「ぼくをうけいれて」(後編)

 ダンジョンの中でサンダルウッドは執筆を始めた。


 やはり私が見込んだ通り……この男は勢いでダンジョンに入ってきたから、食糧など持ってきていなかった。

 なので、私は人間も食べられるモンスターを狩りに行くのであった。

 世話が焼けるなぁ! もう!!


「サンダルウッド! 夕飯だよ~!」


 モンスターの肉を火で炙ったものを彼に提供した。これを見て彼は顔をしかめたので、私は仕方なくそれに香辛料をかけて彼に渡した。


「はいはい……人間はこれをかけると喜ぶんでしょう? 貴重なんだから、毎日食べられると思わないでね!」

「いや~すまない。ダンジョンでの食事がはじめてなもので。うん美味しい!! これもネタになるぞ!! そうだ、エンジェル。明日このダンジョンを案内してくれないか? 僕はいろんな風景を見たいんだ。」


 ダンジョンを案内……まぁ、近年は強いモンスターも少ないからいいか。暇つぶしにはもってこいだ。

 私は「いいよ」と頷くと、気をよくした彼がこちらにすり寄ってきた。


「エンジェル……ダンジョン内は寒くて僕は凍えそうだ……だから僕の事温めてくれないか?」

「ヤダ! たき火が有るでしょう? それに凍える季節じゃないよ。」


 私は彼からずりっと離れてもぐもぐと夕飯を食べるのであった。


「答えるのが早いよエンジェル……。」


 ◇ ◇ ◇


 翌日、彼を連れてダンジョン内を巡った。


 丁度水も汲みに行かなくてはいけなかったのでお気に入りの地底湖へと向かった、シトラスから借りたままのランタンを木の棒に括り付け、その明かりを頼りに私達は進む。


 石を投げいれると光る地底湖を見せたり、現在のダンジョンの再深層、鉱石の群生地、英雄とドラゴンが戦った現場、ダンジョン内でも日が差し薬草が群生する場所などを案内した。

 彼はキラキラと目を輝かせて喜んでくれた。ここまで喜んでもらえると案内甲斐がある!


「エンジェル! ダンジョンは僕が知らないことだらけだ!! 面白い!!」


 彼はそう言って満足そうにお茶を飲んだ。


「そう言ってもらえてうれしいよ!」

「エンジェルはどれくらい昔からここに居るんだい?」


「記憶がはっきりしているのは……大体20年前からかなぁ。」

「詳しく教えてくれないか? キミのことがもっと知りたい……。」


 彼は静かにそう言うと私に寄りかかるように座った。

 ミミックなんで安定感抜群だからいいんだけどさ。


「そうだなぁ……」


 私はこの20年の生活と出来事、そしてダンジョン内で出会った人たちのことを話した。

 彼は静かに相槌を打ちながら優しい眼差しで見つめながら聞いてくれた。


「あなたを含めて話した人間は3人目だけど……人間は面白いね。サンダルウッドは何で物語を書いているの?」

「僕かい? 僕が書いた物語は、演劇になるのだが……それを見てくれた人々の喜ぶ姿が一番大好きでね。『辛いことが有ったが演劇をみて元気がでた!』『人生を歩む力をもらえた!』と言ってくれる人々の為にもっと楽しい物語を書きたいんだ。」


 彼は嬉しそうに熱く語った。初めて会った時の『認められない』と嘆いていた姿とは異なり、目を輝かせていた。


「そうだ! ぜひ、ミュウにも演劇を見てもらいたい。僕の物語が音楽や俳優、もっと多くの人達の手によって動き出すんだ! ミュウみたいに本を読むのが苦手でも物語が飛び込んでくるからお勧めだよ。」


 本を読むの苦手ではないんだけどね。原稿を食べたらサンダルウッドが怒るだろうからやらないだけで……


「演劇かぁ……サンダルウッドがそこまで勧めるなら見たいかなぁ。」

「そうだ! 書き終わったら僕とここを出て見に行かないか? 街にはここよりも食べ物も本も沢山あるし!!」


「それはいいね!! サンダルウッド、私は貴方に着いて行くよ!!」

「嬉しいよ! ハニー!! そうと決まれは明日から集中して執筆しよう。」


 翌日から彼は宣言通り恐ろしい集中力で執筆を始めた。

 それは食事を忘れるほどで、私の声も彼に届かなかった。


 思い出したように茶を飲み少量の食事を摂るが、眠る時間も惜しいのか彼はひたすら書き続けていた。


「……ウッド……サンダルウッド!! いい加減少しは休んで! このままじゃ体力減ってダンジョンから出られなくなっちゃう!!」

「…………ああハニー。もう少しなんだ。もう少しで……」

「わかったから! せめて水分摂って!!」


 彼はしぶしぶ茶を飲むがカップを遠ざけすぐに執筆に移ってしまう。

 本当に彼は大丈夫なのだろうか……


 その翌日だった。宝箱をノックする音が聞こえた。

 私は宝箱を開け上体を起こすと


「ミュウ!! お待たせ!! 書き終わったよ!!」


 彼がそう言いながら抱きついてきた。私は彼の体重で宝箱の中に押し戻される。

 終った? 書き終わった!!!


「すごい!! 頑張ったね、サンダルウッド……って、大丈夫? サンダルウッド!?」


 彼は私に抱きついたままスヤスヤと眠っていた。

 う……動けない。

 彼の体は箱の中に入ってしまっている。仕方なくその日は箱の中に彼を入れて彼の様子を見た。

 男の個体は体が大きいので酷く窮屈だ。なので私は蓋をあけて彼が目覚めるのを待った。


 彼は丸一日ぐっすりと眠り、そして目覚めた。目を開けると不思議そうな顔をしていたが、何か驚いたように私の方をみてつぶやいた。


「ミュウ? ……ミュウ。とうとう僕達、結ばれた……?」

「おはようサンダルウッド。何と何を結んだの? 寝言を言えるぐらい回復して安心した。それより大切な原稿を片付けようよ。」

「―――!! ああ!! そうだね。書き上げてすぐ寝てしまう。僕の悪い癖だ!!」


 そう言いながら彼は宝箱から出て、原稿を集めて並べ直している。

 ゆっくりと眠れたためか、彼に元気が戻ってきた。

 全ての原稿が揃い安心したのか彼は話し始めた。


「ミュウのお陰でいい話が書けた、ありがとう。この物語は君に捧げたい。」

「え? それは皆に見せる為じゃなかったの? 皆に喜んでもらいたいんじゃ……」

「そうだね。君が読んで気に入ってくれたら。他の人に見せてもらっても構わない。だからこの原稿は君に託すよ。」


 そう言って彼は束にした原稿を封筒に入れ私に差し出した。そこまで言うならばと私が受け取ると彼は意気揚々と話し出した。


「では……ミュウ! 地上に戻ろうか!? 式もあげなくちゃいけないし。」

「式?」


「ああ、皆で美味しいものを食べながら祝うんだ。」

「おおお!! 祝おう祝おう!!! おいしいもの食べて祝いましょう!!!」


 彼は歩き出すが……足元がおぼつかない。


「サンダルウッド大丈夫? 荷物持つから気を付けて歩いて。」

「ハニーすまない……ありがとう。はしゃぎ過ぎたみたいだ。では気を取り直して行こうか?」


 私達は休み休みダンジョンを進む。

 良かった、何とか地上へ出れそうだ。入口の光が見えてきた。

 入口の光を見たサンダルウッドの歩みは自然と早くなる。それはそうだ、久々に地上へと出られるのだから。


 私は彼の後ろを木の棒を突きながらゆっくり歩いて行った。

 私を助けた人間に『100年後に会いに来て』って言われたけど、それより早く会いに行けそうだな。それにシトラスに頼まれた物も渡しに行かなきゃ……。

 それよりも地上の食べのもはどんなものが有るのだろうか?鉱石よりおいしいもの有るかなぁ?ああ楽しみ……


 ――――ドガーン!!!


 大きな音を立てて私の目の前で岩壁が崩れた。砂煙が立ち込めて良く見えない。周囲が暗く、さっきまで見えていた入口の光が消えた。目の前を歩いていた彼の姿も見えない。


 サンダルウッド!!


「サンダルウッド! 大丈夫!? ねぇ! 返事して!!」


 私は岩に上り彼の姿を必死に探す。せっかく物語も書き終えてやっと表に出れる所だったのに!! 岩の隙間からか細く彼の声が聞こえた。


「ミュウ……だいじょうぶかい?……」

「私は大丈夫だよ!! サンダルウッドは?」


「ああ……どうやら僕の幸運も……ここまでのようだ。最後に作品を遺せて……君に逢えてよかった……。」

「なにお別れみたいなこと言っているの!? 助けるから、気を強く持って!!」


「ああ……君と舞台を見たかった……ミュウ、ありがとう。あいし……いや、また未来で……会おう。」


 その後、彼の声は聞こえなくなった。

 必死に石をどかしていくが、彼に届かない。やがて入口側から人の声が聞こえた。


「大丈夫か!!! 誰かいるのか!!!」

「お願い助けて!! ここに人が埋まっているの!!! 声が聞こえなくなっちゃって!!」


「おい! 中に誰かいる!! 声が聞こえるぞ!! ―――まずい!! 君!! ここから離れなさい!!! まだ落石が!!! ああ!!」


 向こう側で崩れたようだ、こちら側も石壁が悲鳴を上げている。でもいやだよ!! 置いていきたくないよ!!


「ミュウ……生きて。」


 え?


 後ろから話しかけられた気がした。私は勢いよく振り返って岩山から転げ落ちてしまった。

 その直後、私が居た空間は岩で塞がれた。


 これは、このダンジョンで起きた史上最悪の事故だった。

 岩を取り除き、壁を補強して人が入れるまで約5年かかった。


 その後、彼がこのダンジョンを訪れる事は無かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る