お宝ミミック

 ―――コンコンコン


 私は屋敷のとある部屋の扉を叩いた。


 この『ノック』いつも忘れそうになるんだよね……今日はギリギリ覚えていた。


 先日はノックを忘れてイリス姉さん部屋の扉を開け “あんなこと” を目撃したのにもかかわらず。


 反省が生かされていないのは、まずい!! ……早く人間の習慣を身に付けないと! 油断してミミックだとバレてしまったら、実験体になってしまう!!!

 私は気を引き締め部屋の主に声を掛けた。


「イリス、ミュウです。」

「あら、ミュウ!どうぞ入って。」


 部屋の中から声が掛かり私は扉を開けた。

 ベッドの上には真紅の髪の美女が一人座っていた。


 イリス=クロウ


 メリッサのひ孫でシトロネラの実姉だ。


 部屋を見渡すと中には彼女一人だった。

 良かった! 今日はオリバー氏が居ない!!


「いらっしゃい。一人で寂しかったの。入って!」

「うん! お邪魔します!!」


 彼女とは時々二人で話すことが多くなり、二人の時はイリス・ミュウと呼び合う仲にもなり、言葉もだいぶ砕けてきた。


「イリス、この前の初クエストの報酬貰ったから、お茶を買ったよ! イリスが好きな銘柄! よかったら飲んで。」


 そう言って私は彼女に紅茶の缶を渡した。


 先週、例のごとくユズが人気の無い難題クエストを受注したので、それを4人でヒーヒー言いながらクリアした。いやぁ、あれは大変だったなぁ……。


 クエストも大変だったけど、リンデンとシトロネラのお怒りを鎮めるのも大変だった。途中シトロネラも無言になるし……。怖かったよ。


 それで、その報酬が今日ギルドで支払われたので、受け取ったその足で紅茶やお菓子を買ってきてお世話になった人に配って歩いている。もちろん、自分のご褒美に薬草の種を買ったので、庭で栽培してたくさん食べるつもりだ!!

 こうやって私を人間の世界で暮らせるようにしてくれたのは、クロウ家のみんなのお陰だ。受けた恩を忘れるミミックではない!


 ついさっきベンジャミン君……ベンジャミン爺様にも渡しに行って雑談をして来た所だ。そして最後にイリスの所にやって来た。彼女には服を借りたり髪を結ってもらったりなど身だしなみ関係を非常にお世話になっている。


「まぁ。ありがとう!! 紅茶かしら? 嬉しいわ。」

「うん、あとイリスにはこれもあげる!!」


 私はそう言っててのひらから水晶を取り出し彼女に渡した。

 もちろん、彼女にはバレないように取り出しましたとも!


 この水晶はきれいで食べるのが勿体なくて長い間取っておいた物だった。

 透明に透き通っている小さな水晶のクラスター群生体だ。結晶の中のひび割れ部分が光をキラキラと虹色に反射して眺めているのも楽しいのだ。


 よく、これをオカズに眺めながら違うものを食べたものだ。


 最近ギルドで話した魔女のお姉さまに「水晶をお守りとして持つことがある」と聞いたのだ!

 いつもは何の気なしに彼女に渡していたのだけど、今回はイリスの病が早く治るようにと願いを込めて彼女に渡した。


「わぁ……透き通ってキラキラ光って綺麗ね……ひんやりして気持ちいい。」


 彼女は、それを光で翳して観察したり掌で優しくそっと包んだ

 イリスの目も水晶に負けない程きらきら輝いている。喜んで貰えたようで私も嬉しい! 食べずに取っておいてよかった!!


「気に入ってくれると嬉しいな! また、見つけたら持ってくるね。」

「いつもありがとう。宝物がまた一つ増えっちゃった。」


 そんなに喜んでもらえるなら……

 その宝物、どんどん増やして見せましょう?

 さて、あまり長居をしても彼女が疲れてしまうので、もうそろそろおいとまするかな。


「イリス、また遊びに来るね! じゃ……」

「ミュウ!」


 イリスは私の手を掴み引き留めた。こんな事、初めてだ。


「わ! どうしたの??」


 驚いて振り返ると、彼女は思いつめた顔をしていた。手を離し先ほどの水晶を両手でぎゅっと握りしめている。そして覚悟を決めたかのように私を真っ直ぐに見つめて話した。


「ミュウ……シトロネラの事よろしくね? シトロネラだけじゃない……リンデンもユズも。あの子達とてもいい子で私の宝物なの!! だから、これからも仲良くしてね?」


 そんな悲しそうな顔で言われると……まるで自分の死後、彼等を託すかのように聞こえてしまう。そんな悲しい事言わないで欲しい。

 私は彼女の手を両手で包んで胸の内を話した。


「もちろんだよ!! 三人は私にとっても宝物だよ? それにイリスも。おじいさんやクロウ家のみんなも宝物。だから、イリスもずっとずっと仲良くしてね。」


 彼女にはまだ諦めて欲しくない、これは私の一方的な思いだ。彼女の覚悟を裏切る様な事を言ってしまっている。

 私にそう言われて彼女は驚いた顔を見せてたが、やはり悲しそうに目を伏せた。

 しかし、彼女が顔を上げるといつもの彼女に戻っていた。


「ありがとう。急に驚かせてごめんなさいね。また遊びに来てね。」

「うん。……またね!!」


 そう言って私は彼女の部屋を後にした。

 彼女はこの時、近く自身の身に起こる事を悟っていたのかもしれない。

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