無法なる王者

鋼音 鉄

蒼装王月光編

第1話 王者と人の子

ある少年が居た。


不思議な店で買った紫色の箱。家に帰るまで開いていなかった箱。家に帰り、部屋に入った途端開いた箱。


『オイ、餓鬼。少し取引をしようじゃねえか』


その箱には、魔王の意思が宿っていた。






視点は変わり、別世界のある男へと移動をする。白銀の髪に碧色の瞳を宿しており、耳を尖らせている。快か不快か、それが行動原理のエルフにとって今の現状は大して面白くも無いのだろう。世界を征服し、全ての強者を平伏し、魔王と降臨している事は。


魔王は面白いものが見たかった。しかし今この世界には魔王が面白いと思えるものなど無くなっていた。


ならばと、魔王は思いつく。今この世界がダメならば別世界に干渉したら良いと。


しかし魔王も界人。世界に住む事でしか生きられない人だ。神だろうと何だろうと、関係ないと言わんばかりの魔王でも、世界には抗えない。世界に争った途端、魔王という存在が消失してしまうからだ。


別世界に干渉する、そんな大事を世界が見逃すはずが無い。


「怨霊になれば良いか」


人は死ぬ事に躊躇いを持つ。しかし魔王はそんな事に躊躇いはしない。興味も持たない。人が死のうと、部下が死のうと、魔王にとっては全てが他人なのだから。


魔王は早速自身を死なせる魔術を行使しようとするが、その行使を中止する。これでは世界がいい思いをするだけだから、そう思ったからだ。


世界が良い思いをするのはつまらない。だから考えた。世界が良い思いをしないように。尚且つ、魔王自身が死ねるような選択を。


「あ、思いついた」


魔王はそれを可能とする魔術を今、たった今思いついたのだ。正に人外の超速思考、正に人外の構築思考、正に人外な悪辣思考。その全てが、魔王を魔王たらしめるのだ。


生を失い、死を生きるバイツニスト


魔王がその魔法を発動した途端、魔王城を中心に閃光が集まり、爆発する。魔王が統治する魔国は勿論として、その周辺にあった国々も吹き飛んだ。






『分かるか?俺は面白いものが大好きだ。悲鳴は特に面白い!だから体を貸せ』


魔王は圧を掛けながら少年にこれまでを語り、これからの話をする。並大抵の人間であれば震えるだろう。恐怖に支配され、早く解放されたいからと頷くだろう。しかし少年は違う。少年は恐怖などしていない。


「やだよ、お前聞く限りかなりの厄介事じゃんか。そんなもん態々拾う奴いないでしょ。……それとさ、その威圧?そろそろウザったいんだけど」


少年、八坂理玖やさかりくは圧を掛けてくる魔王に対して飽きたような声色でそう言い放つと、魔王が揺れる。最強として、最狂最恐と言われてきた魔王にとってこの反応は予想外そのものだった。自分に従わないものがいるのかと、その事実に汗を浮かべながら同時に笑みを浮かべる。


『そうか、ならば俺に憑依させろ』


どうやっても従わない理玖に魔王は強行手段を用いる。今の魔王は怨霊であるからなのか、フニャフニャとした実態のない腕で理玖を掴もうとする。しかし理玖はそうはさせまいと言わんばかりに、魔王の腕を自身の手で掴む。


「……!?」


理玖は驚愕し、汗を流す。自身の中に異物が流れ込んできた感覚に襲われたからだ。


理玖に特別な力など存在していなかった。あるのは魔王への異常なまでの耐性。


自身の心的領域に無遠慮に踏み込んでくる魔王に不快感と精神的苦痛を覚えながらも、それを耐えるしかなかった。


(本当に、そうなのか?何か手があるんじゃ無いのか?……もしかしたら、もしかしたらできるかもしれない)


理玖は可能性を思い浮かべる。この魔王に対して、これが可能なのかどうかが分からない。それでも、やるしか無いのだ。理玖としてはこのまま憑依されるのも、失敗するのも同じ事なのだから。


理玖は魔王の腕を腹に突っ込める。そうすると、魔王の腕と、その腕とぶつかっている理玖の腹から紫色の雷撃が飛び散る。雷撃が飛び散る原理など理玖は知らない。


そんな攻防が何秒も続けば、魔王が悲痛な声を出し始めた。魔王は体を捻り出し、理玖の高速から抜け出そうとする。しかし理玖は魔王を決して逃さない。今の力でも魔王の方が力が上だ。それなのにも関わらず理玖が魔王を逃していない理由。


それは根性だ。理玖が昔祖父に教えられ、今でも自身のモットーとして掲げている一言。


「根性、舐めない方が良いよ。根性があれば!乗り越えれなくても乗り越えれるからね!」


理玖はそんな事を叫ぶ。魔王はその言葉に驚き、ふざけるなと叫ぼうとした。しかしその叫びは発される事など無かった。理玖にそれを隙として捉えられ、更に腕を腹の中に入れたからだ。此処までくると魔王は抗えなくなり、理玖にそのまま吸収されていく。


「はあ、はあ……終わった、のか?……ん?」


理玖は魔王との攻防が終わった事に安堵し、息を吐く。そう息を吐いていて、気づいた。目の前に白銀のような物が映り込んでいることに。そしてそれが髪のような物である事も。理玖はそれを否定する。そんな事はありえないと。否、信じたく無いのだ。


理玖は頭にある髪をグジャッと掴み、瞳の目の前に降ろす。瞳に映る情報には、それを自身の髪と判断していた。嘘だと、そう信じたく無い気持ちを抑えながら他にも変化が起きていないか探す。探して探して探して、耳に異変を感じた。元来の人の耳とは違い、尖っていたのだ。


その特徴は、魔王から聞いていた魔王の特徴と一致していた。理玖はその事実にドス黒い感情。憎悪と言っても良い感情が溢れ出し、思わず頭をガリッと擬音が出そうなくらいに強く掻いた。


「ふっざけんな。最後にとんでもない置き土産を残して行きやがって」

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