、一小節ごとに上記のコードを交互に入れ替えて演奏する。これがこの曲のイントロだ。



 ドラムが入る、スネアがツ、ツ、ツ、ツ、ツッタンツッタンツッタンツッタンと律動を刻み始める。同時にベースも鳴り始める。Aメロディである。



「いつの日だったろうか」



 男はギターそのままにコードをCに変えて歌を歌い始める。その次はGだ。



「ノーマルと呼べそうだったのに」



 Am、F、G



「屋上でそっと崩れ落ちて」



 リードギターがそこに加わり、鳴らし始める。アルペジオのきれいな音だ。



「星(スター)との距離感に、嗚呼もうすでにあきらめ。晴れなかったのは空と心と」



 サビに入る。Dコード、Emコードを繰り返す。



「夢見た空気系がどこにも見当たらねえ。懐かしい悪夢たちは僕以外の常識」



 続く。



「なんとでも生きていけるよ、昔から淀んでいたらしい」



 コードチェンジ。CコードとGコード。



「パロマ飛ぶ風が吹くなんて僕まだ知らない」



 Cadd9、Gコードのストローク。短い間奏が入って二番へと続く。



「旅させられました移動中、クジ惹かれましたとなり同士。一年目を超えた喜びはお断り」



 ツッチ、ツッチ、ツッチ、ツッチ、ツッチ、ツッチ、ドコドン。



「昔から社会の優しさは、知らないフリとお小遣い。何かをかき消すための浪費」



 ドン、ドン、ドンドンドコドコ。



「夢見てた夢は買い物、どれだけ離れても繋がれる、はずの時代に期待してた、希望を勝手に」



 サビが続く。



「孤独を止めて逆上がり、昨日の君声は東のエデン」



「空飛ぶ人工鳩がもう通信機、強制施行新未来に震えて」



 間奏。



 センターの男はバッキングを続ける。Cadd9コード、Gコード、Dコード、Emコードと続く。そこにギターソロが響く。メロディアスで哀愁漂うロックな響きだ。



 テロリロリロリロリロリロリロリロリロリ〜〜。



 …………。



 ラスサビ。



 D(2)

 なんとでも生きていけるよ


 Em(2)

 昔から淀んでた向こう側の

 

 D

 遠くの街で暮らしてた


 E

 君を知らない




 D

 孤独を止めて逆上がり

 

 Em

 昨日のキミ声は東のエデン


 CG

 空飛ぶ人口鳩がもう通信機


 Am C G

 強制施行新未来に震えて


 CG

 パロマ飛ぶ桜風なんて


 ボクはもう知らな


 Cadd9 G Cadd9 Gadd11

 い



 エンドロール。イントロのリフと同じコード進行が流れる。



 楽曲『遠くの街に空飛ぶパロマ』はバンド、『希望のロストガール』通称『ロスガ』のファーストシングルであり、代表曲の一つである。ライブの定番曲は他にもいくつかあるが、この曲もそのうちの一つである。パロマはフランス語で鳩のこと。サブレとか、公園を歩いてくるっくーと鳴くあのハトのことである。伝書鳩というように、未来の鳩は電子鳩、通信機となって空を飛び回っているという謎の歌詞であるが、エモーショナルではある。生きていくこと、孤独であることを歌った名曲である。



 バンドの名前は『初恋の喪失』を意味しており、ガールを失った『ロストガール』に希望を、という意味で『希望のロストガール』という名前になったらしい。よくわからないかもしれないが、ロックバンドの名前なんてそんなものだ。大概がよくわからないし、良い感じとなんとなくで付けられていることが多いと、ロック好きの偏見持ちならばそう思うだろう。そういうことにしておいてくれ。それで良いのだから。



 さて、このバンドは少し変わっている。いや、ロックバンドが普通じゃなくて変わったやつばかりだというのは否定しないし出来ないんだけどそういう意味の変わっているじゃなくて、とりあえず説明する。まず、デビューしていない。アマチュアバンドだ。スタジオというスタジオ、箱ばかりを回って演奏を繰り返している変わった連中なのだ。CDも出していない。オリジナルグッズも販売していない。インディーズデビューせず、演奏のみで音楽を世の中に届けている。これを十二年やっている。普通は曲を作ったりしたら、人にみてもらうために、聞いてもらうために演奏したり、CDとかを作って売りさばく。有名になる、売れるというのは文字通り稼げる、曲が売れることであって、趣味でやるのでなければ自分を売っていく術を身に着けていかなければいけない。普通ならば。



 ライブでの演奏に必要な入場チケットは五百円で、これに加えてドリンク代五百円である。二百人満員入ったとしても十万円の売上はスタジオ代で全額消える。多少残るかもしれないがそれでも手元に残るのは多少だ。必要経費だけ貰う。利益なし。普通じゃない。



 ちなみにドリンク代とは、ライブハウスが飲食店として運営するためにドリンクを販売する必要があるから設けているものである。音楽を披露する場所としての運営をするためには警察に届け出をしなければいけない。興行場営業許可というもの。しかし、小さくて狭い場所ではその許可が出ないことがほとんど。そこで「飲食店許可」と「特定遊興飲食店許可」という、飲食店をしながらライブハウスをできる許可があり、それは小さくても、地下にあっても、営業を許可されることが多い。だからドリンクの購入が必須なのだ。大抵はお酒かソフトドリンクのどちらかを選んで購入する。一杯に五百円は高いと感じるのが普通だと思うが、これはライブハウスの貴重な収入源になっている。利用者はそのことを理解している人が多いので、皆快く払ってくれるというわけだ。



 希望のロストガールのギターボーカル、神野神斗(かみのかみと)は名前の通り神様だとファンから絶賛されている。そしてその神野の目的はファンに演奏で盛り上がってもらうこと。それだけだった。



 お金はいらない。評価も絶賛もファンであることも求めない。欲しいのはライブ感だけ。曲を演奏してそれに対するレスポンスとして盛り上がり、酔いしれ、拍手すること。それだけを求めていた。それが神様との約束だった。



 生きるロックの神様と呼ばれる神野は、十二年前の正月、一月一日に参拝した、人っ子一人いない、誰にも見向きもされない小さな神社で神様と出会っている。そしてその神様は神野に音楽の才能を与えた。神による神授。その代償として人々に喜びと感動を与えなさい、盛り上がり、酔いしれ、拍手されること。それが契約の条件。履行は必須。拒否権はない。神様の気まぐれに振り回されたと思って泣く泣くやりなさい。副賞として宝くじ十億円を当選させてあげます。それでバンドメンバーを雇いなさい。そういう内容だった。



 彼はその才能で曲を作り、宝くじに当選して、バンドメンバーを集めて、バンドを作ってライブハウスで演奏を始めた。彼は音楽以外の欲がなくなったため、お金は音楽の経費、機材にだけ当てていたため、十二年も音楽を続けることができていた。宝くじの当選金でバンドメンバーにお給与を払ったりして続けていた。移動費、宿泊費、スタッフニ名の雇費、それらもすべて当選金で支払った。



 ライブはオリジナル曲三曲、有名アーティスト、バンドの曲を一曲コピーして終わる。当然のことながら、一度のライブには複数のバンドが参加して交代で演奏するので、一つのバンドあたりの持ち時間というのが大体決まっているのだ。二時間と少しのライブ時間で四バンド。交代の時間も込みで考えると、だいたい曲数はこのぐらいになってくる。



 地元でのオリジナル曲は全部撮影無料でオーケーにした。コピー曲は禁止にした。お客さんの民度は高く、ほとんどが守ってくれている。人気が出るとどうしてもにわかや賑やかしが出てくるようなものだが、このバンドはもちろんそういった人たちを拒むことなく受け入れて仲間にしていった。それが良かった。口コミは次から次へと広がり、知る人ぞ知るバンドから知っている人はだれでも知っているバンドにまで成り上がり、音楽雑誌もこぞって特集を組み、取り上げた。動画を見れば曲なんていくらでも聞ける時代だと言うのに、それを許可しているというのに客足は途絶えない。チケットは連日完売。北海道の地に続々と全国からファンが訪れる。



 有名アーティストもこぞって絶賛した。天才的な音楽の感覚と表現力、言葉選びからその歌声まで大絶賛であった。しかし、そのことに対して鼻にかけることはなく、常に謙虚な姿勢であるところも人気のポイントだったりするのであった。


 

 もちろんメジャーデビューの話や音源化の話はいくらでも出たし、招待もされた。しかしそれらはライブ感とは異なり、音楽に対するレスポンスを直接感じられないことから拒否してきた。主に神の意向によって。



「本日もありがとうございます。希望のロストガール、メンバーを紹介致します。ギター遠藤愛」


 

 ギターが鳴る。拍手喝采。



「ドラム桜木律」



 ドコドコドコドコドコドン! 拍手喝采。



「ベース田淵奏」



 ベースが鳴る。最高にロックでかっこいい。拍手喝采。



「キーボード草野天」



 メロディアスに鍵盤の音が流れる。拍手喝采。



「そして私、ボーカルギターの神野神斗でございます。どうもありがとうございます」



 全員の音が鳴る。拍手喝采。



「では最後に恒例のコピー曲を。撮影中の方は一旦辞めていただいて、すいません、ありがとうございます。……いつも話すんですが、このコピー曲をやるのには理由があります。皆が知っていてわかりやすくて盛り上がるから、そういう意味もありますが、先人達のロックンロールに最大限の感謝を送りたいという、そういう気持ちが一番強くあります。すべてのロックに感謝を、すべてのロックンロール好きにリスペクトを。一曲だけというのは、いつもなかなか選曲に困ることが多いのですが、今日は神様という言葉で選んでみました。『希望のロストガール』はありがたいことに『神様のロックンロール』なんて呼ばれていたりします。そんな言葉が耳に届いています。届いているから、ちゃんと」



 少し盛り上がり、拍手が起こる。



「では、本日もご来場、ご清聴誠にありがとうございました。最大限に盛り上がって帰ってくれ」




 本日のコピー曲:スピッツ「運命の人」


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