透明な花びら

鹿嶋 雲丹

第1話 継母

 夫が死んだ。

 ちょっと待て、話が違う。早すぎんだろ。

 誰だよ、私を死ぬまで愛するから結婚してくれってすがりついてきたのは。

 言った本人が先に逝くんじゃないよ。


 呆然と夫の亡骸に別れを告げ、日々はまたたく間に過ぎていった。

 一年経ち、二年経ち。

 時が過ぎ去るごとに際立っていったのは、夫とその前妻との娘、シンディの美しさだった。


 私は大魔法使いだった母から譲り受けた、魔法の鏡の前で唇を噛みしめた。

 私と前夫の間には、シンディより年上の娘が二人いる。

 前夫は、不慮の事故で亡くなった。

 十三年前……上の娘が六歳、下の娘が五歳の頃だ。

 

 不慮の事故というより、身から出た錆だった。

 毎晩深酒をしては、なにが良かったのか、あちこちの街の安っぽい女に手を出していた。

 この美しい、気品あふれる私を放ったらかしにして。

 罰よ、当たれ!

 数年に渡る毎晩の祈りが届いたのか、ある日の朝夫は冷たくなっていた。

 飲み過ぎか、女遊びか。

 でも、死の原因なんか、私にはどうでも良かった。

 念願の新しい夫を得る機会を得たのだから。


「どうしてあの子たちは、私に似なかったのか……」

 私は鏡の中の自分を、人差し指でなぞった。

 切れ長の二重瞼。(ばっちりアイメイク)

 すっと通った鼻筋。(ばっちりメリハリつけてある)

 きめ細やかな肌。(薔薇色のチークが映えるわ)

 私は無言で自分の顔を褒めちぎりながら、目を細めた。


 前夫の態度で一番許せなかったのは、二人の娘の容姿への侮辱だった。

 やれ瞼が一重で目つきが暗いとか。

(私は切れ長の二重瞼だよ……一重瞼はあんたの母親だろ!)

 やれ鼻が低くて潰れてるとか。

(私の鼻は筋が通ってて高いよ! 低いのはあんたの父親だろ!)

 私は二人の娘に、高級化粧品を早々に買い与えていた。

 え? 魔法は使わないのかって?

 魔法じゃ、だめなのさ。

 私の二人の娘は、どっちも魔法を使えない。

 ということはだ、私が死んだ後に二人が困るってことなんだ。

 魔法は永久に続かない。

 朝にかけたら、夜には解けるのだ。

 だから私は、顔面の美しさは自力でなんとかするよう二人の娘に仕込んだ。

 その甲斐あって、二人の娘たちの化粧の腕前は、今や大そうなものになったと思っている。


「ほんとに……夫じゃなくて、あの娘が昇天すれば良かったんだ」

 不愉快なことこの上ない血の繋がらない娘、シンディ。

 金色の髪は艷やかに波打ち、ブルーの瞳は知的に輝く。

 薔薇色の頬に、桃色の唇。

 それらが笑みを刻むたびに、まるで色とりどりの花が咲くようだった。

 おまけに、召使い共にまで優しく振る舞う始末だ。

 当然、奴らのウケもいい。まあ、どうでもいいことだが。

「腹が立つ……あの娘……」

 ……私はいつまで、こんなにくさくさした気持ちでいるんだろう。

 もう、二年になる……そろそろやめて前を向きたい……

「そうだ、身分を落そう! なんなら、どこかに売っぱらってもいい……いや、それはもう少し後のプランにするか……とりあえずは召使いからだ」

 実の娘だったシンディを深く愛していた夫は、もういない。

 なんでこの私が、可愛いと微塵も思っていない義理の娘と最愛の娘たちを同列に扱わなきゃいけないのか。

 それでは、見た目で負けている娘たちが可哀想ではないか。

「シンディ……あんたは明日からこの家の召使いになるのさ……ふっ、醜くうす汚れ、落ちぶれるがいい! あっはっは!」

 この二年間恐怖で支配してきたから、家には私に逆らう者は一人もいない。

 さあこれで! ようやく楽しい人生を歩めるのだ! ざまあみろ!

 私は鏡の中の妖艶な美女に向かって微笑んだ。

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