第11話 合コン


 冴子ちゃんが企画してくれた合コンは、その週の金曜日の夜、3対3で行われることになった。

 女子メンバーは、桃花と舞と私。幹事の冴子ちゃんも参加するのかと思いきや、「私はそういうの苦手だから」と出席を辞退し、代わりに桃花が幹事を引き受けることになったようだ。


 独身荘のリビングで、あれこれと合コンの作戦を練っていたら、入居者最年少の美鈴ちゃんが呆れたように自室から顔を出した。


「ひえー、合コンってまだ存在してるんですねぇ。歴史上のイベントかと思ってました」

「悪かったわねぇ、前時代の遺物で」


 舞がぎろりと美鈴ちゃんをにらむ。美鈴ちゃんはまったく気にすることなく、冷蔵庫からコーラのペットボトルを取り出した。――あ、それ、冴子ちゃんのコーラ。


「それ……」


「いい年した初対面の男女が、雁首そろえてレストランで食事して値踏みしあうなんて、まったく悪趣味ですねぇ」


「美鈴、言ってくれるじゃぁ~ん!」


 桃花が立ち上がり、美鈴ちゃんにヘッドロックをかける。


「わぁ、ちょっと、ギブギブ!」

「じゃああんたたち今時の若者は、どうやって出会ってるわけ? アプリ? アプリなら私もやってるもんねっ」


 美鈴ちゃんは必死で桃花の攻撃から逃れ、コーラをごくりとあおってから、ふぅと息をついた。――いやいや、そのコーラは冴子ちゃんの……。


「あの、そのコーラ……」

「アプリで本気の恋人探してるやつなんています?」


 私の言葉をさえぎって、美鈴ちゃんがにやりと笑う。


「いませんよねぇ。そんなこと、お二人とも身に染みてよーくわかってるんじゃ?」


 二人が言葉に詰まるのを見て、美鈴ちゃんは勝ち誇ったように胸を張って続けた。


「桃花さんも舞さんも、最短ルートで最高ランクの男を手に入れようとして、逆に遠回りしてるパターンですよ。アプリや合コンで、一発逆転の大恋愛が突発的に降ってくるのを期待してるんでしょ? 甘い、甘い」


 桃花も舞も、「図星を突かれた」という顔で気まずそうに口をつぐむ。美鈴ちゃんは「ほ~らね」と笑って、コーラをもう一杯グラスに注いだ。しゅわしゅわと、炭酸の泡が立ち上る。


「おとぎ話じゃあるまいし、そんな都合のいいこと、あるわけないっすよ。――結局、本気の恋愛っていうのは、現実の生活の中にしかないんですから」


 ――なかなか、重たい言葉だった。

 いつもは口達者な桃花も、反論できずに悔し気に唇をかんでいる。美鈴ちゃんはぐいっとコーラを飲み干すと、トドメとばかりに私たちに笑いかけてきた。


「ま、せいぜい楽しんできてください、“非現実”を」


 これにはさすがに桃花も舞も逆上し、ソファの上のクッションをつかんで一斉に美鈴ちゃんを攻撃し始める。


「うるさーい!」

「生意気なんだよ、新卒のくせに!!」

「いたっ! いたい! 暴力反対!」


 二人の攻撃に耐えかねて、美鈴ちゃんは自分の部屋へと避難していった。


「なんなのあいつー!」

「絶対見返してやる! 弁護士の彼氏作って、見下してやるー!!」

「その意気だよ舞!! がんばろーね、私たち!!」

「2000年代生まれのヒヨッコに負けるかっての!」


 メラメラと闘志を燃やした桃花と舞が、がっしり握手しているのを横目に、私はキッチンのごみ箱に投げ入れられた空のペットボトルに気づいて息をのむ。


 ――冴子ちゃんのコーラ! 美鈴ちゃん、全部飲んじゃったのね……。


 私はあわててペットボトルを拾い、ラベルを剝がしてから中を水で洗い、ペットボトル専用のゴミ箱に捨てなおす。

 これはまたひと騒動起きそうだ。まるでトムとジェリーのような冴子ちゃんと美鈴ちゃんの姿を思い浮かべ、私は苦笑するしかなかった。



=====



 そして、あっという間にやってきた合コン当日。

 私は桃花に選んでもらったレモンイエローのワンピースを着て、桃花と舞と一緒に会場のレストランへと向かった。


 男性側幹事の佐々木さんという弁護士の方が予約してくれたのは、なんとミシュラン一つ星(!)の高級イタリアンレストランだった。


 ――本物のシャンデリアなんて、初めて見た。


「へーえ、いい店じゃん」

「まあこんなもんよね、一つ星なら」


 ついキョロキョロしてしまう私とは違い、恋愛経験豊富な桃花も、以前仕事で来たことがあるという舞も、余裕のある表情で堂々と店内を歩いていく。こういう場に慣れていない自分が恥ずかしくなり、思わず頬が赤くなる。


 奥の個室に通されると、すでに男性側は到着して席についていた。

 私たちに気づいた男性の一人が、サッと立ち上がる。――うわ、めちゃくちゃイケメンだ!


「はじめまして! 幹事の佐々木です」


 白い歯を見せてにっこり微笑んだ佐々木さんは、俳優さんみたいな男前で、背もスラっと高く、とても高そうなスーツをばっちり着こなしている。思わず気圧されてしまう私をよそに、桃花と舞はとびきりの笑顔で挨拶を返した。


「はじめましてぇ~! 遅れちゃってすみません」

「すごく素敵なお店! こんなところ初めてで、緊張しちゃってます」


 二人とも、戦闘モードへの切り替えが早い、と思わず感心してしまう。

 さっきまでの堂々とした態度から一転、首をかしげて無邪気に微笑む桃花と舞は、いわゆる「あざとい」ってやつなのかもしれない。だけど私は、愛嬌があって素直にカワイイと思う。


「こんばんは、はじめまして」

「今日はよろしくお願いします! どうぞ、座ってください」


 佐々木さんの後輩弁護士だという連れの二人も立ち上がって挨拶し、慣れた様子で女性陣の椅子を引いてくれた。

 一方、佐々木さんはひとり個室のドアの前でウロウロしている。


「どうしました?」


 気になって声をかけると、佐々木さんは動揺を隠せない表情で、曖昧に微笑した。


「いや、あの、遠藤さんは……?」

「冴子? 冴子は、今日来ませんけど」


 桃花が不思議そうに首をかしげてみせる。すると、佐々木さんは目を見開き、「えっ」と低い声を上げた。


「え、で、でも、幹事は遠藤さんなんじゃ……」

「あれ、冴子から聞いてませんか? 今日は私が女子側の幹事になったんですけど……」


 桃花の返答に一瞬固まってから、佐々木さんは元通り完璧な笑顔を浮かべた。

 ――あれ、今佐々木さんが小さく舌打ちしたような気がしたけれど。佐々木さんの笑顔はどこまでもさわやかで、どうやら気のせいだったようだ。


「――そうでしたか。聞いてなかったもので、ちょっと驚いちゃいました」

「佐々木さんって、冴子のお友達なんですよね? こんな素敵なお友達がいるなんて、知らなかったです」

「いやいや、とんでもないです。皆さんこそキレイな方ばかりで、僕らと飲んでいただけるなんて光栄ですよ。なぁ?」


 佐々木さんが男性陣に話を振り、即座に「そのとおりです!」と同意する男性の一人の肩を、舞が軽くたたきながら明るい笑い声を上げる。

 私はちょっと違和感を覚えながらも、すすめられるままに席につき、お決まりの自己紹介から合コンが始まっていった。

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